第24話 三炊恵理香の憂鬱


『……了解しました。解析データは後でまとめていつもの方法で送ります』


 私はパソコンのメールに返信すると、デスクの上にあるマグカップを手に取り傾ける。途端に口内に濃厚な苦みが広がっていくが、眠気覚ましなのだからこれでちょうどいい。


 メールの相手はお母さん。今日は国家安全保障会議日本版NSCにオブザーバー参加しているらしい。私以上に多忙を極めており、最後に顔を合わせたのはあの出来事の直後だろうか。


 国家安全保障会議とは、国の安全保障に関する重要事項を審議する機関として内閣に設置されたもので、メンバーは内閣総理大臣や関係する国務大臣となる。つまり、紛うことなき日本政府のトップ集団だ。


 そのような重要な会議に、非正規とはいえ招聘しょうへいされることは大変な名誉である。いくら三炊みかしき家が旧家とはいえ、本来ならばそこまでの影響力は及ばない。


 しかし、この未曽有の事態における有力な情報提供者として、私の家の名は政府関係者の間では広く知れ渡っていた。


 以前より天津神あまつかみの襲来を予見し、関係機関に警鐘を鳴らしていたこと。そして、あらかじめ需要が高まる土地や物資を抑えていたことがその主な理由だ。


 加えて、現在ではもう一つ。神通力スキルに関する基本情報と鑑定能力を彼らは喉から手が出るほど欲している。私のスキル【一切皆空アーカーシャ】によるものだ。


 私の主な仕事は、お母さんを通じて政府から送られてくる氏名、顔写真、スキル名などを元にして、そのスキルの効果を解析することだ。


 スキルは思ったよりも奥が深い。本人ですらも知らない力が隠されている場合があり、また成長・進化する余地もある。


 それをアカシックレコードを参照して解き明かしていくのだが、これがなかなか骨が折れるため、分析をルーティン化して別室の専門スタッフに任せている。


 例えばノーマル、レア、ハイスキルなどの分類は、読み取った数値パラメータから判別が可能なのだが、それがまた暗号みたいに複雑な様式に変換されており、解読作業まで自分でやっていたらとても手が回らない。


 最近は私のスキルを介さず、専門の機械によって直接測定する研究も進められており、それが実用化されたらもう少し楽が出来るかも知れない。


 スキルの等級ランクは正式には七色十三階冠ななしきじゅうさんかいかんという。これは大化3年(647年)に制定された古代日本の冠位と同名で、聖徳太子が定めたことで有名な冠位十二階かんいじゅうにかいが改められたものだ。


 なお、古代の冠位は大紫だいし小紫しょうしのように大小が並ぶことが一般的だが、13と奇数なのは最後に建武けんむがあるからである。


 もっとも、翌年にはすぐ冠位十九階かんいじゅうきゅうかいが制定され、その際に建武も改称されているので、実際に叙爵じょしゃくされた者はいなかったと考えられている。


「それがまあ……ねぇ。兄さんらしいと言えばらしいけど」


 私はモニターの前で苦笑する。兄さんの【万理一空ユビキタス】がまさにその建武なのだ。しかも少なくとも私が知るスキルの中で唯一の、である。


 一般にノーマルスキルとは、上から大青だいしょう小青しょうしょう大黒だいこく小黒しょうこくの二色四階が該当する。


 それからすると、更に下の建武はハズレスキルに該当することになるのだが、あの性能はどう少なく見積もってもレア(大錦だいきん小錦しょうきん)の部類だ。第一、兄さんをハズレ呼ばわりするなんてこの私が許さない。


 兄さんと言えば、ようやく三炊みかしき家も重い腰を上げ、明日には救援ヘリコプターが派遣される。今日が約束の一週間だったのだけど、これくらいの誤差は許してくれるよね、兄さんは優しいから。


 それに、兄さんの義妹のハヤちゃんに会うのも楽しみだ。いくら兄さんでもそんな小さい子は守備範囲外のはずだから、きっとあのと違って仲良く出来るはず。


 それに、彼女はあのニギハヤヒなのだという。彼女の協力が得られれば、アカシックレコードの解析も更に進み、天津神あまつかみに対抗する手立ても見つかるかも知れない。


 首都東京を中心とする関東絶対防衛圏の構築は着実に進んでいる。あと1箇月もあれば、現代兵器と特殊スキルを混合した完璧な防衛体制が確立できるだろう。


 天津神が九州全土を掌握するのに掛けた期間は1週間。神話のとおりであれば、今後は出雲国いずものくに(島根県)を中心とする国譲り、大和国やまとのくに(奈良県)を中心とする神武東征じんむとうせいと続くだろう。


 そして、その次がヤマトタケルによる東国あずまのくに(関東)征討となる。それを恐れて仙台遷都構想も並行して進められているが、何としてもここで食い止めなければならない。


 西日本や中部地方の犠牲を容認すること……時間稼ぎとすることに、胸が痛まない訳じゃない。でも、首都が、人間の拠点が無事であれば、いつか必ず取り戻すことが出来るはずだ。


 教化された人々だってきっと救い出してみせる。だから、どうか私たちを許してほしい。私は何より家族が……兄さんが一番大事なのだから。


 さて、そろそろ分析結果が出た頃だろうか。私は別室のスタッフに連絡しようとインターホンを取る。すると、向こうからも連絡してきていたのか、ボタンを押すまでもなく繋がった。


「ああ、ちょうど良かったわ、そろそろ例のも……」

「恵理香様、緊急事態が発生しました!」


 マグカップが音を立てて床に転がる。やがて、カーペットに広がる黒い染みを見つめながら、私は自分たちがいかに傲慢で、罪深い存在であったかを思い知った。


「天津神の襲撃ですっ! 湘南海岸沖に天鳥船あめのとりふねが出現しました!」

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