幕間 八岐大蛇(結)


 正面からは武見たけみ仲田なかたが打ち合い、背面からは琴司ことし炉主ろぬしが撃ち合う。一見すると優勢に事が運んでいるようにも見えるが、その実は有効打に欠けていた。


 その気になれば首も落とせるが、すぐに再生されてしまう。なまじ負傷させたままにした方が、動きも鈍くなってマシなくらいだ。しかし、持久戦に持ち込まれると不利なのは人間の方である。


 武見はチラと残る二人の隊員、【鳥見とりみ】と【横田よこた】を見た。ちょうど二人と目が合い、向こうも準備が出来たと頷きを返す。頃合いだとばかりに武見が指示を出す。


「よし、仕掛けるぞ。まずはやつを押し倒せ!」


 武見の号令のもと、仲田がここ一番の馬鹿力で八岐大蛇やまたのおろちを押し込む。そこに武見も【金剛不壊ダイヤブロック】で加勢し、さらに後方からは琴司と炉主が怪物の下半身を凍らせた。


 そして、その巨体が僅かによろけて8つの首が垂れた瞬間、おびただしい規模の土砂と樹木が怪物を覆い尽くした。


 かつて、スサノオが八岐大蛇やまたのおろちを退治したとき、8つの門に酒桶を置いてそれぞれの首を眠らせたという。伝承をなぞるようにして、いま全ての首が地面に拘束されていた。


 鳥見のスキルは【積土成山ブルドーザー】、土砂や鉱石を操る能力である。山中であることが幸いして、長い首を埋めて固定する材料には事欠かない。


 積土成山せきどせいざんとは、土を積めば山と成るように、努力を積み重ねていけばいつか大きなことを成し遂げられるという意味である。


 なお、本業は路線バスの乗務員である鳥見は、土木工事や陣地構築といった専門知識は持ち合わせていない。今回の作戦にあたり、入念な研究と打ち合わせが行われたことは言うまでもないだろう。


 そして、横田の【一樹百穫ツリースト】がそれを補強する。河川の堤防に草が不可欠なのは、根が絡み合うことで土の流出を防ぐためだ。植物を操るスキルで植栽を行う。


 一樹百穫いちじゅひゃっかくとは、一本の樹を植えることで百倍の収穫を得るという意味で、人材育成は大きな利益に繋がるとも解される。ここに来る前はスーパーの店長をしていた横田は、それを身にしみて理解していた。


 ともに山中の地の利を活かしたトラップ使いのコンビにより、八岐大蛇やまたのおろちは捕らえられた獲物のようにのたうっていた。


 しかし、まだ決着が着いたわけではない。いつまでも拘束できるものではないし、場合によっては身体の一部を自切して抜け出してくることもあり得る。


 武見の脳裏には、作戦命令を受けたときの陸上幕僚長の言葉が思い返されていた。八岐大蛇やまたのおろちを屠るには、8つの頭を全て同時に破壊する必要があるという。


 なぜ、そのような情報を上層部が得ていたのかは分からない。もしそれを事前に知っていたならば、中部方面隊の攻勢で討伐できていたかも知れない。


 それとも、先の作戦によって判明したのか。しかし、討伐作戦は失敗に終わり、何ら確証が得られるものではなかったはずだ。


 或いは、外部からもたらされた情報なのでは。いまや政財官学が連携してこの未曾有の事態に当たっている。例の三炊みかしき家のお嬢様が出張ってきたとしてもおかしくはない。

 

「隊長、準備は出来ていますぜ」


 気が付くと、炉主から無反動砲を差し出されていた。それも二門だ。仲田、琴司も同様である。


 8つの頭を同時に攻撃するには手が8本いる。しかし、民間人協力者の彼らに兵器を使わせるわけにはいかない。


「まぁ、2つ同時はちぃと骨が折れますが、至近距離からなら外さんでしょう」


 食えない人だと武見は思った。防衛大卒ではないから幹部自衛官にはなれないが、現場経験は誰よりも豊富である。


「よし、俺の合図で全員同時に仕掛けるぞ。いいか、絶対に外すなよ、絶対だからなっ!」


 そして、彼らは入念に照準を確認、固定した後、その引き金を引いた。


 かくして、八岐大蛇やまたのおろちは再討伐された。神話のごとく遺骸から天叢雲剣あめのむらくものつるぎが出現することはなく、やがては風に溶けるように消えてしまった。


 以降、武見の部隊は『天羽々斬あめのはばきり』のコードネームで呼称され、天津神あまつかみとの戦いにおける切り札と目されるようになる。

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