幕間 八岐大蛇(承)


「熱源反応を感知……目標、捕捉しました! どうぞご武運をっ!」


 陸上自衛隊の輸送ヘリコプターCH-47JAチヌークから8つの人影が降下する。奇しくもその先に待つものもまた8つの首と8本の尾であった。


 連日に渡る空からの捜索により、ついに八岐大蛇やまたのおろち発見の報が防衛省に打電される。そして、陸上幕僚長より彼らに出動命令が下った。


 しかし、東部方面隊の第1空挺団ならいざ知らず、落下傘パラシュートによる降下作戦など結成から間もない部隊には到底不可能だ。


 もっとも、仮に当の第1空挺団であったとしても、どのみち落下の際中を狙われて怪物の餌食となっていたことだろう。


 それにもかかわらず、彼らは空中を舞い降り……そして、怪物の攻撃を躱すかのように


「よし、作戦どおり前衛は俺と仲田がやる! バックアップに琴司ことし炉主ろぬし! 鳥見とりみ横田よこたはトラップの準備を! 嶋戸しまと浮田うきたは引き続き結界の維持を頼む!」

「「「「「「「了解!」」」」」」」


 隊長である武見たけみ二佐の指揮に7人の隊員が唱和する。彼らは落下傘パラシュートを付けていない。生身の身体で空を飛んでいるのだ。


 【嶋戸しまと】は都内の大学院に通う理学部生である。黒縁眼鏡を掛けた神経質そうな青年で、今も何やら独り言を呟いていた。彼のスキル【古今独歩エア・ウォーク】が今回の奇襲作戦の要だ。


 古今独歩ここんどっぽとは、昔から今に至るまで匹敵するものがないことを指す。そして、このスキルの効果により、特定空間結界内の任意の物体に浮力を付与していた。


「あのぉー、嶋戸さん? さっきからブツブツ煩いんですけど」

「はぁ、君のその騒音の方が僕にはよっぽど気に障るけどね」


 嶋戸の心無い言葉に【浮田うきた】は一瞬、鬼の形相に変わるが、すぐに貼り付けたような笑顔を浮かべ直す。地下アイドルもまたアイドル、いつも笑顔を心掛けている。


 彼女のスキル【鄒衍降霜コール・オブ・マーン】は、歌声を聴いたものに活力を与える。また自動治癒オート・ヒーリング効果もあり、継戦能力の維持に必要不可欠な存在であった。


 ちなみに鄒衍降霜すうえんこうそうは、中国の戦国時代の思想家・鄒衍すうえんが天に無実を訴えて真夏に霜を降らせたという故事成語である。また、マーンは旧約聖書の『出エジプト記』において、モーゼの祈りにより天から降ってきた食物を指す。


 性格は正反対の二人であるが、能力は共に後方支援特化であり、また民間出身でもあることからコンビを組まされていた。直接戦闘には不向きであるが、彼らの健在が作戦の成否を左右すると言っても過言ではない。


 しかし、いかに空中を縦横無尽に飛び回ろうとも敵の手数は膨大だ。8つの首がたちまち飛翔する隊員たちのもとへと向かい、その身体を食い千切ろうとした瞬間……武見隊長が身を挺して割って入った。


「お前の相手はこの俺だ。あいつらには指……いや、牙一本触れさせんぞ」


 よく見ると、武見と牙の間に僅かな隙間が出来ていた。それは陽の光を反射してキラキラと輝くと、やがて巨大な透明の盾であることが分かった。


 武見の役割は部隊の指揮、そして隊員を物理的に守るタンク役だ。【金剛不壊ダイヤブロック】のスキル効果は超高硬度の盾を生み出すことで、数々の兵器実験においてもヒビ一つ付けることは出来なかった。


 なお金剛不壊こんごうふえとは、金剛石ダイヤモンドは砕けない……もとい非常に堅固で決して壊れないこと、また変わらぬ固い意志を意味している。武見の性格と役割にピッタリであった。


 そして、武見とコンビを組む副隊長の仲田も動く。何やら戦闘アニメにありがちな唸るように気合を入れると、隊服が破れてムキムキの上半身が露わとなった。


「仲田ぁっ、お前はまた官給品を無駄にしたな! 今月の給料から引いておくぞ」

「あ、あちゃー、勘弁してくださいよ」


 沈む気持ちに反して、仲田の身体がさらに一回り大きくなる。まるでヘビー級のボクサー、いや既にもうゴリラと化している。


 仲田のスキル【骨騰肉飛ブレインマッスル】は、見てのとおり一時的な筋肉肥大をもたらす。そして、その身体から繰り出される腕力は人間の限界を超えており、武見が受け止めた首の一つを掴み上げ……そして、引き千切った。


 骨騰肉飛こっとうにくひの言葉どおり、心も体も跳ねるようにがる仲田。しかし、潰したはずの首がすぐに再生したことには首をひねってしまう。


 中国地方は島根県の山中にて、人外と怪物の一進一退の攻防が繰り広げられていた。

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