第2話 黄泉比良坂紀行


「うーん……、俺はいったい……?」


 目覚めると、見知らぬ場所にいた。


 そこはジメジメとして薄暗く、天井から壁、床までもが自然の岩や土で出来ており、まるで地の底にいるかのようだった。


 もう先ほどの揺れは治まったようで、立ち上がって周囲を見渡すと、背後には見慣れた巨岩が鎮座していた。


「なんとか……助かったのかな」


 どうやら間一髪のところで天磐船あまのいわふねは止まったらしい。恐る恐る触れてみるが、巨大な岩石はピクリとも動かなかった。


 ホッと一息ついた途端、今度は新たな疑問が湧いてきた。いったい、ここはどこなのだろう。


 一見すると洞窟の中のようであり、横幅は数人がゆうに並んで歩けるほどに広く、縦幅は上に向けて手を伸ばしてもまるで届かないほどに高かった。


 また、天上部には穴のようなものは開いておらず、下に落ちてきたというわけでもないようだ。


 どうやらここは窪みのようで、少し先には傾斜のある道が左右に続いていた。しかし、どちらが入口に通じているのか、まるで見当も付かない。


 そもそも、ここに入った記憶が全くないのだ。自力で来たのではないとすると、気絶している間に誰かに連れて来られたのかも知れない。


 その真意は不明だが、ずっと立ち止まっていても埒が明かない。俺は準備運動とばかりに屈伸をすると、下り坂に向かって歩き出した。


 洞窟内は湿り気を帯びており、特に岩肌が見える地面は滑りやすい。足元に注意して進みながら、ふと疑問に思った。


 そういえば、なぜ薄暗いとはいえ視えているのだろう。ここには光源らしきものは見当たらない。


 本来であれば真っ暗闇で歩くことなど出来ないはずだ。どこか夢心地というか、非現実感のようなものがあった。


 コツン コツン


 そのとき、俺の耳が前方から足音らしきものを捉えた。良かった、助けが来たのか……逸る気持ちから駆け寄ろうとして、いや待てよと思い留まる。


 もしかすると、ここに連れてきた犯人が様子を見に来たのかも知れない。その目的は依然として不明だが、決して好意的な存在ではないはずだ。


 咄嗟に俺は突き出た岩陰に身を隠した。声を掛けるのは相手の姿を確認してからでも遅くはない。


 やがて、足音は大きく、そして多くなっていく。好奇心と恐怖心のせめぎあいの中、それらが正体を現すのを固唾を呑んで見守っていた俺は、思わず我が目を疑ってしまった。


 そこには……鬼がいた。それも一体や二体ではない、ゆうに二十を超えている。


 みな、目が爛々と殺気だっており、人でも見つけようものなら取って喰い殺してしまいそうに思えた。


 また、鬼の群れの後ろには醜くただれた女の姿が見えた。数も鬼と同じくらいで、こちらも異様な雰囲気を醸し出している。


 こんなの、ゲームの世界でしか見たことがない。まるでゴブリンとゾンビの群れじゃないか。


 俺は夢でも見ているのだろうか。しかし眼前の光景はとてもリアルで、そこに疑いを持つことなど出来なかった。


 そして、よくよく考えてみると、その特徴的な姿には覚えがあった。見るのは初めてだが、どこかでその存在を知っているのだ。


 果たして、それは何なのか。岩陰で大群をやり過ごしながら、俺は記憶の糸を辿り続け……そして、あることに気付いた。


 これは、黄泉戦よもついくさ黄泉醜女よもつしこめだ。


 神話学者である親父は職業柄多くの文献を収集しており、俺はたまにその整理を手伝い、また解説を受けることもあった。


 そして、黄泉国よみのくにには女王がおり、その配下が鬼と醜女しこめであることを知識としては理解していた。


 にわかには信じられないが、これがそうであると言われたら、はい分かりましたと信じてしまいそうになる。


 しかし、そうなのだとしたら……唐突に嫌な予感がした。


 生者の住む世界と死者の住む黄泉国との境には、黄泉比良坂よもつひらさかと呼ばれる坂があるという。


 ひょっとして、俺はそこに迷い込んでしまったのではないか。いや、そもそもにして……


 

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