第47話 初陣
ハヤちゃんの
『無茶よ兄さん、ぶっつけ本番で使えるほど容易いスキルじゃないわ』
たまらず
コンビニに侵入した鬼は、なにやら入り口近くに突っ立ったまま、キョロキョロと辺りを見回している。ひょっとして、俺たちが物色したことによる僅かな変化に気付いたのかも知れない。
『このままじゃどのみち見つかるぞ。敵がこちらに近付く前にやっちまった方が良い!』
『あの位置では姿を消しても脇を通り抜けるのは難しそうですね』
『お兄ちゃん、本当に大丈夫なの?』
ハヤちゃんが心配そうに俺の顔を覗き込む。それは鬼の存在よりも俺の身を案じてのもので、自身のスキルから来る影響を恐れてのものだろう。
『大丈夫だよ。ハヤちゃんのスキルが俺に悪さするはずがないじゃないか』
俺は努めて笑顔でハヤちゃんの頭をなでる。俺の手の下で屈託なくはにかむ笑顔を眺めながら、自分の中に宿る一番強い想いを再確認する。
―― この子の笑顔を守りたい。いつか全てが終わる、その瞬間まで ――
俺は
念のため沙那に、緊急時には
しきりに辺りを眺めまわす鬼。必然的に俺の姿を認め、やがて視線が交差する。
異質な瞳だった。そこにはまるで何の感情も込められていないようで、野生の獣を連想させる。
一瞬だけ動きを止めた後、床に散乱したガラスを意に介さず、一歩一歩俺に近付いてくる鬼。視界の端で沙那たちが離れた場所にあるカウンターの切れ目に移動するのが見えた。
ふと、考えてみた。このまま手から何も出なかったら、俺の身体は鬼の爪で引き裂かれ、あの汚らしい口から覗く牙で食い千切られるかも知れない。
或いは、あの分厚く盛り上がった腕で殴られ、学園まで引き摺られていくのか。それはそれでアスファルトで
膝が震える。背筋が凍る。歯がガチガチと音を鳴らす。
これは、恐怖だ。あの穏やかな自宅生活で忘れていた。俺たちの住む世界は、とうに俺たちの知る世界ではなくなっていたことを。
嫌だ。こんなのは嫌だ。死にたくない。誰か助けて。
どうしてこんなことになったんだ。人間が何をした。確かにお世辞にも公明正大な社会ではなかったかも知れないけれど、ここまでされるほど悪くもなかったはずだ。
少しずつ恐怖を怒りに塗り替える。ダメだ、全然だめだ。いま明確に思う。人が間違えたように、神もまた間違えたのだ。
人間は群れを形成する社会的動物だ。故に、時として個の命よりも社会の維持を優先すべきという暴論がまかり通る。普段は倫理で蓋をしていても、緊急時には取り外される。戦争がその一例だ。
戦争に勝つことにより守られる命と、戦争をしたことにより失われた命。そこにどんな差があるというのか。
今ここで、俺の命が奪われたとしても、神はそれを理想社会のためのやむなき犠牲として一顧だにしないだろう。まさしく人間が考えるのと同じように。
でも、それは間違いなのだ。社会は一人一人が集まって形作られるが、決してそれは社会という生き物に置き換わったわけではない。社会の中にその一人は生きていて、そして死んだときにはその一人にとっての社会もまた消えるのだ。
ああ、思考が流れ過ぎて考えがまとまらないな。これはもしや、俺にとっての走馬灯というやつなのか。まあ、つまるところはだな……
――誰だって自分の命は惜しい。たとえ神であってもそれを軽んじることは誤りだ。
誤りなら正す余地はある。瑕疵があるなら反論も出来る。で、あるならば、出るだろう。いや、絶対に出なければならない。
鬼が至近距離に迫る。まもなくその腕を振り上げ、俺を掴むか、引っ搔くか。しかし、既にもう恐怖はなかった。
手に温もりが
「
それを鬼に向けて投げ付けるように放つ。近付いてくれて助かった。昔からコントロールは得意じゃないんだ。
そして、鬼の体表に接触した火球は、そのまま全身を覆うように燃え広がる。断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、その肉体は消し炭となり、やがて風化するように霧散していった。
今はまだメラミ程度だが、やがてこの炎が激しく燃え盛り、いつか神々のもとに届くことを願っ――
プツン
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