第46話 どうするこうする


 店内にガラスの割れる音が鳴り響いた。どうやら何者かが強引に玄関を打ち破ったようだ。


 俺と沙那さながレジカウンターの陰からひょっこりと目を出す。恐る恐る入り口付近を窺うと、そこには先ほど見慣れた赤黒い肌が蠢いていた。


 もともと半壊状態であった扉は無残にも跳ね飛ばされ廊下に転がっている。入口は完全に開放されており、これでは夜は寒くて仕方ないだろう。


「いかがいたしますか、兄様」


 耳元で沙那が囁いてくる。柔らかい息遣いがくすぐったいが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


『いつでも傾城傾国ニューワールドを発動できるようにしておこう。俺がやつを見張っているから、今のうちにハヤちゃんと荷物をまとめておいてくれ。くれぐれも音を立てないようにな』


 沙那は無言で頷くと、ハヤちゃんに目配せをして調達した物資をかき集める。鬼の聴力がどの程度のものかは分からないが、この先は念話でやり取りした方がいいだろう。


 鬼がどんな目的でここに来たのかは分からない。俺たちの気配を察知したのか、やつの縄張りなのか、それともただの偶然なのか……あれ、そういえば。


 俺はハヤちゃんの背負うリュックサックに目を留めた。あの中には確か『品物之比礼くさぐさのもののひれ』があったはずだ。


 十種神宝とくさのかんだからの一宝は、原典では比礼ひれ(古代のストールのようなもの)、そして今はハヤちゃんの貫頭衣かんとういの帯としてリュックに仕舞ってある。


 もともと清めの効果があり、昨日までは害意のある者たちの認識を阻害して自宅を隠してくれていた。ということは、このコンビニにも作用してくれていて良いはずだが。


『あくまで認識を阻害するだけなので、最初から目的意識を持った相手には通用しないのでしょうね。女狐が兄さんのところに来たみたいに』

『なるほどな。そうなると、ここはアイツの縄張りというわけか』

『いえ、兄様。肝心な視点が欠けておりますぞ』


 納得する俺と恵理香えりかに対し、沙那が反論を唱える。何事かと耳を傾けると、どうやら自分は害意を持って訪問したのではないと言いたいようだ。


『ほんとかなあ。お兄ちゃんにひどいことしようとしてたよね』

『ふふ、チビっ子にはまだ分からぬかも知れんが、殿方はああいうことをされると悦ぶのだぞ』


 沙那が得意気に笑いかける。いや、そういうのはまず前提として両者の合意が必要なわけで……って、ハヤちゃんも興味深そうにしないで。


『それよりもだな、アイツをどうするかだ。このままやり過ごすか、傾城傾国ニューワールドで脱出するか、それとも……』


 この場で倒すか、だ。リスクは大きいが、ここがやつの縄張りであるとしたら、他の鬼は近寄ってこないかも知れない。そうなれば、品物之比礼くさぐさのもののひれの効果も相まって安全地帯を形成できる。


『姿を消して逃げようにも、入口付近に陣取られたら接触してしまうかも知れませんね』

『逆にアイツを傾城傾国ニューワールドの50cm圏内に入れて操ることは出来ないのか?』

『一時は可能でしょうが、こちらも消耗するのでいずれは解かねばなりません。離れた瞬間に我に返り、そのまま攻撃を受けたら一たまりもないかと』


 なるほど、そんなリスクもあるわけね。便利なスキルではあるけれど、単体では戦闘には向かないというのも頷ける。やはり、何らかの攻撃系スキルと組み合わせる必要が……あれ、というか。


『このまま俺がハヤちゃんの天神地姫てんじんちぎで攻撃すれば良いんじゃないか?』


 品物之比礼くさぐさのもののひれの効果により、このコンビニは他の鬼からは感知されづらくなっているはず。そうなると、多少のスキル行使をしても気付かれないかも知れない。


『いや、兄さん、昨夜私が言ったことを覚えてる? 多少持続力が向上したところで、ミニデーモンがイオナズンを唱えるにはまだMPが足りないわよ』


 恵理香が呆れた様子で嘆息する。しかし、俺は視えていない実妹に対して決め顔で返した。


『知ってるか。ミニデーモンはイオナズンは無理でもメラミなら唱えられるんだぜ』

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