第32話 End of Prologue


 横浜での天羽々斬あめのはばきりチームの敗戦後、天津神の軍勢は東京に向けて北上を続けた。


 住民たちは東北道、関越道、常磐道などを伝って東北地方へと避難した。統合幕僚監部も都心での抗戦を断念し、避難民の誘導や護衛に尽力する。


 しかし、実際に東北地方へ避難できた住民は関東全体の2割にも満たなかった。それは主要道路の渋滞や天津神軍の侵攻に加えて、住民自身が避難を選択しなかったことが主な要因であった。


 天津神軍の参謀、智慧ちえの神オモイカネの計略により、テレビやラジオ、インターネットなどの公共電波・通信がジャックされ、プロパガンダ放送が流された。


「我々は日本の行く末を憂い、天上より降臨した。なぜ、お前たちは神による救いを拒むのか。人のまつりごととはそれほどまでに尊く、誇るべきものであったのか」


 昨今の政治腐敗とそれらがもたらす不信により、国民の間からは神による統治を望む声も聞かれ始めていたのである。


 都内では天津神の支配について、容認派と否定派による激しい衝突が起こり、中にはスキルを用いた内戦さながらの戦闘行為も勃発したという。


 それらによる犠牲も決して小さなものではなく、とあるビルの屋上では避難を巡る争いから


 一方、首相を始めとする内閣の主要メンバーは無事に仙台へと脱出を遂げた。自衛隊や在日米軍の残存部隊も合流し、急ピッチで首都機能を移転していった。


 後に仙台以北は蝦夷えぞと呼ばれ、東京を掌握した天津神に対して抵抗を続けていく。皮肉にもかつての大和政権の後継が追われる立場となってしまったのである。


 天津神は神気しんきと公共放送を駆使し、効率的に日本支配を進めていった。運命の日から一月が過ぎた頃には、その支配権は中日本全域にまで及んでいた。


 また、中国・四国地方は、ニニギの曾孫であるヒコイツセを中心とした別動隊が九州地方より上陸し、住民たちを教化しながら勢力を拡大させていく。


 さらに、同盟関係にあるとされるイザナミ率いる黄泉国よみのくにの軍勢も近畿地方に出現し、住民たちを恐怖と暴力で支配していった。


 こうして、日本の主導権は人間から神々へと譲られた。国譲りの神話は過去ではなく現在、そして未来としてここに成就されたのである。


 ただし、全てが神々の思惑どおりに進んでいたわけではない。


 九州南部の山間地帯では、ある武芸者が神気を打ち払い、密かに住民たちを解放して周っていた。


 新首都・仙台においても、天鳥船あめのとりふねを撃墜した少女が英雄として称えられ、日増しに抗戦の気運が醸成されていく。


 かつては組織の構造から日の目を見ずに埋もれていた原石も、戦乱の幕開けと共にその才能を遺憾なく発揮させていった。


 そして、ここ大和国やまとのくに(奈良県)は葦原あしはらの地にて――後に、零王れいおう三姫士さんきしと呼ばれる兄妹たちが静かに躍進のときを待っていたのであった。

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