それは時代を飛び越えてそこにあるのだった

さいとう みさき

最近見なくなったよな


 その男はバイクを止めた。


 冬場のソロツーリング。

 いくら天気が良くても肌に当たる風はまるで切りつけるかのように冷たい。

 何の気なしに峠を走っていた彼だが、そろそろ一休みをしたくなり目に入った自動販売機を並ばせる小屋に入って行く。


 今の時代コンビニに置き換わる所が多い中、そのレトロな雰囲気を醸し出す小屋は外部の風を遮っていた。

 風が無いだけでも温かく感じるほど彼は冷え切っていた。


「缶コーヒーでも飲むか……」


 そう言いながら自販機を見る。

 と、その中にその昔見た事がある自販機があった。


「懐かしいな、昔はよくこれでうどんを喰ったっけ!」


 それは、今は現存する数も極端に減らした天ぷらうどん及び天ぷらそばを販売する自販機だった。

 当時、温かい食事を提供するために開発されたそれは正しく時代のオーパーツともいえる。

 何故ならそこで調理されて提供される天ぷらうどん及び天ぷらそばは、通常の立ち食いそばなどで提供されるものと遜色ない物だったからだ。

 何とその自販機は生めんと美味しそうな天ぷらを湯気を上げながら発泡スチロールのお椀で提供するのだ。

 機械から出てくる時には蓋も何も無く、そのまま出て来るので初めて見る人は驚く事だろう。


 学生時代、やはりツーリングなどで冷えた身体を温めるにはうってつけのものだった。

 懐かしさと物珍しさで彼は取り出した小銭入れを握ったままその自販機の前にまで来る。


 その自販機は何種類かあったが、これは最終型らしく白い筐体に天ぷらそばの絵が描かれていた。

 彼は五百円玉を取り出し、自販機に入れようとする。

 しかし当時の機体は五百円玉が無い時代だった為、それには対応していなかった。

 彼はその事を思い出し、小銭入れの中を覗き込む。

 だが、小銭入れの中には十円玉と五円玉、一円玉があるだけで必要な金額には届かなかった。


 一瞬買うのをあきらめようと思うも、そのなつかしさからどうしてそれが食べたくなり、財布を取り出してみる。

 しかしこちらにも小銭がほとんど入っていなくて必要な金額には届かない。


「昔は確か二百五十円くらいだったっけ? 今は三百五十円か…… とは言え、こうなって来ると何が何でも喰いたくなってくるな」


 彼はそう言いながら販売機売り場の小屋の中を見渡す。


 すると両替機が設置されているのに気がつく。

 すぐにそこへ行って五百円玉を両替しようとすると、千円札から百円玉に両替する専用機であった。


「ちっ、五百円玉はダメか…… 仕方ない」

 

 彼はそう言いながら財布から千円札を取り出し、両替を始める。

 ジャラジャラと出て来る小銭を握りしめ、やっと先程の自販機の前にまで来る。


 小銭投入口には「お金をゆっくり入れてください。十円玉は二十枚以上入れないでください」等と言う注意書きも書かれていた。

 彼は一瞬苦笑を浮かべるが、現存するその自販機がとても古いものだと思い出しゆっくりと百円玉を投入してゆく。

 小銭入れに入っていた十円玉も投入して既定の金額になったら、天ぷらうどんか天ぷらそばかを選ぶボタンを見る。


 かつてよく食べていたのはうどんの方だった。

 年を重ねると、うどんより蕎麦の方が好みになって来ていたが、彼はあえて当時よく食べていたうどんの方のボタンを押す。


 するとすぐ隣に出来あがり時間を表示する明かりがつき、カウントダウンの如くその数値が下がって行く。

 それは見慣れたデジタルではなく、古いガラス管の様なモノの中にあらかじめ数字が書き込まれ、それが徐々に出来上がり時間を表示していた。


「こんなの、まだ動いていたんだ……」


 数値は小さくなるも、時たまその表示の奥行きが前後逆になるなど今の若者が見れば「何だこりゃ?」と思うだろう。

 事実彼も当時それを見て「なんでこんな作りなんだ?」と不思議に思ったものだ。

 

 だが、その数値が小さくなるにつれ期待も大きく成る。


 機体の中央下にある「割りばし」とかかれた所を押し開くと、中に割りばしが置かれていた。

 そしてその横には「やくみ」とかかれた七味唐辛子を入れた小袋もあった。


 彼はチラッと時間を見てから割りばしと薬味を一袋取り出し、天ぷらうどんが出てくる取り出し口の扉を開く。


 そこは銀色の四角い受け渡し口で、何も無い。

 どこから出て来るのか初心者には不安に思うだろうその空間は、やがて出来上がり時間と共に奥からゴトンと音がして、奥の壁がせり上がり白い発泡スチロールの器が押し出される。


