第10話 七歳で完成してる
「っ!!?きたぁぁぁぁぁぁ!!」
「――!?」
「すり抜けなし30連は神っ!!!」
その弾けた笑顔を見た瞬間に、自分の中の氷が完全に溶けきった感覚だった。
「あっ・・・」
その女の子はスマホに感動を伝えた後、慌てて周囲に人がいないかを確認した。
「はぁぁ。イラスト神すぎるほんと天使可愛すぎる・・・・」
「調子いいし、凸まで行っちゃおっ・・・・!グハッッ!?」
今度は悪い結果だったというのが反応だけで分かり、クスクスと笑ってしまう。
「伽乃ちゃん。どこだい?」
「あっ、お父様!」
女の子はすぐにスマホをポケットに滑り込ませると、緩みきっていた表情を一瞬で上品な微笑みに 戻し、広間に出た。
咄嗟に女の子の来る方向に背を向ける。
「・・・・?」
伽乃は広間に出る途中、自分が今いた隙間に背を向ける少年の姿が目に入る。
(耳が赤い。暑いのかな・・・?熱?)
「伽乃ちゃん!?どこだい??」
「あっ!はい!ここです!」
男性の今にも泣きそうな声が聞こえて来、女の子は返事をしながら走り去っていく。
少年、燈夜は自身の胸の鼓動を抑えるのに必死だった。
ドク、ドク、とだんだんに早くなる鼓動と呼吸に思わず深い深呼吸をする。
一瞬視界に入った、黒くつやつやな髪、人形よりも白い肌に人形よりも細い体、スマホを見て弾けた笑顔、走った時に翻ったピンクのドレスまでもが燈夜の心を揺さぶった。
伽乃7歳、燈夜10歳。
これが、妻藤燈夜と佐藤伽乃の初対面であり、また燈夜の初恋となる日であった。
******
「・・・・・タイミングの悪すぎる夢だ・・・」
燈夜は良いような悪いような寝起きをしたことに顔をしかめる。
「朝からふてくされるな。こっちまで気分が下がる」
「冷たい・・・・」
ベッドから重い体を起こすと、近くで冷ややかな声が届いた。
奏が既に朝の支度を整えていた。
自らの支度は勿論に、部屋の掃除なども既に終わっているようで、コーヒーの香りが漂っている。
「何時」
「八時。休日だからって寝過ぎだ。伽乃様もう起きてたぞ」
「そう・・・・」
燈夜が覇気のない返事を返すと、奏は呆れたように肩を落とした。
「伽乃様、今日は朝から奥様と買い物。良いのか?こんなので」
呆れと心配を混じらせた声色で奏は問う。
「いいわけない・・・・」
しかし、燈夜は奏の予想に反して項垂れた。
「夕灯様の方がよっぽど仲よさそうだぞ。お前、伽乃様来てから喋ったか?」
「ちょっとは」
「ほぼ皆無だろうが」
ピシャリと放たれ、燈夜も深いため息をつく。
「お前が羞恥心で話せないっていうのは知ってる。けどなぁ、伽乃様の生活を幸せにするためにお前が拒絶してたら意味ないだろ。奥様や夕灯様はもうその壁をとっくに越えたんだぞ」
奏からはいつになく辛辣な言葉がグサグサと飛んでくる。
「分かってるって!」
「!」
呆れを露わにしたまま言葉を並べ続ける奏に、燈夜は語尾を強めた。
「けど可愛すぎるだろ・・・・・」
「・・・・そうだな」
途端にしょげる燈夜に模範解答が見つからず、奏は思わず苦笑いで同意した。
「あの時はまだ子供だったし、髪色も黒かった。なのに突然桃髪になってるし制服可愛いしやばい」
「そう」
奏は少し声を和らげて返す。
ちらりと燈夜に視線を向けると、未だベッドの上で顔を真っ赤にする19歳がいる。
(19の坊ちゃんに異性との交流は難題、か)
奏も少し考え方を改める。
とはいえ、伽乃が生きづらいことに変わりはない。
なるべく早く、伽乃に心を開いて貰わない限り、あちらが笑顔を見せてくれることはないだろう。
「お前、伽乃様のどこが好きなの?」
この際少しからかってやろうと聞いてみる。
「は?舐めてんの?」
「違うって。興味」
恐ろしい意味で取られた。
「・・・・飾らない笑顔が可愛かったんだって。話の内容は覚えてないし、何でその笑顔が見られたのかも覚えてないけど、とにかくあの純粋な笑顔が可愛かった。って、前にも言っただろ」
奏はにまーっと笑った。
「その顔、彼女を馬鹿にしてるならただじゃおかない」
「違うわ」
即否定すると、燈夜の顔からも若干の笑みがこぼれた。
いい加減燈夜をベッドから引きずり出し、室内のソファに座らせると、髪を整える。
「はいコーヒー」
「ん」
燈夜が好んでいるコーヒー豆を一から挽いたコーヒー。
室内は香ばしい香りで満たされ、二人の心も落ち着きを取り戻す。
「旦那様は会社、奥様と伽乃様は買い物、夕灯様も出かけるってよ」
基本的に燈夜の側につく奏だが、勿論一家のスケジュールは全て把握している。
ちなみに今日の燈夜は珍しくフリーだ。
「夕灯も?友達と?」
「さぁ。そこまでは聞いてないけど。夕灯様、よく一人で漫画屋ぶらついてるらしいし、今日もそうじゃないか?」
「勿論警備はいるけどな」と付け加えると、さして気にしない様子でその話を切った。
「あいつは自由気ままだな」
燈夜がカップを揺らしながら呟くと、奏は少し手を止めた後静かに返した。
「仕方ない。夕灯様は長男じゃないんだ」
二人とも、もう分かりきっていることを敢えて口にした。
「洗脳なら既に終わってるぞー」
奏はその反応に笑みをこぼす。
ぽんと燈夜の肩に手を置くと奏は歯を見せて笑った。
「大丈夫だ。女性関係は俺は知らないが、それ以外のこと全てで俺はお前に捧げると決めてる」
「!」
「強く生きろー」
奏は燈夜の頭に手を置いた。
「おい折角整えたんだろー」
「どうせ一日家だろうが」
燈夜は瞬時に乱れた髪を撫でながら抗議するが、奏は笑って言い返す。
(こっちも色々考えてるか)
自らの過干渉を少し反省する、奏なのであった。
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