第28話 湘南海岸攻防戦


 決死の覚悟で戦線を張る自衛隊であったが、ニニギの放つ威風に気圧されたのか、水を打ったように静まり返ってしまう。


 そして、いつしか歩兵隊は皆、その場に平伏し地に頭を擦り付けていた。それは16式機動戦闘車の内部でも同様である。


「ばっ、馬鹿もーん、いったい何をしておるかっ! 構わん、撃て、撃てぇーー!!」


 しかし、前線の指揮官がいち早く正気に返ると部隊に発砲を命じる。彼自身には自覚はないが、精神異常系の自動回復効果を持つスキルを保有していた。


 命令を受けて気を取り戻したのか、歩兵隊も5.56mm機関銃ミニミを素早く構えると、天鳥船あめのとりふねの前に立つ神々に一斉掃射した。


 たちまち、辺り一帯を硝煙と砂煙が包み込む。それは人間であれば原型を留めぬほどの弾幕であり、静止の合図が掛かる前に全弾が撃ち尽くされていた。


 しばしの静寂の後、海岸から吹きつける海風がそれらを晴らしたとき、そこには先ほどと何ら変わらぬ様子の十柱の神々が鎮座していた。


 身体の傷はおろか、衣裳にも一切の乱れがない。地面には無数の弾丸が転がっており、それはあたかも標的に届く前に推力を失い、自然落下してしまったかのようであった。


「無駄、神気しんきを纏う我らにそのような武器は届かない」


 白と黒の絹衣を翻し、幼い少女の姿をしたオモイカネが告げる。その信じがたい光景に指揮官は怯むが、やがて今度は戦車隊に砲撃を命じた。


「各車両、攻撃開始! 人の姿に惑わされるな、相手は正真正銘の化け物だぞっ!」


 国道134号線を埋め尽くした16式機動戦闘車が52口径105mmライフル砲を発射する。対人としては過剰な威力を誇るが、先ほど機関銃の一斉掃射を無力化した相手には心許なくすら思われた。


 その予想に反さず、タケミカヅチ、フツヌシ、アメノタヂカラオの三武神が迎撃態勢に入る。霊剣・布都御魂ふつのみたまが、神剣・伊都之尾羽張いつのおはばりが、そして怪力無双の肉体がライフル砲を斬り払い、受け止め、そして投げ返した。


 戦車隊は一両、また一両と自らの放った砲撃により炎上していく。やがて、大半が中・大破したことで車両から脱出する隊員たちが殺到して大混乱となり、攻勢は完全に沈黙してしまった。


 歩兵隊は目前で繰り広げられる光景に唖然としていたが、再び指揮官の号令の下、弾倉を交換して機関銃を構える。


「人間とは愚かなり。彼我の戦力差がまだ分からぬのか」


 オモイカネが呆れたように首を振る。見た目は可愛らしい子どもだが、頭脳は大人、言うこともまた辛辣だ。


 三武神がチラリとニニギの方を見た。それは攻撃の許可……いや、虐殺の裁可を仰ぐようで、湘南海岸が血の海と化すのは避けられそうもない。


「ニニギ様、御身の王道を血で穢すことはございません。ここは妾めにお任せください」


 一触即発の状況の中、五伴緒いつとものおが一柱、アメノウズメがニニギの前に進み出た。


 天界一の舞踊家にして抜群のスタイルを誇り、白綿の上衣ははだけて乳房が覗き、(スカート)も女陰近くまで下げられている。


「許す。我が威光を不埒な輩共に知らしめよ」

御意おんいのままに」


 そして、アメノウズメは歩兵隊に向かい、不思議なリズムで踊りながら歩み寄っていく。それは最初は緩やかに、段々と勢いを増し、ついには激しく身体を振り乱して踊り狂う。


 いつしか、歩兵隊はその姿に見惚みとれていた。国家の存亡を賭けた戦闘中であるにも関わらず、一瞬たりとて目を離すことが出来ない。


 くだんの指揮官がまた声を張り上げて命じるが、やがては彼もまた、その神秘的な舞いに心を奪われてしまっていた。


 それは戦車隊の残存部隊にも伝播し、もはや湘南海岸に布陣した全隊がアメノウズメの虜になっていた。


 かつて、岩戸隠れの事件において、その踊りで八百万やおよろずの神々を沸かし、アマテラスの関心さえも惹いた『舞神ぶしん』は、こうして人間たちを無血で教化してしまったのであった。

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