第14話 ユビキタス


 突然、頭の中に響いた大音声に俺は顔をしかめる。しかし、相手はまるでそれを意に介さぬように言葉を続けた。


『良かった、電話が通じないから心配してたんだよ! 私、兄さんが無事なのかって、ずっと不安でたまらなかったんだからっ!』


 そのまますすり泣く声へと変わる。恵理香は昔からこんな感じだ。母さんに連れられて三炊みかしき家に移ってからも週に一回は必ず電話をしていた。


 来年からは高校生になるというのに、いい加減に兄離れをした方が良いと思うのだが、いわゆるブラコン気質が抜けないでいた。


 いや、それよりもナチュラルに受け流していたが、なんで俺は恵理香と通話しているんだ。スマホはソファ正面のテーブルに置いたままで、そもそも通信制限がされているはずだ。


「なあ、本当に恵理香えりかなのか? というか、どうやって話してるんだ、俺たちは」

『兄さん、私のことを疑っているの!? 私たちはいつだって心で繋がっているじゃない!』


 やばい、変な方向にヒートアップさせてしまった。うーん、実の妹に慕われていることは喜ぶべきものなのだが、なんか若干の引け目を感じてしまう。


 俺はふとハヤちゃんに視線を移した。心なしか、いぶかしむような表情をしている。俺が突然、独り言を始めたと不審がっているのかも知れない。


 どうしよう、このまま続けるべきか。しかし、恵理香の様子が気になるのも確かである。少し悩んだ末に、俺はある可能性に思い至った。


『アーアー、聞こえるかぁー』

『どうしたの、兄さん。聞こえるに決まっているじゃない』


 どうやら上手くいったようだ。これは念話テレパシーのようなものであり、別に口に出して話さなくても通じるらしい。


 MMORPGでいうところのWhisperウィスパー機能といったところか。おそらくはこれが俺のスキルなのだろう。


 そして、そう認識した瞬間、俺の目の前にもう一つの文字枠ウインドウが浮かび上がる。それはGroup Listよりも小さなもので、ただ一文だけが表記されていた。


万理一空ユビキタス


 直感的に、これが俺のスキル名であると確信した。


 万理一空ばんりいっくうとは、世界は全て同じ一つの空の下にあるという意味である。転じて、一つの目標に向かって努力し続けるという心構えを表してもいる。


 原典はあの宮本武蔵が五輪書ごりんのしょに書き記したもので、武道やスポーツにおいては定番のスローガンでもあるようだ。


 一方、ユビキタスとは、いつでもどこでも存在するという遍在性を表す言葉である。こちらも転じて、場所を選ばずネットにアクセスできるといったIT用語として用いられている。


 つまり、世界中どこでも好きなときに通信ができる……と解すればいいのだろうか。ただし、あのリストにある名前に限るのだろうが。


『それでね……なんだから。ねぇ、兄さん、聞いてるの?』

『おっとごめん、ところで恵理香たちの方は無事なのか?』


 ああ、考え込んでいて全く話を聞いていなかった。俺は慌てて向こうの近況を尋ねるが、それでも未だ頭の半分は自分のスキルのことで占められていた。


『東京はまだ無事よ。でも、状況は目まぐるしく変化している。今は極秘裏に首都防衛の準備が進められているわ。自衛隊、警察庁、在日米軍、それにレアスキルの保有者を中心としてね。そして、三炊みかしき家もそこに一枚噛んでいるの』


 まるで冷や水を浴びせられたように、俺は絶句してしまった。話の規模があまりにも大きく、そして速すぎて付いていけない。


『既に九州の半分近くが制圧されたわ。佐世保基地から最後に送られてきた情報では、全部で十柱の神々を確認したそうよ。天孫降臨てんそんこうりんした天津神あまつかみがちょうどそれくらいだったかしら』


 なんだろう、全く話が頭に入ってこない。これではさっきと同じじゃないか。そんな俺の心中を知ってか知らでか、恵理香は一瞬だけ躊躇ちゅうちょした後、意を決したように言葉を続けた。


『西日本にいたら助からないわ。兄さん……私が必ず迎えに行くから待ってて』

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