第七話 出発前夜

  「悪魔さんの魔法武器、見たかったな……。」

 「精霊巡り」出発前夜。私は湯船に浸かりながら一人、そんなことを考えていた。

 魔法武器とは魔法貴族が生まれながらにして持つ「能力」の総称だ。人それぞれで効果は異なり、優劣は付け難い。魔法貴族は膨大に保有する魔力とこの魔法武器によって悪魔から人々を退け、平和と権威を築いてきた。勿論一般人に魔法武器を生み出すことはできない。

 私は膨大な魔力が魔法武器を持つ鍵なのだとしたら、同じく絶大な魔力を持つと言われる悪魔も魔法武器を持っているのではないかと仮説を立てていた。

 ……ふと疑問に思った。なんで今まで考えもしなかったんだろう?「悪魔」さんはなぜあの地下牢に閉じ込められていたのか。時々兄様や姉様が悪魔の討伐から帰ってくるのを見ると、返り血に塗れていることや「完膚なきまでに殺した」とぼやいてるのを聞いていたからわざわざ閉じ込めたりはしていないはずだ。私があの地下牢に通っていた二年と半年も他の牢に新しい悪魔が捕まっていることは一度もなかった。

 それに私が初めて彼にあったときに付いていたあの蝋燭……。「悪魔」さんは火をつける物も持っていなかったし、魔法も使えないと言っていた。蝋燭そのものもなんの仕掛けもなかったし、ごく普通の、数十分経てば消えるような代物だった。にも関わらず、あのとき確かに火が付いていた。ということは私があの地下牢にたどり着くほんの少し前に誰かが訪れていたということにならないだろうか。

 なんのために?まさか、いや、でも。当たり前といえば当たり前だが……見張り?一体誰が……。もう一度あそこに行けば何かがわかるかもしれない。

 思い立ったが吉日、私は旅の成功を願うささやかな宴を尻目に、幾ヶ月ぶりにあの地下牢を訪れた。元々空気の流れが悪くジメジメとしていたのだが、私が通っていたときよりも増して肌に張り付くように淀んでいた。歩を進めて悪魔さんのいた牢屋の中に入った。

 足を止めて一呼吸する。重たい空気が体中に満ちていった。何かメッセージが残されてないだろうか。僅かな希望を抱いて必至に探した半年前を思い出す。今こうして意味深に壁を見つめてみたり床のホコリを払ってみたりしても、半年前と同じように出てくるものは一つたりとしてないことはわかりきっていた。違うことと言えば幾分か冷静であることだろうか。

 「悪魔」さんが処刑されたあの日、私はいつものように夜更けに地下牢へ向かっていた。私は地下へ続くハッチの仕掛けを見て、誰も入った形跡がないことを確証すると慎重に降りていった。

 仕掛けは単純で、ハッチと地面の境界線をまたぐように大きめの枝を置いたものだ。枝がずれていれば誰かがハッチを開閉したことがわかるし、ずれていなければ私が最後に通って以降誰も使っていないことになる。

 牢屋まであと数メートルのところで格子越しに光が漏れ、二つの人影が壁に写っているのが見えた。……誰も来ていないことは確認したのに。逃げ帰るかそれとも誰がいるのか確認しようか考えていると何か液状のものが床にぶちまけられる音がした。廊下に赤い液体がス―っと流れていくのが見えた。金属音が響き、ズルズルと何かが引きずられていったものが「悪魔」さんであることは明白だった。その後はあまり覚えていない。気がつくと自室で体中を震わせて涙ばかり垂らしていた。その日の内にもう一度地下牢へ戻り、血溜まりの中「悪魔」さんの鱗だとか何だとか形見になりそうなものを探したが無意味だった。

 当時の心情を思い浮かべながら壁をなぞっていると、違和感を抱いた。前も同じことをしたのに、こんなことはなかったはずだった。壁の一部の感触が違う。調べていく内に紙が張ってあるだけだとわかり、焦る気持ちのままに紙を乱暴に引っ剥がした。紙で隠してあった壁には小さく文字が刻まれており、“アザミへ また会おう”とだけ書いてあった。私の目からはとめどなく涙が溢れ、誰かに聞かれるのも構わないでわんわん泣いた。

 きっとなんとか逃げ切ったものの、私に直接会うことができなかった。そう思うことにした。私は涙を拭き、もう訪れることのないであろうこの地下牢に別れを告げて明日のために床についた。旅立ちはもうすぐだ。

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没落の枯花 青毛の子 @mutsunia

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