幕間 八岐大蛇(転)


「ひゅー、おっかないねえ。そろそろ俺たちも行きましょっか」


 武見・仲田の隊長、副隊長コンビが八岐大蛇やまたのおろちと正面からぶつかり合う中、後方に回り込んだ【炉主ろぬし】が飄々としながら84mm無反動砲カールグスタフを構える。


 年齢は二人とさほど変わらないが、隊服の階級章は2等陸曹、高等工科学校卒の叩き上げである。


「弾着、今! っと」


 けたたましい爆音を立て、怪物の背後で多目的榴弾が炸裂する。しばらくして爆煙が晴れると、8つの首のうちの1つの付け根が大きく抉れて流血していた。


 それを確認して、炉主ろぬしは肩に担いでいた無反動砲を上に向ける。歩兵の携行武器ながら戦車を破壊できるほどの高威力だが、重量3kgもある弾薬は一発しか装填できない。


 しかし、炉主ろぬしが再び目標に向けて構えると、いつの間にか榴弾が再装填リロードされていた。そして、今度はまた別の首の付け根へと命中する。


 【刀槍矛戟インフィニティ】、それが炉主のスキル名だ。刀槍矛戟とうそうぼうげきとは文字どおり武器の意味で、彼は自身と武器庫の間に通り道を作って繋げているのだ。


 ただし、そこを通れるものは無生物のみ、大きさも限られる。また、あらかじめ空間を繋ぐ先に目印マーカーを設置する必要があり、彼が武器庫と認識する場所に限定されていた。


 荷物の持ち運びに便利なスキルであるが、炉主の自衛官としての身分が加わることでその効力は驚異的となる。実際、この隊が大隊扱いであることには彼の存在が大きく影響したと言われている。


 炉主はその後、三度に渡って砲撃を続けた。それは確実に目標にヒットするのだが、首を吹き飛ばすまでにはいたらない。そして、気付けばその傷もいつの間にか塞がっていた。


「まっ、戦車砲やロケット弾で仕留めきれないんだから当然ですよね」


 横から【琴司ことし】が声を掛ける。隊服の階級章は2等陸尉、歳は炉主よりも一回りくらい下だが、防衛大卒のために階級は上となる。また、陸上自衛隊の広報を担当したこともある有名な女性自衛官だ。


「そういうことで、そろそろご助力を願えますかな?」


 年下の上官に対しても炉主の態度は変わらない。別に反骨心があるわけではなく、組織に所属した時点でそういうものだと割り切っている。ただ媚は売らず、規律も乱さない程度に収めるのが彼の流儀だ。


 もっとも、この部隊においては階級による堅苦しさはない。隊長の武見は別としても、その他の隊員とはざっくばらんに話している。特に半数が民間人協力者であるから、そのような気遣いもまた必要なのだ。


「もうセットしていますよ。そのまま撃ってください」


 琴司ことしのつっけんどんな言い方にも炉主は眉一つ動かさない。氷の微笑と謳われ、男女問わずファンも多い花形だが、彼にとっては数ある上官の一人に過ぎなかった。


 言われたとおりに無反動砲を発射すると、今度は弾着時に劇的な変化があった。爆発はするが、煙は出ない……いや、冷気のようなものが見える。


 怪物の首の付け根が凍っていた。それも先ほどのように抉れたまま、今度は流血ごと冷凍保存されたかのように白く固まっている。


 琴司ことしのスキル【二律背反ダブルスタンダード】は、その名のとおり反対の属性を物体に付与することが出来る。


 例えば、多目的榴弾は火の系統になるので氷が付与される。ここで肝心なのは付与であって、元の属性はそのまま残る。つまりは爆発と氷結が同時に行われることになる。


「早く再装填リロードしてください。どんどんいきますよ」


 急かす琴司に肩を竦めるような仕草で炉主は弾薬を取り出す。そして、砲弾は次々に目標を氷漬けにしていった。

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