「お、出来た、出来た」

 

 彼はそう言いながら出て来た器を取り出す。

 そこには湯気を立てた温かい天ぷらうどんがあった。


「変わんねぇなぁ、相変わらずてんぷらは少し崩れてるな……」


 彼はそう言いながら近くにあるテーブルに座る。

 そして汁がこぼれそうなほど多めに入っている発泡スチロールの器をそっと置く。

 

 割り箸を口に先程の七味唐辛子の袋を破って天ぷらうどんに入れる。

 そして口に咥えたままの割りばしを、パキっと音を鳴らしながら割ってから手に持ち合掌して「いただきます」と言ってから器に箸を入れ、少しうどんを持ち上げては戻す行為を何度かする。

 

 傍から見ていると何をしているか分からないが、実はこの天ぷらうどん、汁の濃さが上と下で違うのだ。

 だからこうして汁の濃度を一定にする為に麺の出し入れを少しする。 

 それにいくら熱々でも、今まで機体内で冷やされていた為に麺がこわばっていてそのままでは箸で持ち上げてもほぐれない。

 なので知っている者は皆この儀式を行い、ややも崩れているてんぷらを奇麗に丸く元通りに形にしてから食べ始めるのだ。

 ちなみに彼はここまでやってからスマホを取り出し写真を撮る。

 見た目も重要なのは今も昔も変わらないのだ。


「さて」



 ごくっ!



 彼は期待をしながら、先ずは器をそっと持ち上げ、熱々の汁をすすってみる。

 すると途端に冷え切った身体に温かい汁が染み渡るように吸い込まれてゆく。

 ダシの効いた美味い汁で、ややしょっぱめなのがとても良い。

 

 彼は次いで麺をリフトアップさせる。

 途端に湯気が広がり、それがかなりの熱量であることを物語る。



 もわっ



 ふーふー息をかけて程よい温度にしてからそれをすする。



 ずぞぞぞぞぞぉぉぉ~



 学校給食のソフト麺よりはやや硬く、だからと言って作り置きの麺なのでコシがある訳はない。

 が、それが良い。

 昔から変わらないうどんがそこにあった。


「うめぇ……」


 彼は一言そう言い、次いでお楽しみである天ぷらに箸を入れる。


 既に汁を吸ってくたくたになったそれは、簡単に箸でほぐれる。

 そして持ち上げるのが困難なほど柔らかくなった天ぷらを素早く口に入れる。

 天ぷらの具材はオーソドックスな玉ねぎに人参、そしてちくわやイカが入っていた。

 この自販機では珍しく豪華な具材である。


 そんな小さな喜びを感じて三百五十円の価値はあるなと納得しながら再びうどんを口に運ぶ。

 天ぷらとうどんのコラボを楽しみながら咀嚼をしてのみ込む。

 そしてもう一度ダシの効いた汁をすすってみる。


 ずずずず、ごくっ!


「はぁ~、これだよこれ! 懐かしい!!」


 彼はそう言いながら嬉しそうにうどんを食してゆく。

 しかしその懐かしくも嬉しい時間はやがて器の中身が無くなると同時に終わりを告げる。


 体に悪いとは分かっていながらも、汁まで全部飲み干し彼は大きな息を吐く。


「ぷはぁ~、美味かった、ごちそうさま!」


 そう言って再び手を合わせ合掌する。

 そして容器をゴミ箱に捨てながら又小銭入れを取り出し、缶コーヒーを買う。


 カシュっ!


 彼は缶コーヒーを一口飲んでからまたあの自販機を顧みる。

 そこにはあの当時から変わらない自販機がいた。


 ふと彼は苦笑をしてまた缶コーヒーを口にする。

 

 自分はどれだけ年をとってもこんな事で昔を思い出すのだと。

 あの当時を思い出させてくれたあの天ぷらうどんの味を残りの缶コーヒーで流し込み、自販機小屋から出る。


 またヘルメットをかぶりバイクにまたがりエンジンを掛けながらもう一度あの自販機売り場の小屋を見る。

 そこには当時の自分が仲間と一緒に寒い冬場に天ぷらうどんをすすっている姿が見えたような気がした。


「さてと、現実へ戻るかね……」


 彼はそう言って再びバイクを走らせ去って行く。

 そしてその自販機はまた、いつも通りにお客を待つのだった。

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