第五話 準備期間

 私とクラヴは朝食を手早く済ませ、足早に学校へと向かった。人が少ない教室は自分だけの空間のような気がして非常に気分がいい。深呼吸をして後ろの時間割を見た。人類史、理科、国語、魔法訓練。今日もハードスケジュールだ。私達の学校は魔法訓練に多く時間を割く代わりに学科が通常の約二倍の速度で進んでいく。当然「精霊巡り」の最中にもお構いなしに進んでいくから旅の途中でも教科書とノートが手放せない。

 始業前に人類史ノートを見て復習をもう一度済ませよう。

【……の問題によって地球系人類は地球を脱出し、そして当時発展途上にあった獣人系人類が住むサト星を「パートル・ラブダー」率いる「ラスパカ」によって侵略した。そして実質的な植民星にして、獣人系人類の居住地を略奪した。

 住処を追われた獣人たちは奴隷になり、農業星のポートル星の有力な農家が買い、奴隷を酷使して作らせた作物を地球系人類が支配するサト星へと大量に、安く売るようになった。「サト・ポートル貿易」と呼ばれるこの一連の流れは現在にまで繋がる長い人種差別問題へと続く。】

 「姉さんは真面目だね。」

クラヴが復習を終えて一息ついた私に言った。

「別に…。」

「今日の魔法訓練の授業でティスを打ち負かせるといいね。」

「……うん。」

私は上の空でクラヴの話をほとんど耳に入れていなかった。

 私達の父親はポートル星の獣人の血を引いている。決して底辺から這い上がった者ではなく、元々植物系だった曽祖父の若かりし頃、ポートル星に視察に行きリザードマンだった奴隷の彼女に一目惚れしたのだそうだ。周囲の反対やら何やらを押し切って結婚した二人は奴隷制撤廃の第一人者として称賛の対象にされると同時に激しい軽蔑の象徴にもなった。

 元から獣人への差別意識が強かった地球系人類からは勿論、当時の魔法貴族の顔ぶれやなんと獣人系からもだ。長い間虐げられてきた彼らの歴史にとって獣人の血をひく私達は嫉妬の象徴だ。その一例に、同じ人種であったのに少しの運だけで成り上がった曾祖母を侮辱する行為が今でも残っていることが挙げられる。ただ、この結婚を堺に獣人を奴隷の身分から解放しようという運動が増えたことは間違いない。それでも彼らにとっては解放「される」立場にあって主導権を握ったのはポーム家を始めとする魔法貴族らだから屈辱的だっただろう。魔法貴族にとっても、私達が今いるアレハ星の土壌劣化を改善するために獣人を呼びつける口実に過ぎなかった。

 ふと、周りが随分騒がしくなっていたことに気がついた。いつの間にか始業五分前になっていてクラスメイトがのんびり屋のティス含め大方顔を揃えていた。思えばこの学校に獣人はいなかった。もともと彼らが魔力を持った種族でないこともそうだが、ポーム家のように魔力を持つ種族間で結婚すること自体珍しい話だ。それにこの高い学費を払えるほど裕福である家庭自体少ないのだろう。アレハ星の獣人は大半がポートル星からの移民で、魔法貴族の領地の外側に住んでおり、お世辞にもインフラ整備が進んでいるとは言えず、治安も悪い。この間こういう場所をスラムと呼ぶと習った。私には縁もゆかりもないものだった。

 この世界は完璧に振る舞うふりをして、私が普段見ないところで、亀裂が走り、誰かがそれに抗うことも出来ずため息をこぼしている。「精霊巡り」の準備期間、そんなことを思っていた。

 あっという間に魔法訓練の授業の時間になり、運動場に出た。いつも通り準備体操をこなして、昨日の予告通り今日は魔法戦闘の実践だ。クラスを魔力量や習得技術に応じてランク付け、その中で審判役一人と実践する二人を出してあとは待機の交代制だ。とは言え魔法貴族のティスと私は他のクラスメイトと比べ圧倒的に魔力量が多く、仕方がないので先生が審判役になって時間いっぱい手合わせをするようになっている。因みに先生のほうが私達よりずっと強い。「精霊巡り」を終えたら実力で追い抜きたいと思っている。クラヴはまだ充分に実力を発揮できる状態ではないので私達よりも下のランクにいる。勝ったり負けたりを繰り返しているらしい。

 私とティスはそこそこのエリアを確保した後、先生を呼んでその両端に立った。飽くまでも「練習」なので審判役の合図が入らない限り始めることが出来ない。

「今日も俺が勝つぜ」

ティスの目がそう言っている。不敵な笑みを浮かべ、両肩を軽く揺すっている。余裕なのだ。

 今日こそ一勝をあげよう。強く念じて体中に魔力をまとった。先生の合図が入る。

 ティスの出方を見るためにすぐさま右手で氷の礫の弾幕を張った。

「それはもう見飽きたぜ!」

大声を上げてティスが礫の中を超高速移動で掻い潜り、こちらに猛突進してくる。ティスは遠距離で攻撃するよりも優れた身体強化魔法を駆使したヒットアンドアウェイを得意にする。私は左手で水流を生み出し、牽制した。直接当てても吹き飛ばすくらいの威力しかないが、氷の礫より遠くに届かない分攻撃の幅が広い。すると、さっきまで目の前にいたティスの姿が消えた。まずい、上だ!腕を空中に向け―間に合わない!……先手を取られ、ティスに背中を蹴られた私は無様にエリア中央の方へ転がった。

「まだよ!」

止めようとする先生にそう言って私は立ち上がった。

 先手を取られることぐらい想定内、反撃開始よ。

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