第18話 天孫降臨の脅威

 アマテラスの神勅しんちょくを受け、筑紫つくし(九州)の日向ひむかくまそ(宮崎県周辺)の高千穂峰たかちほみね天孫てんそんニニギが天降った。世に言う天孫降臨てんそんこうりんである。


 そして、ニニギとその従神からなる天津神あまつかみの軍勢は、出雲いずもに本拠を置くオオクニヌシら国津神くにつかみを服従させ、葦原中津国あしはらなかつくにを譲り受けた。かの有名な国譲りである。


 これらは天皇家を中心とした大和政権による支配域の拡大を示唆しているとも考えられるが、それに真っ向から挑んだ男がいた。


 過去ではない、未来である。神話ではない、予言である。妄言と断罪された彼の言葉は、皮肉にも日本の脅威として結実しようとしていた。


『九州地方で観測された飛翔体はミサイルではないわ。天孫てんそんニニギを筆頭とする天津神の軍勢を乗せた天鳥船あめのとりふねがその正体よ』


 未確認飛行物体の出現に対し、佐世保基地のアメリカ海軍第7艦隊はF-35Bステルス戦闘機をスクランブル発進させる。


 しかし、米軍が誇る最新鋭の戦闘機は未知の航空兵器の前にことごとく撃墜され、逆に北上した戦闘集団から奇襲を受けることとなった。


 佐世保の海上自衛隊及び米軍基地は、イージス艦や強襲揚陸艦など海洋戦力を主力としており、内陸側からの攻撃は想定外に等しかった。


 戦闘開始から12時間が経過した時点で、戦力の実に70%以上が損耗するという壊滅的な打撃を受け、日本政府及び艦隊司令部ブルー・リッジは基地の放棄と残存戦力の撤退を決定したのであった。


『佐世保基地からの通信では、天鳥船あめのとりふねはまさしく巨大な未確認飛行物体UFOだったそうよ。もっとも、本当に恐ろしいのは搭乗する十柱の神々で……信じられる? イージス艦が素手で破壊されたらしいわ』


 なんだろう、ゴ〇ラでも乗ってたのかな。しかし、天鳥船あめのとりふねがUFOとか、もはや神話なのか未来なのか分からない。いや、親父に言わせれば未来ということになるのか。


 それにしたって、天磐船あまのいわふねがよほど慎ましく思える。あれも転移機能らしきものは備えているが、見かけ上は天然の岩石そのものだ。


 ハヤちゃんの言葉では力を込めることで起動するようで……あっ、そういえば、俺は彼女を探してるんだった。万理一空ユビキタスはそのままにして、俺は家の中を歩き回る。


 どうやらトイレにはいないようで、台所もきれいに片付いたままだ。あと探してないところと言ったら……俺は洗面所に続くドアを開いた。


(あっ……)


 脱衣カゴの中に、見慣れた貫頭衣かんとういが脱ぎ捨てられていた。そして、その先にあるバスルームからはシャワーの水音が聞こえてくる。


 そうか、ハヤちゃんはお風呂に入っていたのか。思い返せば、昨日は家に帰ってからすぐに寝てしまったが、俺の服もハヤちゃんの貫頭衣かんとういも土埃で汚れている。


 ちなみに、イザナギが黄泉国よみのくにから帰還した後、水の中でみそぎをしたことでアマテラス、ツクヨミ、スサノオが生まれたと伝えられている。


 果たして、ハヤちゃんからは何が生まれるのか……いかんいかん、これではまるで変態みたいではないか。


 ハヤちゃんは神であり、そして俺の義妹でもある。邪な考えを持つ者から守ってやらねばならない。そして、俺は黙って洗面所を出て行こうとして……ふと、あることが気になった。


 ハヤちゃんの貫頭衣は随分と汚れている。また、これを着せるのは些か可哀想だ。しかし、俺の服では大き過ぎてしまう。


 子供服を買いに行こうにも、もうすぐハヤちゃんはお風呂から出てくるだろう。それに、この混乱状態では洋服店も開いていないかも知れない。何か妙案はないものか。


『どうしたの、兄さん。先ほどから黙り込んじゃって』


 恵理香が沈黙する俺をいぶかしむように声を掛けてきた。前門の義妹、後門の実妹などと下らないことを考えていた俺の脳裏に、突如閃光が走る。


『なあ、恵理香。お前の服ってまだうちに残ってるよな?』

『えっ……捨ててなければあるでしょうけど、いったい何に使うつもり?』

『なにって、そりゃ着るに決まってるだろ』

『……』


 両親が離婚し、妹が家を出て行ったのは小学校4年生に上がる頃。引っ越しの際に服も持って行ったが、運びきれなかった物はまだ妹の部屋に置いてある。妹は小柄な方だから、ちょうどハヤちゃんと同じくらいのはずだ。

 

『ちょっと借りていくぞ。ちょうどサイズも合いそうだし』

『いや、合うわけないじゃない。なんだって、私の服を着ようとするのよ?』

『ああ、誤解だよ、誤解。まさか俺が着るとでも思ったのか? ハヤちゃんに着せるんだよ』


 その瞬間、不意に冷気を感じた。まるで凍て付く波動に包まれたような、この場の空気全体が凝固してしまったようにも感じられる。


『ハヤちゃんって……だぁれ?』

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