幕間 八岐大蛇(起)


 八岐大蛇やまたのおろちとは、記紀神話に登場する8つの頭と8本の尾を持つ巨大な怪物である。


 天岩戸あまのいわとの一件の後、高天原たかまがはらから葦原中津国あしはらなかつくにへと追放(神逐かんやらい)されたスサノオは、出雲国いずものくに(島根県)で嘆き悲しむ老夫婦に遭遇した。


 詳しく話を聞いてみると、八岐大蛇やまたのおろちという怪物に毎年1人ずつ娘を喰われてしまい、ついには末娘のクシナダヒメを残すのみだという。


 そこでスサノオはクシナダヒメに変装し、八岐大蛇やまたのおろち八塩折やしおりという酒を飲ませ、眠っている隙に天羽々斬あめのはばきりで斬り殺した。このとき、尾を斬る際に剣が欠けてしまったため、中を調べると天叢雲剣あめのむらくものつるぎが出てきたという。


 これは草薙剣くさなぎのつるぎとも呼ばれており、三種の神器の一つとして天孫降臨てんそんこうりんの際にアマテラスからニニギに授けられ、現在は熱田神宮に祀られている。


 なお、天羽々斬あめのはばきり十束剣とつかのつるぎ(長剣に相当)の内の一振りであり、十束とつかとは拳10個分の長さを意味している。


 また、神話の解釈としては、八岐大蛇やまたのおろちとは河川氾濫の象徴であり、同時に砂鉄の採取場所でもあったことから、青銅器である十束剣とつかのつるぎが鉄器である天叢雲剣あめのむらくものつるぎに転換される様子を示しているという説もある。


 その後、スサノオはクシナダヒメと結婚し、根堅洲国ねのかたすくにで暮らしたとされる。そして、子孫であるオオクニヌシに試練を課し、娘と共に送り出したのを最後に神話での登場を終えることとなる。


 さて、そのような記紀神話ききしんわにおいて重要な役回りを担った八岐大蛇であるが、現代の島根県の山中にてその巨体が確認された。


 肝心のスサノオはおらず、周辺一帯に深刻な被害をもたらす災厄と化した怪物に対し、陸上自衛隊中部方面隊は討伐部隊を派遣する。


 空からは戦闘ヘリコプターAH-64Dアパッチ・ロングボウによる70mmロケット弾、地上からは10式戦車による120mm滑腔砲、更には12式地対艦誘導弾、120mm迫撃砲RTヘヴィハンマーなどの飽和攻撃が展開されたが、驚異的な耐久力、再生力を持つ怪物を仕留めるには至らなかった。


 手負いの怪物は山中に逃れ、虎視眈々と復権の機会を窺っている。九州地方が天津神あまつかみの手に落ち、戦線が中国地方に移りつつある中、後顧こうこの憂いを絶つべく日本政府はある決定を下したのであった。


……


武見たけみさん、陸上幕僚長に呼ばれてたって本当ですか?」


 防衛省庁舎の一室で、迷彩柄の制服を着た二人の男が会話をしていた。共に歳は三十代ほどと若く見えるが、一方は二佐にさ(中佐相当)、もう一方は三佐さんさ(少佐相当)の階級章を肩に纏う超が付くエリート自衛官である。


「あぁ仲田なかた、ついに俺たちモルモット部隊にもお鉢が回ってきたというわけだ」


 その自虐めいた物言いに仲田と呼ばれた男が苦笑する。エリート士官が率いる特殊部隊といえば聞こえは良いが、実態はスキルという降って湧いた力の実験部隊であった。


 隊長の【武見たけみ】二佐と副隊長の【仲田なかた】三佐は、高校時代から先輩後輩の間柄であり、武見・仲田コンビとして地元では勇名を馳せていた。


 今回、揃ってハイスキルの顕在が認められたことにより、同じ部隊として再びコンビを組むこととなった。


 しかし、その総勢は二人を入れても僅か8名、それも半分が民間人協力者だ。人数だけなら小隊どころか分隊の規模であり、併設された護衛や輸送などの支援部隊の方が遥かに大所帯という歪さであった。


 もっとも、陸上幕僚監部が推定した戦力は大隊規模……すなわち800人相当とされており、幕僚長直轄の独立大隊という破格の位置付けとなる。


 そして、そんな肝入りの特殊部隊に白羽の矢が立ったのが、中国地方の山中に潜む八岐大蛇やまたのおろちの討伐であった。


 ――ハイスキル保有者からなる官民混成部隊の初の実戦投入である。

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