第44話 隠密行動


 翌朝、俺たちは久方ぶりに外の空気を満喫していた。およそ1か月ぶりとなる外出である。


 遠足さながら背中にはリュックサックを背負っており、中には近隣から調達した食糧や水道水を汲んだペットボトル、それに簡単な日用品などが詰まっていた。


 俺と沙那さなでハヤちゃんを挟むようにして【傾城傾国ニューワールド】を発動させる。これで俺たち三人の姿は不可視の状態になったはずだ。


 今一度、自宅に向けて振り返る。あの日からずっと変わらず暮らしていた場所。心なしか、ハヤちゃんの手にも力が込められているように感じられる。


 俺は誰にも聴こえないように『行ってきます』と呟くと、慣れ親しんだ我が家に別れを告げた。


『心配しないで、兄さん。またみんなで戻ってきましょう』


 さすがは実妹、目ざとく俺の心情に気付いたらしく念話を送ってくる。他の二人もこちらに視線を向けると力強く頷いた。


「お兄ちゃん、私たちなら大丈夫だよ」

「なぁに兄様、大船に乗ったつもりでいてくだされ」

「ああ、今こそ俺たち兄妹の底力を見せてやろうぜ!」


 そして俺たちは、決意も新たに葦原あしはら学園に向けて出発した。


 さて、ここから学園までは徒歩でおよそ30分程度となる。普段は自転車で通っているが、さすがに今はそんなわけにもいかない。


 最近は家に引きこもって運動不足であったため、リハビリも兼ねてちょうど良いかとも思ったが、三人で手を繋いで歩くというのは意外に大変だった。


 特にハヤちゃんの歩幅が短いため、左右で歩調を合わせなければならない。子どもが出来たらこんな感じなのかなとぼんやりと想像してしまった。


「こうしていると、まるで兄様と家庭を築いたみたいですわね」


 さっそく、沙那が爆弾を放り込んでくる。しかし、既に若干疲れ気味の俺とハヤちゃんには突っ込む元気はない。恵理香も昨晩で懲りたのか沈黙を保っていた。


 そうして、しばらく歩いたところで前方に複数の人影を見つけた。この時この地において、外を歩く人間は皆無である。案の定、赤黒い肌と頭には鋭い角が見え、にわかに俺たちの間に緊張が走った。


 黄泉国よみのくにの軍勢、黄泉戦よもついくさの斥候のようだ。まるで我が物顔に街を歩く姿に閉口するが、文字どおり声を上げてはならない。


 傾城傾国ニューワールドの効果で俺たちの姿は視えないはず。だが、自分たちからはそれが確認できないため、本当に消えているのかと不安が残る。


 俺たちはなるべく物音を立てないように、道路の隅を歩きながら鬼の集団をやり過ごした。どうやら無事見つからずに済んだようで、姿が遠のいたことを確認して俺は大きな溜め息を吐く。


 二人もまた緊張状態にあったらしく、安堵の表情を浮かべていた。しかし、たった一度の遭遇でこの有り様では、果たして学園に辿り着くまで保つのだろうか。


「どうする、少し休んでいくか?」

「いえ、兄様、スキル発動中は消耗状態が続きます。休むのならば拠点を見つけてからにしましょう」


 俺の【万理一空ユビキタス】と違い、沙那のスキルは持続力に難がある。一人で避難してきた時とは違い、三人で足並みを揃えるとなると時間を要するため、やはり一度に学園まで移動することは難しいようだ。


 何事も予定どおりにはいかないものだが、こんなにも早く問題が露呈するとは予想外であった。まずは休憩する場所を探さなくてはならない。


 俺たちは途中で何度か斥候部隊をやり過ごし、程なくしてコンビニエンスストアを発見した。どうやら営業はしていないようだが、玄関扉が大きく破損して中に入ることが出来そうだ。


 沙那に目配せをする。まだもう少しはいけそうだが、ちょうど学園との中間地点となるため、ここで休息することには賛成のようだ。


 俺たちは周囲から中を覗いた後、誰もいないことを確認してコンビニ内部へと足を踏み入れた。

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