第11話 物欲センサーは実在します

「伽乃ちゃん。これどう?」

「あ、えっと、はい」

「急に言われても分からないわよね。いくつか持ってくるわ。座っていて」

「はい!」


伽乃は脳内アバターがカチコチになりながら、店内の椅子に腰掛けた。


『奥様物欲高くない?』


高速でキーボードをタップし、送信ボタンを押す。


『そういう人』


しばらくして返信がくる。

が、ほどなくしてもう一度スマホが震える。


『休日にLINEする友達すらいないの?』

『夕灯くんもボッチだろうが』


半ギレでキーボードをカチカチならすと、こちらもすぐに返信がくる。


『俺は一人じゃないし』

『は?』

『素だすな』

『誰?オタクボッチ仲間だろうが』

『えー誰でしょう』


顔には出さずに眉をつり上げる。


『あー分かった。燈夜さんでしょ』


ぽっと心当たりが浮かび、得意げに返す。

今日は日曜日だし仕事もないと言っていたはずだ。

兄弟仲は悪そうだと初日は察したが、案外そうでもないのか。


が、すぐにドヤ顔でこちらを見下す白ウサギのスタンプが返ってくる。


いつかの奏さんと同じ種類のスタンプを使ってやがる。


『うざい』

『いやごめんてw一人だよ、警備の人が近くにいるだけ』

『なんやねん』


いよいよ口の端まで吊り上がりそうになりながら指をスマホに打ち付ける。

決して、表の顔で口の端は上がっていない。


『休日にも警備の人つくんだ』

『さすがに一人だからね。そっちはもっといっぱい警備いると思うけど』

『確かに、見えた限り10人くらいいた』

『あ、分かったんだ。さすが』


ここはもう職業病といえるものだろう。

佐藤時代に平気で一人出歩く伽乃を過度に心配する父が、ひそかに付けさせていた警備を撒くために、謎の察知能力と回避能力が身についた。


『母さん、結構狙われやすいから』


ポンッと流れで送信された文章を見て、伽乃は思わず目を開いた。


『それは社会的な意味で?』

『社会的?まぁそうなるのかな。さすがに大企業の妻だからね』


ふと、自らの母親もどうだったのかと思い立つ。

伽乃は両親の離婚のついて正確な理由は知らない。

当時三歳だったのだから無理もない。


しかし、無駄に情勢に詳しくなり、人一倍他人の心を深読みするようになった今となっては、母が何かしら重い理由があったから離婚を決意したと分かる。

簡単なことだ。

大企業の婚姻は、他企業に盛大に祝われてこそ成立する。

例外になく伽乃両親の婚姻も、きっと大きな祝いの元成立している。

それが、娘が僅か三歳の時点で破棄に持ち込めるだろうか。


会社の相互関係という点において、それはあまりに重いデバフを付与する。


(貰った祝い金に始まり、それら善意全てを覆すことになる。それはとんでもなく無礼な行為。父がそんな愚行を?考えられない)



ふとしたことで、子の安い勘は働くものだ。

16にして成熟しきった伽乃の知識に、この違和感は今後刺さり続けることとなった。



『じゃ、買い物楽しんで。母さん、甘い人だから何でも買ってもらえるよ』


伽乃からの返信が途絶えたことで買い物に戻ったと察した夕灯は、会話を切る返信をする。


(父は母に異常な愛があった。それは事実。それが相互だったかは今になっては分からないが、聞くところによる母の性格からして、冷めたならすぐに離婚を言い出すような奇天烈な人。相互でなかったとすれば、三歳まで彼女の愛が持つはずがない。なら一体・・・)

「伽乃ちゃん」

「母さんは何かに巻き込まれ――

「伽乃ちゃん」

「うっ、はい!!」


最近、危機感知能力が薄まったような気がしてならない。

「似合いそうなものがあったの。着てみてくれない?」


夕灯の甘い人というリークは伽乃も既に実感していた。

伽乃は物欲が高いと表現したが、既に凉子の後ろにつく女中らの手には多くの紙袋がかかっている。


(財力を欲しいがままにしてる。意外)


凉子の雰囲気から、物欲は低く金に無頓着な人だと予想していたが、華麗に裏切られてしまった。

夕灯の「甘い人」を考察するなら、子供には懐の広い人とも取れる。

現に、彼女自身が身につける着物は派手を体現したものではなく、気品を重視した見た目だ。


(が、派手さと気品と一緒に考えられないのが和服)


妻藤両親が和装好きだと聞いたあの日から、和装について幅広く調べたが、中々に奥が深い。

彼らの服装からその値段及び価値を割り出すのはライトユーザー伽乃には無理だろう。




「やっぱり伽乃ちゃんは袴が似合うわね。明るい色が素敵だわ」

凉子は伽乃の体に様々な布地を当てながら頷く。


今日、伽乃が連れてこられたのは、彼ら妻藤一家が御用達にしている呉服屋だそうだ。

今の時代、和装を扱う服屋自体が少ないだろうに、それに加えオーダーメイドで仕立ててくれるとは中々珍妙な店作りだ。


「これ、好きです」

店内を軽く歩きながら足を止め、伽乃は笑顔を浮かべた。

「・・・・・シックな色が好みなのね」

「うぁっ・・・・・・・・・・そうですね」


(推しの服の色、それはオタクの好きな色になっていくものなのだ)


