第40話 ユビキタスの真価


「なん……だと……?」


 沙那さなの唸り声が聞こえる。どうやら彼女にも先ほどの音声が届いていたようだ。


【システムコール、パーティメンバーのスキルを確認】

傾城傾国ニューワールド


 確かに、さっきはそう聞こえた。これを言葉どおりに解釈すると、俺にも沙那のスキル【傾城傾国ニューワールド】が使用できるということになるのだが。


「沙那、傾城傾国ニューワールドってどうやって使うんだ?」


 ソファの端で何やら考え事をしている沙那に問い掛ける。すると、突然ガバッと食い入るようにこちらを見つめてきた。


「あ、あぁ、兄様……なにも難しいことはございませぬ。ご自分のスキルを使う時のように、ただイメージをしてみてください」


 そうは言ってもなあ。万理一空ユビキタスのときはどうしたんだっけ。そうだ、あのときはハヤちゃんを守る力がほしいと願ったんだった。


 でも、なんだろう。今は少し違う気がする。沙那のスキルを使うのであれば……そう、考えるのはやはり彼女のことではないのか。


「なぁ沙那、少し聞きたいことがあるんだけど」

「え、えぇ……な、何でも聞いてください、兄様」


 何だか沙那が少し余所余所しい。先ほどはあんなに大胆に誘惑してきたのに、今では借りてきた猫みたいだ。心なしか、ハヤちゃんも呆れたような目で……あれ、なんか俺に向けてるような。


「沙那は最初に何を思ってこのスキルを使ったんだ? もっとお前のことを聞かせてくれよ」

「ひ、ひぇ? それは構いませんが……あの、その前に兄様。先ほどから仰ってるそれは、いったいどういう心境の変化なので?」

「どういうって、沙那のスキルを使うためだろ」


 やはり話がかみ合わない。沙那は打って変わって赤面してモジモジしだすし、今になって先の行為に羞恥心を感じているのだろうか。


「そうですね。正直に申し上げますと、兄様のことを想っておりました。せめてこの空間の中だけでも、私だけの兄様でいてくれたらと……」


 最後の方は声が小さくてよく聞こえなかった。そうだな、沙那だって歳相応の女の子なんだ。いつもはお嬢様ぶって変なみやび言葉みたいなのを使っているけれど、意外に可愛らしい一面も持つことを俺は知っている。


 こうして、危険をおかしてまで会いに来てくれた。困窮した俺たちのために近隣から食糧を集めてくれた。沙那には感謝してもし足りない。


「ありがとう、沙那。今はまだお前の気持ちを受け止めきれないけれど、いつか必ずはっきりと答えを……」

「お、お兄ちゃん!?」

「に、兄様っ! どこに行ってしまわれたのですか!」


 突然、ハヤちゃんと沙那が叫び出す。いったい何事かと辺りを見回すが、特に異常は見当たらない。しかし、二人は慌てた様子であちこちを探しているようだ。


「どうしたんだ? いったい何を探してるんだよ」


 そうして、俺が二人の肩を叩くとびっくりしたように飛び跳ねた。まるで幽霊でも見たかのようにぎょっとした表情を向けてくる。


「びっくりした、お兄ちゃんどこに行ってたの?」

「そうですわよ、急に姿を消して……なるほど、そういうことで」


 どうやら、二人には俺が視えていなかったようだ。すなわちそれは、傾城傾国ニューワールドが発動したことを意味している。


 やはり、今の俺には沙那のスキルが使えるようだ。しかし、いったいどうして急にそんなことになったのだろうか。


『……話は聞かせてもらったわ。私たちはとんでもない思い違いをしていたようね』


 そのとき、唐突に念話が頭に響いた。それはおよそ3週間ぶりに聞く、実妹の恵理香えりかによるものであった。

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