第1話 哮ケ峯公園の怪


「おかしいな……、誰も来ないじゃないか」


 立春とは春なのか、それとも冬なのか。そんなことを考えながら、誰にともなく独りちる。


 俺の名は『登美長とみなが れい』。葦原市あしはらしに住む高校三年の男子生徒だ。


 俺は今、市内にある哮ケ峯いかるがみね公園で待ちぼうけをくらっている。


 ここは遮蔽物が少なく、先ほどからからっ風が吹いてとても寒い。


 なお、立春とは旧暦の正月の節で2月4日頃を指すそうだ。やはり、冬であったか。


 それでもせめて、風向きだけでも違えば……そう、背後にある「天磐船あまのいわふね」の方から吹いてくれたら、少しはマシになるかも知れない。


 ちなみに、天磐船あまのいわふねとは哮ケ峯いかるがみね公園にある巨大な岩石のことだ。


 葦原市の天然記念物に指定されており、一説には遥か古代に天から降ってきた神様の乗り物だとも伝えられている。


 しかし、今の俺が待っているのは神様ではなく……親父とその連れだった。


『お前に会わせたい人がいる。2月4日の正午に天磐船あまのいわふねの正面で待て』


 そんな連絡があったのはつい先週のことだ。俺の親父は大学教授で、日本における神話学の権威と謳われているらしい。まあ、本人の自称なんだけど。


 母さんとは俺が中学校に上がる頃に離婚した。以降は父子家庭として二人暮らしを続けている。


 研究でロクに家に帰らない親父に代わり、家事を担うのは自然と俺の役目になっていった。今では親父よりも腕は確かな自信がある。


 俺には妹もいたが、母さんと一緒に実家である三炊みかしき家に引き取られていった。三炊家は由緒正しき旧家であり、女系の一族としても知られている。


 そのためか、もともと母さんは俺よりも妹のことを溺愛しており、今では三炊みかしき家の跡取りとしてそれは大事に育てられているらしい。男尊女卑だんそんじょひならぬ女尊男卑じょそんだんひというやつか。


 しかし、俺と妹の仲は決して悪くはない。いや、むしろ……悪い意味で良すぎるのかも知れない。


 そんなわけで、俺は今回のことを再婚相手の紹介ではないかと考えている。


 親父もまだ若いっちゃ若いし、大学教授ともなれば社会的ステータスもある。そういう話があっても不思議ではないだろう。


 俺は俺で自立した生活を送らせてもらっているから、特に反対する理由もない。親父がしたいというなら好きにしてくれたら良い。


 ……だけど、誰も現れないことだけはさすがに想定外だ。


 哮ケ峯いかるがみね公園は天磐船あまのいわふねの他には目立った構造物もなく、正午過ぎという時間もあってか俺以外に人の姿はない。


 既に待ち合わせの時間から三十分が過ぎようとしていた。俺の我慢もついに限界に達し、親父に電話をしようとした瞬間――


 ドドドドゴゴゴォォォォッッッーーンン!!!


 凄まじい地鳴りを立てて、大地が揺れた。


 俺は立っていられず、地面に這いつくばって蹲る。


 本能的にこれが地震であると察知した。それもかなり大きなものだ。揺れはどんどん激しさを増し、この場から動くことも叶わない。


 こんなときはどうするか。俺は幼い頃からの防災教育を思い出し、持っていた鞄を防災頭巾の代わりとして頭に被る。


 これで多少の障害物からは身を守れるはずだ。もとより哮ケ峯いかるがみね公園には構造物が少ない。


 咄嗟に視線を横に向ける。そんな俺の瞳に映ったのは、今まさに自分に向けて転がり落ちようとする巨大な岩石であった。


「お、親父いぃぃぃぃ! 絶対化けて出てやるからなぁぁぁぁぁ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る