第17話 大八洲の喚び声


『な、なんだってーっ!?』


 親父がこの事態を予見していた……恵理香のとんでもない告白に、俺は頓狂とんきょうな声を上げた。


 しかし、よくよく考えてみると、俺を哮ケ峯いかるがみね公園に呼び出し、ハヤちゃんと出会う切っ掛けを作ったのは親父なのだ。


 あのときは会わせたい人がいると言っていたが、それは再婚相手ではなくハヤちゃんだったのかも知れない。


 そういえば、ハヤちゃんはどこに行ったのだろう。てっきりトイレにでも行ったのかと思ったが、先ほどから戻ってくる様子がない。


 俺は万理一空ユビキタスを使用しながらソファから立ち上がった。俺の視界に合わせるようにして文字枠ウインドウも動く。


 しかし、これでは移動する時に見づらいなと思ったら、たちまち透明度が変化して透過するようになった。どうやら意思に応じてコンフィグの調整が可能らしい。


 そういえば、先ほどからFamily Listを表示させているが、名前が白くはっきりと記載されている恵理香に対して、親父と母さんは文字が灰色がかっている。


 少し嫌な予感がしたが、確認しない訳にもいくまい。俺は思い切って恵理香に母さんの様子を聞いてみた。


『ええ、お母さんなら平気よ。昨日から政府要人との会合が続いていたから、今はちょっと仮眠してるわ』


 どうやら、灰色は睡眠などにより通信が出来ない状態らしい。親父もまたそうであるのだろうと、俺は少しだけ安堵の息を吐いた。


『ところで、さっき言ってた親父の仮説って何なんだ?』


 話が途中になってしまったが、親父は今回の事態を予見し、三炊みかしき家もそれに合わせて準備していた節がある。政府との会合やスキルのサポートなど、やけに行動が早いのはそのためだろう。


記紀ききとは歴史書ではない、予言書である。それがお父さんの持論だったわ。そうね、まずは大八洲おおやしまの回帰から話した方が良いかしら』


 大八洲おおやしまとは日本の古称のひとつで、イザナギとイザナミによる国生みで誕生した八つの島のことである。


 古事記では、本州、四国、九州、淡路島、壱岐島いきのしま対馬つしま隠岐島おきのしま佐渡島さどがしまを指す。なお、北海道や沖縄が含まれていないのは、当時はまだ大和政権による支配が及んでいなかったためであろう。


『ええ、まさに今の状況にそっくりだと思わないかしら? 世界の範囲がそこまでに限定されてしまったのよ』


 恵理香の予期せぬ発言に俺はまたも面食らってしまう。本州から九州までの周辺海域が霧に覆われているのは、他国の核兵器による影響だと報道されていたはずではなかったか。


『それは政府によるカモフラージュよ。実際には放射性物質は検出されていないわ。そもそも、そんな大規模な核爆発が起きていたら、今頃私たちだってただでは済まないわよ』


 確かに、そこは俺も疑問に思っていた。空と海を覆うほどの核の灰が撒き散らされていたら、電子機器も異常をきたして使用できないだろう。短期的な健康被害だって相当なものになると思う。


『北海道や沖縄に向けて、大小問わず多くの船舶が出港したけど、いずれも霧の先に消えたままよ。連絡も取れないし、帰ってくることもない。ハワイ諸島を目指した在日米軍の戦闘機や輸送機も同様ね』


 まるで時空乱流……もとい、神隠しにあったようである。恵理香の言うように、本当に古代日本へ回帰したのであれば、いったい彼らはどこに行ってしまったのだろう。


『そして、次に起こったのが――九州の宮崎県と鹿児島県の県境にある高千穂峰たかちほみねに、天津神あまつかみが降臨したわ。私たち日本人を征服するためにね』

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