第12話 推しのスタンプっていい

「さぁさぁ、次は何が必要かしら。靴?メイク道具なんかも、高校生は必要よね。家具も伽乃ちゃんが欲しいものを見に行きましょう!」

「そ、そんなに沢山は大丈夫ですよ・・・」


車に乗り込んだところで、凉子は次の目的地を選び出す。

既に車のバッグドアは荷物で着々と埋まっている。


「私も、実家からの荷物が多いので」

伽乃が苦笑いながら答えるが、凉子は眉をひそめてしまう。

「また、荷物を整理してから、でも良いですか?」

「・・・そうね。また、見に行きましょう!」


凉子は伽乃の頭を優しく撫でた。

「今日は、帰りましょうか」

凉子の一声で、街を優雅に走る高級車は、妻藤邸への帰路についた。




(心労・・・)

伽乃は窓へ顔を向けながら優しい表情を落とした。

実家の車もそうだったが、窓とは存在だけで内からも外からも完全遮蔽になっている。

理由はいくつかあれど、こちらから外が見えない設計には喜べない。


「伽乃ちゃん」

静かに走行していた車内での声に、伽乃は表情を戻して振り返った。

「今日、楽しかった?」

「!」

伽乃は脳内アバターの眉をあげた。


凉子は心配そうな、僅かに期待していそうな、そんな顔で伽乃を見つめる。

「はい。とても楽しかったです。連れてきて下さり、ありがとうございました」

伽乃が座りながら頭を下げると、凉子はそれを制する。


「・・・そう。楽しかったなら、私も嬉しいわ。今日注文したものたちは、すぐに製作に取りかかるよう言っているから、届いたら着て見せてね」



(残念、が見て取れる。不思議だ)

伽乃は視線を元の窓へ戻しながら表情も戻した。

口数が少ない代わりに、脳内では大量の想像と会話が交差している。

伽乃は他人の表情を深読みし、時に勘違いをする癖がある。

自覚をしているはずだが、それが正解で間違いかなんて、口にしなければ分からないので自覚が出来ない。


今の義母は残念そうだ。

伽乃に笑顔になってほしくて、あるいは母のいない娘に多くを買い与えたかったか、そのまたあるいは単純に息子でなく娘を持つことに憧れていたか。


(楽しんだつもりなんだけど)

今回は不作だったようだ。




やはり高級住宅街の奥地も奥地にある妻藤邸までの道のりは遠く、伽乃は静かにスマホを手にした。


と、数時間前に通知が来ていたことに気づく。


『気に病んでも俺は二次元じゃないよ』


夕灯とのやり取りの最後の返信だ。

何かをしていて通知を取りこぼしていたか。

(何してたっけ)


まぁそれはどうでもよくて、

(二次元じゃない・・・?)


気に病んで、とは伽乃が演技での心労に絶え絶えすることを言っているのか。

(夕灯くんが二次元じゃない?そりゃそうだろ。優人との差よ)←酷い

顔がどう性格がどうという話ではなく、そんなこと当たり前だろうに。



『二次元じゃないって?』


伽乃は素直に返信する。


既に日が落ちかけているので、もしかすると夕灯も帰路についており通知に気づけないかもしれない。

と思っていたが、すぐに既読のマークがつく。


『俺は伽乃さんの心満たせないってこと』

『?そりゃそうじゃね?』

『なんちゅうこと言うんだ』


こうして脳内での思考に集中すればするほど、伽乃は表の顔が虚無になっていくのも癖の一つだ。


『伽乃さん、二次元以外に好きなものないの?』

『えー』


えー、と言いつつ表情が死んでいることは、今や若者あるあるなのではないだろうか。

(二次元以外に好きなもの。ぼーっとすること?)


『睡眠』

『でたよそのつまんない答え』

『いつも言ってるみたいな言い方する』

『趣味が睡眠なら何で伽乃さん三時に寝てんの』


(・・・・・・・)

やられた。




******


夕灯は高級車の後部座席に一人座りながらスマホをいじった。

『夕灯様。間もなく邸宅に到着いたします』

『んー』

運転手の報告に無反応とそう変わりないリアクションを返しながら、スマホに映る文字に眉をひそめる。


趣味が睡眠と答える若者は多いが、夕灯にはイマイチ理解出来ない感情であった。


『趣味が睡眠なら何で伽乃さん三時に寝てんの』


伽乃にゲームに誘われるのは基本夜中だ。

十一時から、『SSSマルチしよ』とチャットが来たかと思えば、深夜の二時、三時くらいでだいたい向こうが先に寝落ちする。

俺は何に付き合わされたんだという疑問だけを残し、少ない睡眠時間を堪能する夕灯だったが、これで趣味が睡眠なんて馬鹿もいいところだ。


確かに、という負かせた返答を期待する。

これで自身の睡眠時間増幅に滑車を掛けよう。


そう思い鼻で笑う夕灯だったが、ブーッと揺れたスマホに視線を落とすと、それは夕灯を虫唾に走らせた。



彼女のSSSでの二推しである高飛車少女キャラがドヤ顔でこちらを見るスタンプ。


(うっっっっっっっざ)

夕灯を硬直させたそのスタンプは、二度三度連投される。


「一生心配してやらねぇ・・・・」


夕灯がスマホを持つ手の力を強めていた頃、まるでそのぼやきまで予測していたかのように、彼女の一推しキャラ・優人がまるで女の子のように舌をペロリと出し媚びるスタンプが二度連投されていた。

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二次元ガチオタが妻になります!? 有衣見千華 @sen__16

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