第37話 灰は白へと変わる


 天道てんどうの情報が確かであれば、もはや葦原あしはら市近郊は完全に黄泉国よみのくにの支配下にある。


 なにせ、市役所はおろか県庁よりも学園の方が遥かに巨大な施設なのだ。そこが陥落したとなると、あとは各個撃破されるか、或いは既に落ちていて最後の砦が学園だった可能性すらある。


 いざとなれば学園に避難することも考えていたが、これではもうどこにも逃げ場はない。当初の予定どおり、近隣から食糧を調達して籠城するしかない。


 でも、籠城して何になるのだろう。古来より籠城戦は救援ありきのもの、俺たちが自宅で耐えていたのも元は恵理香えりかを当てにしていたからである。


 しかし、今となってはその恵理香とも連絡が取れず、ひと月もの時を無為に過ごしてしまった。


 俺はソファに座りながら、右隣にちょこんと腰掛けるハヤちゃんを見た。俺の視線に気付いたのか、初めはキョトンとしていたが、すぐに満面の笑みを返してくれる。


 そう、別に悪いことばかりではない。長らく一人暮らしに近い生活を送っていた俺にとって、久しぶりの家族、妹との生活は懐かしくも新鮮であった。


 それに、ハヤちゃんは力を失い、俺のスキルは戦闘系ではない。どのみち外に出ることも容易ではなかった。


 あれ、そう言えば……ふと、疑問が湧いた。天道はどうやって学園からここまで逃げてきたのだろう。


「ええ、よくぞ聞いてくださいました。全ては私のスキル【傾城傾国ニューワールド】によるものですわぁ!」


 左隣に座る天道が芝居がかった仕草で答える。傾城傾国けいせいけいこくとは、城や国を傾けるほどの絶世の美女のことである。


 過ぎたる魅力は人を惑わし、ついには国さえも滅ぼしてしまう……古代中国はいん妲姫だっきや日本の平安時代の玉藻前たまものまえなどが該当するだろう。


 そんな物騒ながらも魅惑的な名称はまさしく天道に相応しいが、その効果は両手の広がる範囲の空間を自己の領地にするという慎ましやかなものであった。


 もっとも、その能力で常に自分の周囲を領地とし、内部を秘匿することで姿を隠して逃げてきたのだから大したものである。


 やっていることは隠密系のスキルのようだが、領地の解釈次第ではさらなる応用も可能だろう。案外と底が見えないスキルなのかも知れない。


「ところで、兄様はどんなスキルですの? きっと兄様のことですから素敵なものなのでしょうね」


 そうして、また俺の左手に抱きつき、胸を押し付けてくる。室内に入り、いつの間にかブレザーを脱いでいるため、シャツから感じる弾力は先ほどの比ではない。


「あ、ああ、それがな……」


 俺は逃げるようにして立ち上がると、【万理一空ユビキタス】を起動させた。口で説明するよりも早いとParty Listから天道に招待を送る。


 迷いなく承諾した天道に苦笑しながら念話を送ると、やがて彼女の口から嬌声が上がった。


「あぁん、兄様の声が聞こえる〜。これはもしや愛の力なのでは」

『私の声も聞こえてる?』


 興奮状態の天道にハヤちゃんが冷水を浴びせる。天道も初めは聞こえないふりをしていたが、ハヤちゃんが少し悪口を言うとムキになって反応していた。


 しばらくそんなことを繰り返した後、俺は次にFamily Listの説明に入った。途端に天道が食い付いてきたが、そこに自分の名がなく、また任意で加えることも出来ないと知るとしょんぼりしていた。


「まあ、今はあまり使い道がな。恵理香とも念話が出来ない状態がずっと続いて……えぇっ!?」


 俺は思わず叫び声を上げてしまう。ハヤちゃんも天道も何事かと驚いているがそれどころではない。


 実妹の……あれからずっと灰色がかっていた【三炊みかしき 恵理香えりか】の名前が白へと変わっていたのだ。

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