第26話 相模湾海戦


 統合幕僚監部及びアメリカ海軍第七艦隊が、相模湾まで天鳥船あめのとりふねの接近を許したのには理由があった。


 天鳥船あめのとりふねには、サルタヒコ機構と呼ばれる光学・ステルス迷彩機能が備わっており、視認はもちろん軍用レーダーでも感知が出来ないのだ。


 それにも関わらず、上陸を前にして敢えてその威容を見せたのは、ある種の降伏勧告であったのかも知れない。無駄な抵抗はするな、お前たちに勝ち目はないのだと。


 当然にして従えるはずもなく、先の佐世保基地での雪辱を果たそうと、旗艦司令部ブルーリッジ原子力空母ロナルド・レーガンが率いるアメリカ海軍第7艦隊が横須賀港より出撃する。


 また、こんごう、あたご、まやなど海上自衛隊のミサイル護衛艦も続き、日米合同の大艦隊が天鳥船あめのとりふねを撃退するべく総攻撃を開始した。


 しかし、VLS(垂直発射システム)より射出されたRIM-162シースパロー及びBGM-109トマホークは、天鳥船あめのとりふねの周辺に展開された不可視の障壁により阻まれてしまう。アマノイワト機構と呼ばれるバリアがあらゆる攻撃を無効化しているのだ。


 膠着した戦況を打破すべく原子力空母ロナルド・レーガンより艦上戦闘機が発進するが、敵に接近した瞬間、轟音とともに真っ二つになって墜落した。


 天鳥船あめのとりふねの上部甲板には三柱の神々の姿があった。


 一柱は、金色の髪をなびかせて、短甲たんこう(胸鎧)の下に真綿の貫頭衣かんとういとスカート状のを纏う凛とした……少女に見える。しかし、携えた剣からは稲妻のごとき霊力が迸り、先の戦闘機を両断した。


 葦原中津国平定あしはらなかつくにへいてい神武東征じんむとうせいと時代の節目となる大戦と共に在り、天津神あまつかみを勝利に導いてきた霊剣・布都御魂ふつのみたま、そして日本神話最強と謳われた軍神タケミカヅチである。


 もう一柱は、対照的に蒼銀そうぎんの髪、下半身にまで届く挂甲けいこう(大鎧)の下には貫頭衣かんとういとズボンを履いた精悍な青年であった。


 得物である剣は、まるで血が滴るがごとく深紅の炎が燃えており、近付くもの全てを灰燼かいじんに帰せんとするかのようだ。


 かつて、母神イザナミを死に至らしめたヒノカグツチをたおした神剣・伊都之尾羽張いつのおはばり、そしてタケミカヅチと並び称される武神フツヌシである。


 最後の一柱は、打って変わって黒髪にまげを結った半裸の益荒男ますらお。下半身には化粧廻しのようなものを巻いている。


 まるで相撲取りのような……いや、そのものである。ただし、身体の大きさが重量級の数倍にも及ぶことを除けばだが。


 それはスサノオが高天原たかまがはらを追放(神逐かんやらい)された原因。太陽神アマテラスが失意の内に洞窟に籠り、光が失われ邪気が蔓延った天界の一大事。


 未曽有の危機を救ったのは、開かずの天岩戸あまのいわとじ開け、投げ飛ばした怪力無双アメノタヂカラオである。


 その先は、神々の威光と人間の叡智による激しい戦い……ではなく、惨劇であった。


 原子力空母ロナルド・レーガンの第5空母航空団が、護衛艦に搭載されたヘリコプターが、まるでカトンボのように儚く切り裂かれ、海へと散っていく。


 そして、上空より艦船へ落ちた、いや降り立った巨人が乱暴に鋼材を引き千切り、投げ飛ばし、沈没させていく。


 やがて、制空権を支配された艦隊へ天鳥船あめのとりふねの砲撃が加わり、メルトダウンを恐れた原子力空母ロナルド・レーガンの自沈により、相模湾海戦は天津神の完勝に終わった。


 戦い敗れて沈みゆく艦の中で、決死の思いで脱出した救命ボートの上で、残された兵士たちは天上の神々を憎み、怒り、そして畏れた。


 誰もがその圧倒的な力の前に確信した。所詮、人が神に勝てる道理がない。ただ頭を垂れて、許しを請い、その軍門に降る他はないのだと。


 あの白く厚く閉じた雲。陽の強さも月の淡さも星の瞬きさえも奪われた空を恨めしそうに見上げながら、ただ悲嘆に暮れるしかなかった。


 ある一人の少女が命を賭して放った星の輝きが戦場に届くまでは……。


 それは一条の光。そして、一縷いちるの望みであった。

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