白い着物に黒い袴、これほどシックなものはなかろう。

店頭の比較的黒いものの集まったコーナーで伽乃は立ち止まっていた。

そのコーナーが何を意味しているのか、察しないほど伽乃の脳も厨二ではないが、これは不可抗力である。


が、横でぎこちなく微笑む義母の動きが硬いのを見てアバターの肩を落とす。


(明るい色が似合うとか言っていたな)


店内は完成した作品は飾りに、数々の生地ばかりを並べたスタイルだ。

呉服屋というと生地を扱う店というイメージは無論持っているが、何となく専門的な印象はある。


伽乃はさっと店内を見回し、赤を扱う店頭に目を向ける。


「これも好きです」

伽乃がさっきよりも笑顔を見せると、今度こそ義母は微笑む。

「えぇえぇそうでしょう?貴方の桜色や乳白色の髪にはそれを際立ててくれる明るい色が似合うわ」


伽乃の桜色の髪は染めているものだ。

凉子の言った通り、絵の具で例えるならば、ピンクに白を多く足したような色味で、単色での表現が難しい。

白と言うか桃色と言うかは見た人の判断だが、伽乃は白派。


ちなみに染めている理由は好みとインパクト。



「この生地と、あと・・・適当に上質な生地で数着頼めるかしら」

「かしこまりました。お嬢様の採寸をさせていただきます」

店員は従順にその注文を聞き入れると、伽乃を店の奥に案内した。



「奥様の血縁の方ですか?」

凉子についていた老齢な店員に変わり、若い女性店員が採寸を担当した。

まだここに来て浅いのか、メジャーで採寸を進めつつ笑顔で尋ねる。


「この度妻藤家に嫁いだ者です」

繕う術も理由もないので正直に言ってしまう。

「え・・・・い、今なんと?」

「嫁いだんです。妻藤家のご長男へ」

伽乃は笑いながら再び答えた。


女性店員は忙しく動く手を止め、一度伽乃の全体を見た。


伽乃はさほど背が高くない。

高校一年生の女子としては、恐らく平均から5cmほど低いのではないだろうか。

これが高かったのであればいいものの、低いのだから年齢がいくつか下に見られることもしばしばだ。


「16です」

恐らく、伽乃の年齢に頭を回転させているだろうと察し、伽乃は先に伝える。

「16歳・・・・高一ですか・・・、はぁ・・・」


が、伽乃がワケありでこの経緯に至ったとも思わないだろう。

凉子がこの店を頻繁に使う以上、贔屓の客は覚えさせられる。

いくらこの女性が新人だったとしても、凉子のこと、つまりは妻藤を知らないはずはない。


「あ、す、すみません・・・。私、失礼なことを・・・。採寸、続けますね」

封が切れたように女性はメジャーを引いた。

これ以上深入りしてはいけないと勘が言ったようだ。

良い判断とも評せるし、助かったとも感じる。



「妻藤様、失礼ながら、かなり痩せておられますね」

一通りの採寸を終えたのか、メモをしながら女性店員は唸った。

これも自覚していることだ。

「拒食に近いので」

「そ、そうなのですか・・・」


デリケートな話題だが、恐らく伽乃は拒食症ではない。

が、中学になった頃から、過度に食欲のない状態が続き、体重が全く増えていない。

背が伸びていないのだから当然かもしれないし、ただの小食かもしれない。

その辺りは判断の難しいところだが、多少の偏食も相まって、伽乃は相当の痩せ型だ。


実家にいた頃は、父が伽乃への善意で大量に食事を用意する。

食材への非礼を毎日続けながら、それらを手洗いで吐いていた経験も相まっている。


普段は服で細い体が隠れていたかもしれないが、こうして薄着になれば話しは違う。

女性的な部分も含め、割と最近の悩みではある。



「採寸、終わりました。店内にご案内しますね」

辿々しいながらも女性店員は採寸を済ませてくれた。

伽乃も着てきた服をさっと着直すと、採寸室を出る。


オーダーメイドのヒールに細い足を通すと、店内へ足を向ける。

「あ、あの!妻藤様・・・」

「?」

女性店員の突然の大きな声に、伽乃は振り返る。

「お元気に、過ごして下さいね」

「――!」

「またいらして下さい。お話しましょう。で、では」

眉尻を下げた笑顔で伽乃に微笑むと、女性は自分の要件を済ませすぐに奥に引っ込んだ。



「・・・・・・・・」

伽乃の感覚だが、四歳ほど上?だろうか。

その年の差の女性には、少し思い出がある。

「茜さん、元気かな・・・」

もうずっと昔のことだから、記憶はないけど。

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