第31話 後事を託して

 武見たけみが幹部自衛官として3等陸尉りくい(3)に任官したとき、部下の中には当時3等陸曹りくそう(3そう)であった炉主ろぬしの姿があった。


 ちなみに、3曹の上は2曹、1曹、そして曹長となり、一般自衛官はこの曹長(又は准尉じゅんい)で定年を迎える。


 一方で、防衛大学の卒業生は最初から曹長として任官し、約9か月の幹部候補生学校を経てさらに上の3尉となる。


 それが幹部自衛官と一般自衛官の違いと言えばそれまでだが、スタートとゴールが一緒という無情なまでの格差があった。もちろん、部内選抜試験に合格して幹部自衛官に昇進する道もあるのだが。


 防衛大学とはいえ、卒業して間もない若造がいきなり多数の経験豊富な部下を持つ。皆、内心では面白くないだろうなと武見自身も考えていた。


 しかし、そんな中で炉主ろぬしだけは飄々と、それでいて節度を保って接してくれた。影ながら助けられていたのだと後で気付かされることもあった。


 そして今、武見は階級では仲田なかたに次ぐ琴司ことしではなく、炉主に後を託そうとしている。能ある鷹は爪を隠す……思えば、炉主という人間は常に自分たちの一手、二手先を行っていた。


 この先の戦いに階級などは関係ない、彼のような人間こそが必要なのだ。これ以上、埋もれた原石を燻らせておく余裕は日本にはない。


 そしてもう一つ、気付かされたことがある。琴司が示したようにスキルとは可能性の塊である。力押しの戦法では天津神には決して勝てない。なぜなら神々こそがまさにそれを実践し続けているのだから。


 鳥見とりみ横田よこた嶋戸しまと浮田うきたの四人のスキルもまだまだ発展の余地がある。民間人の彼らを巻き込んだことは自衛隊員として申し訳なく思うが、もはやその垣根も取り払われるかも知れない。


 彼らのスキルはこんなところで無駄に散らして良いものじゃない。いつか必ず、正しい形で彼らを使いこなす者が現れるはずだ。武見は覚悟を決めると、金剛石の盾……いや、壁を限界近くまで広げた。


「悪いな、仲田。お前だけは付き合わせちまって」

「いや、全くですよ。まるで俺のスキルには先がないみたいじゃないですか」


 仲田がブゥと膨れる。すまんすまんとそれに苦笑しながら武見は想いを巡らせていた。そう、確かに仲田にも自分にもまだまだ可能性があったはずだ。


 しかし、誰かがやらねばならない。ここで天津神を止めなくては、程なくしてチームは全滅してしまう。戦い方を間違えたのだ、自分たちは、そして日本政府は。


「まぁ、武見さんとは腐れ縁ですからね。この期に及んで置いてけぼりもゴメンですよ」

「そうか、お互いに残す者がいないことが救いだったな」

「あーあ、こんなことなら先月の合コン、断るんじゃなかったな」


 武見が造り出す金剛石の壁が天鳥船あめのとりふねの上部を覆っていく。堪らずタケミカヅチが止めに入るが、それを仲田が許容量を遥かに超えた巨体で阻止しようとする。


 やがて、金剛石で封印された船上から二人の隊員が離れていく。琴司ことしは隊長たちの名を叫んでいたが、炉主が抱えるようにして後方に引っ張っていった。


 そして、金剛石の壁が役目を終えて消失したとき、もう天羽々斬あめのはばきりチームはどこにも存在していなかった。物言わぬ姿と化した武見たけみ仲田なかたをその場に残して……。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る