第六話 魔法実践
私はティスとは違って肉弾戦があまり得意じゃあない。だからといって苦手な分野を一切勉強しないほど野暮ではない。強化魔法は一度微弱な魔力を使って筋繊維を切断し瞬時に筋肉をより強く再生させるもの、仕組み自体は超回復と同じ。また、強化魔法を使った部位は魔法攻撃に強くなる性質を持つ。
但し所詮は付け焼き刃。本来長い時間をかけて成長するはずの筋肉は魔法による瞬間的な成長を拒絶し僅かな時間で元通りになってしまうから、強化の維持が難しく、メリハリを付けなくてはならない。つまり、相手の不意をついて未強化の身体にキツイ一撃を御見舞すれば、私にも勝算がある。ということをこの半年で学んだ。
ティスは意気揚々とこちらに向かってくる。いつもやる気のなさそうな顔をしているくせに、実践中だけ普段見せない笑顔を見せていることを今思い出した。私は両手から再び水流を生み出しティスを攻撃しようと試みた。虚しくも水は弾かれ、避けられ、大して効果がなかったようだった。地面に飛散した水は土と混ざりぬかるんで足を取られやすくなったが、それはティスにとっても同じことだった。
―機動力を奪われたのなら私のほうが有利ね。今まではティスを直接攻撃しようと炎や雷の魔法をとにかく連発してきたけれど、すぐにガス欠になって敗北してきた。だったら戦うステージを私にとって有利にすれば良いのよ。―
案の定私が大きく戦法を変えたことにティスはうろたえ、満足に動けない足をせっせと上げ下げしていた。
―今だったら何をしても当たる。強化魔法で私の攻撃を弾こうったって、そう長持ちはしないでしょう。―
私はみぞおちの前に両手を構えて火球を生成し始めた。
すると突然、ティスが不敵な笑みを見せたかと思うと深く突っ込ませた脚を力の限り振り上げて、私の視界を泥の壁で遮った。
「ちょっとは成長したようだけど、まだまだだな。モア姉!」
足を取られたふりをしていただけ?そう思っているとバシャバシャとティスが走り回る音が聞こえた。
―このペースだとまたあの目にも止まらぬスピードで撹乱してくる。その前に手を打たないと。―
私は魔力を放出して大きくジャンプをした。そばに生えている木のてっぺんまで届き、下を見下ろした。そしてもう一度魔法で大量の水を降り注いで、ティスの動きを封じた。空中なら泥で視認を妨げられることもない。
―このまま落下する勢いを使って拳を叩き込む!―
私はありったけの魔力を込めた右手を下に突き出し、グングンティスの頭上へ落下していった。
―…2…1…0!―
着地した瞬間撒き散らされていた泥水が同心円状に跳ね上がり、遠目で見ればきっと噴水のようになっただろう。
私は拳を盛大に外した。反動で動けなくなった身体はビリビリと震え、その中でも不思議な安堵を覚えていた。つい先程まで私は冷静ではなかった。授業なんかで私は弟に大怪我を負わせるところだった。呼吸が落ち着き鼓動もゆっくりと波打って、熱が足や手の先から地面に伝ってこの実践の終わりを告げるようだった。
そして私にはもう一つ、弟に大事がなかったことと、もう一つ、安堵する理由があった。全く動かない私の身体を前にして、ティスは盛大にスッ転げていた。いくら立ち上がろうとしても脚を立たせたそばから尻もちを着いてしまっていた。あっちにツルツル、こっちにツルツルと滑らせて文字通り手も足も出なかったティスと私の間に先生が割って入って、実践の終了を告げた。
いくら身体能力が高くても足元一面が氷でできていればまともに歩くことは出来ない。なおさら踏み込んで蹴りやパンチを繰り出すならなおさらだ。私は呆然とするティスに高らかに勝ち誇って言い放った。
「私ひらめいたのよ。水を凍らせてスケートリンクのようにすればいいんじゃないかと思ってね。おまけに泥の壁を作ったときにもまんべんなく水が行き渡ったから、安全地帯は少しも残ってないわ!私の作戦勝ちよ!」
「……負けたね。まさかモア姉にしてやられるとは思わなかっ!」
ティスはまた盛大にコケて、結局這いずって氷のエリアから出た。
ふと辺りを見回すとクラスメイト全員が、自分の実践をそっちのけで私達の様子を見ており、あちこちから「おめでとう!」「すごいね。初めてでしょう?」「モア様の努力が実りましたね!」
と称賛の声が送られた。
「はいはい。みんな自分の実践に戻る!モーティアとディスティニはあとで一緒に保健室にいきましょうね。二人共、お互いの成長になったと思うわ。」
と笑顔で先生が言っていた。
ゆっくり深呼吸をして見上げた空は私を歓迎するように気持ちよく晴れていた。
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