第35話 ハヤちゃんが見てる


 出鼻をくじくという言葉がある。


 格闘技にせよ、心理ゲームにせよ、機先を制することで相手の動きを止めることだ。


 それはまさに思い切り踏み込んだ先に置かれたカウンターのジャブみたいに、一瞬にして俺の意識を削り取ってしまった。


「お兄ちゃん、誰か来たみたいだよ?」


 隣でハヤちゃんの呼ぶ声が俺を覚醒させる。危うく始める前からダウンしてしまうところであった。


ドンドンドン ドンドンドン


 規則正しくリズムを刻んで音を立てる扉。こんなに叩かなくても良いのにと思いながら、俺はその先へと声をかける。


「ま、まさか……天道てんどう……なのか?」

「いいえ、違います、兄様。沙那さなでございます!」


 なぜ否定したし。しかし、本当に天道ならどうしてここに来たのだろう。


 いや、どうしたもこうしたもない。この非常事態だ、助けを求めに来たか、さもなくば……なんだろう?


「兄様ったら、葦原あしはら学園に避難なさらないんですもの! 沙那は心配で心配で……うぅ」


 玄関を叩く音はやがて嗚咽へと変わっていく。それが俺を心配するものであることは、細部はさておき疑いようもなかった。


 俺はハヤちゃんと顔を見合わせる。ハヤちゃんも困惑している様子であるが、やがて中に入れるのを促すように小さく頷いた。


 どのみち外に出るためには、玄関を開けねばならない。それにあまり音を立てられたら、黄泉戦よもついくさたちに見つかってしまうかも知れない。


 ハヤちゃんの持つ『品物之比礼くさぐさのもののひれ』は、我が家を害意のある者から隠す効果があるが、それは不可視ではなく認識阻害であり、あまり目立つことをしたら見つかってしまう。


 それに、天道を危険に晒すわけにもいかない。多少の問題行動はあるが、大切な幼馴染でもある。俺は彼女を招き入れるように玄関の扉を開いた。


 ガタッ


 不意に、何かが飛び込んできた。それは柔らかく弾力性に富んだもので、しかし力強い動きで俺に立ち絞めを仕掛ける。


 まさか、敵の罠だったのか? その正体を確認する間もなく、俺は頭にヘッドバットを食らうと、口内に何かが侵入してきた。


 なんだろう、これ。エイリアンの触手か何かだろうか。あれは確かフェイスハガーとか言って、体内に卵を産み付けるやつだ。


 そして、しばらくするとチェストバスターと言って腹を割って成体が出てくる。このとき、宿主が人間だとエイリアン、プレデターだとプレデリアンとなり……って


「ハヤちゃんが見てるでしょ!」


 俺は突然ハグとキスをしてきた少女を引き離すと、近所にも聞こえそうな大声で叫んだ。


 眼前にいるのは葦原学園高等部の制服を着た少女。


 ブレザーの上からでも分かる豊満な胸部を反らしながら、うっとりとした表情で唇を舐める妖艶な美女。


 それが俺の偽妹ぎまい天道てんどう沙那さなだ。

 

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