第51話 当ててんですよ
「おい、ちょっと待て、まだ聞きたいことが……」
一方的な独白が終わったとき、そこに既に親父の姿はなかった。いや、初めから見えてはいないが、その気配が消失したことが分かる。
まったく、どこまで勝手なんだか。母さんと
俺はただの高校生だ。過分なスキルを行使し、あっという間にここに送られてしまった愚か者に過ぎない。
それでも……やるしかないだろう。親父の期待に応えるつもりは毛頭ないが、俺には三人の妹に対する責任がある。帰れるというのならやるしかない。
「まあ、ちょっくら日本を救ってくるわ。ついでに親父もここから出してやるよ」
どうせ困難なことなら、今更どれだけ上乗せしても実現性は大して変わらない。やるからには、最大のリターンを求めるのが人間の
俺がそう決意すると、やがて身体が上空へと浮かんでいくのを感じた。相変わらず方角は分からないが、きっとその先には
……
……
目を開けたとき、初めに映った光景はハヤちゃんの寝顔であった。
ブラインドの落ちた窓から射す西日が朱に染めて、いつもよりも少し大人びて見える。それは可愛いというよりも綺麗であった。
目じりにある赤みは夕陽のせいだけではないのだろう。こんな小さな子にどれほどの悲しみを与えてしまったのか、罪悪感よりも愛おしさが胸に去来した。
すぅすぅと規則正しい息遣いとともに、平坦な白いブラウスが上下する。そして、ほんのりと薄紅に染まった唇が突き出すように眼前で揺れて、俺は思わず――
「おっと兄様、それ以上は犯罪ですぞ」
不意に、背後から
思わぬ静止を受けて、俺は冷静さを取り戻す。ここは先のコンビニのレジカウンター内らしく、時刻はもう夕方から夜へと変わりつつあるようだ。
自宅を出てコンビニに寄ったのがまだ朝頃、つまりは半日近くも経過したことになる。それだけ【
どうやら俺たちは川の字になって寝ているようだ。といっても、よくあるそれではなくて、俺を真ん中にしてハヤちゃんとは向き合い、そして沙那が後ろから抱き着くようにしていた。
どおりで先ほどから背中に弾力を感じるわけだ。細身に似合わぬ豊満な果実が無遠慮に押し付けられている。
「ちょっと沙那、さっきから当たってるぞ」
「当ててんです、兄様」
そうして、往年の漫画にあったような台詞を口にする。超展開になったけど面白かったよね、あれ。読み切りから読んでたよ。
「変な気を起こしかねないからやめてくれよ」
「良いですよ、起こしても。その代わり、私だけにしてくださいまし」
分かりきった回答にその気も萎えてくる。いや、初めからなかったけどね。
「さっきはすまなかった」
「別に、私に謝る必要はございません。兄様の判断ですから、あの場面においては正しい行動であったのでしょう。ですが……」
ハヤちゃんを悲しませてしまった。
「恵理香なら平気でしょう。きっと兄様の状態は向こうにも伝わっているはず。それで敢えて連絡を寄越さないのは、そういうことなのでしょう」
やれやれ、沙那には全てお見通しか。この妹を偽る後輩には頭が上がらないな。俺はゆっくりと身体を起こそうとして……背中を伝わる小刻みな震えに動きを止めた。
可愛らしい寝息と押し殺したような
そして、ハヤちゃんと恵理香にこっぴどく叱られた。
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