第42話 天神地姫


「ところで兄様、作戦行動を開始する前に二点ほど確認したいことがあるのですが」


 そうして、沙那さなが居住まいを正して俺とハヤちゃんに向かい合う。先ほどは三人で盛り上がっていたと思ったらこの変わりぶり、彼女もまた恵理香えりかと同様に実家から英才教育を受けていることを窺わせる。


『まずは恵理香、お主には私たちの様子が視えているのではないか? とても念話で繋がっているだけとは思えぬ』


 確かに、そう言われてみれば最初の『話は聞かせてもらった』のときには念話を使用していない。あまりに自然だったのでつい流してしまったが、まさか通常会話も聞こえているというのだろうか。


『相変わらず野生の勘だけは鋭いわね。でも、勘違いしないで、観ているのはあなたたちじゃなくて兄さんよ。アカシックレコードで兄さんの項目を常時観察してるってわけ』


 突然の恵理香の告白に俺は狼狽する。おいおい、プライバシーって知ってる?


『日本政府と縁が切れたことで圧迫されていたリソースが解放されたからね。さすがにリアルタイムで視覚共有するまでには至らないけど、これからは兄さん専属でナビゲートが出来るってわけ』


 うーん、実妹の束縛がすごい。これは恋人が出来たら専用アプリでGPS監視をするタイプだな。兄としては少し心配になるよ。


『心配なんか要らないわよ。兄さん以外に恋人を作る気なんてないから』


 いや、兄さんも恋人には成れないからね。というか、なんか心の声まで読まれてない? これでますます迂闊なことは出来ないなと嘆息する。


「オホン、ここにいない者を恐れても栓なきこと。むしろ、見せつけてやれると思えば良いのでは?」


 沙那の物言いに、再び二人の間の空気が険悪となる。俺はそれを霧散させるように、沙那に気になるというもう一点を促した。


「もう一つはここにいるチビっ子……ニギハヤヒでしたか、のことです。この子はスキルを持たないのですか?」


 俺はハヤちゃんと顔を見合せる。きょとんと首を傾げていて可愛い、じゃなくて自分では心当たりがないようだ。


 しかし、俺は知っている。ハヤちゃんは黄泉国よみのくににおいて1,500体を超える黄泉戦よもついくさを倒していた。その際には、何か魔法みたいな力を使っていたはずだ。


『実はこれは極秘情報なんだけど、在日米軍はスキルを持たないのよ。それが知られたら彼らも不利になるから、ひた隠しにしてるんだけどね。それが意味するところはつまり……』


 神通力スキルを持つのは日本人だけ。現在の状況が神話を再現しているのであれば、俺たち自身が国津神くにつかみということになり、そのような結果になるのも納得がいく。


『でも、天津神あまつかみの持つ力はスキルの枠を遥かに超えている。だからハヤちゃんにも何か秘められた力があるはずよ。待ってて、いま兄さんから関係性を辿って検索を……これはっ!?』

『どうかしたのか、恵理香?』


 恵理香が口ごもる。何かただ事ではない事態を察し、ハヤちゃんも不安を感じたのか俺の手を握ってくる。


『これをスキルと呼んでもいいのかしら。或いは、神が人の形をとることでダウンサイズされたものなのか……でも、これなら』


 そして、恵理香はハヤちゃんのスキル名を告げる。それと同時に頭の中ではまた例の機械音声が鳴り響いた。


【システムコール、パーティメンバーのスキルを確認】

天神地姫てんじんちぎ


 天神地祇てんじんちぎとは、天神たる天津神と地祇ちぎたる国津神、すなわち神々の総称である。ちょっと漢字が違うけれど、そのスキルがもたらす力は……紛れもなく、神に匹敵するほど強大なものであるという。


「すごいじゃないか! これで他のスキルを集めずとも神に……」

『あっ、ちょっと待って、これ出力が高過ぎて燃費は最悪よ。いまの兄さんでは全く使えないわ。そうね、例えるならイオナズンを唱えようとするミニデーモンみたいなものかしら』


 はいはい、あのMPが足りなかったってなるやつね。てか妹よ、それはもうシリーズでもかなり古い方だぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る