第6話 黙るんじゃ〔ネタバレ禁〕
初っぱなかなやらかした伽乃。
別に、佐藤グループと漫画にまで関係があるわけではないが、伽乃のイメージを守るためにオタク事実は隠していたいところ。
夕灯が漫画好きなんてこの際関係なく、どうしてこの場を乗り切ろうかということに思考が完全シフトされた。
「あ、いえ!今時学ランの制服、珍しいなって」
「あー・・・確かに。俺は気に入ってるけど」
夕灯はビニール袋から自身の制服にしっかり興味を移してくれた。
「てか、伽乃さんのことなら俺もさすがに知ってる。兄ちゃんとの結婚の話聞いたときに写真も見たし、それより前に祝賀会で何回か見たことある」
「夕灯・・・?」
夕灯が平然とそんな話をすると、燈夜は弟を睨みつけた。
睨まれた相手が奏であったら、苦笑いして手を引くだろうが、夕灯は全くそれに臆する様子を見せなかった。
「兄ちゃん、伽乃さんのこと――
ついでに何か言おうとするが、それは燈夜に強引ながら口を塞がれたことで遮られた。
「奏。とっとと家の中入れろ」
と、夕灯を奏に放り投げると、自身はさっさと家に入ってしまった。
(うーわ。兄弟仲悪い感じ?)
決して口には出せないが、家庭関係がこじれているのであれば、よそ者にとっては面倒極まりない事態だ。
「まったくもう・・・。夕灯君。君もほどほどにね」
「だって奏にぃ。兄ちゃん、伽乃さんのこと――
「ご本人がおられる前で余計なことを言うなって意味だよ」
夕灯を一度開放した奏だったが、すぐに圧のある笑顔で夕灯を見つめる。
奏は伽乃に一度頭を下げると、燈夜を追いかけて家の中に入ってしまった。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
玄関口に二人は取り残された。
伽乃はそーっと周囲の様子を窺うが、夕灯はとっとと靴を脱いで玄関にあがる。
しかし、伽乃はここに来て三日目。
〔↑土曜初日に、日曜一日自室でゲーム〕
どこをどうすればいいのかは本当に知らない。
(新妻を一人残すとは、中々な対応しやがるこの一家)
「これ」
頭上から声がした。
その辺に突っ立っていた伽乃に、一つの本が向けられている。
「今日出た新刊。好きなんだよね?」
「えっっっっ!」
夕灯が漫画を渡してくれていたのだ。
さっき乗り切れたと思っていたが、どうやら空気を読んでくれただけだったらしい。
「いや、あの、本当にちがくて・・・」
「俺もうバスで読んできたから。適当に返して」
年上に話す口調ではないなと察しながらも、伽乃は渋った末、漫画を受け取る。
「燈夜さんと奏さんと、あとご両親にも、誰にも言わないで下さいね・・・・」
さすがに隠し通せないと悟った伽乃が折れた。
「なんで?」
「なんでって・・・・長男の妻になった人がオタクだったらやばいでしょ?」
「オタクなんだ」
「うっ・・・・」
地味に痛いところを突かれる。
これが妻藤財閥の交渉術遺伝子か・・・・。
「俺も、二次元好きだけど」
「えっ!?」
漫画を発売初日に購入するくらいだからそりゃそうなのだが、改めて妻藤財閥にオタクがいると聞くと途端に嬉しくなった。
「ゲーム、えっと、
「SSS?やってる」
「ほんと!?えっ!誰推し!?」
「えっ。アリシュー」
「なんだロリかよ」
「伽乃さんは?」
「私は
「なっが。しかもショタ」
「ショタこそ正義だろ」
「ショタこそ正義・・・・」
「当たり前でしょ!・・・・・・・あ、待って、今の無し」
「wwwww」
慌てて弁明が始まる。
「今の会話全部忘れて。駄目駄目。私がオタクって知られたら終わる」
当たり前だ。
こんなオタク丸出し野郎が、大企業の長男と結婚。
そんなのがこちらの家に知られれば、間違いなく幻滅され追い出されるに違いない。
しばらく夕灯の爆笑が止まらず、伽乃はさすがにアタフタせざるを得ない。
「そう?俺、そういうの全部父さんに言ってるよ」
「エッ」
予想外の告白が飛び出し、伽乃は呆然と夕灯を見つめる。
「別にいい顔されるわけじゃないけど、趣味否定する人じゃないし」
幼く見えるなんて考えていたが、随分と大人な思考をしているようだ。
「立派だね」
伽乃は、ぐっと力の入っていた肩をふっと緩めた。
「何が?」
「私はゲーム大好きなの、今まで誰にも言えなかった。親バカなお父さんにまで言えなかったんだ。よく考えたらすごく気弱だね」
周りの偏見が怖い、確かにそれが大きい。
しかし、それを本質とさせていたのは自らが持つ偏見のせいだ。
自らで自らを縛っていた。
「・・・・俺そんな社交界でどうとかは分からないけど」
夕灯は伽乃の弱気な姿をしばらく見つめた後、伽乃に目を合わせた。
「ゲームなら、一緒に出来る」
「!」
「ふふっ。ありがと」
脱力しきった体でそう呟いた。
「漫画借りるね。また返す」
「うん。言っとくけど、今回超面白かった。俺の推しロリ大活躍回」
「黙れ黙れ」
「ネタバレ絶対禁止」と夕灯を睨むと、向こうも何か切れたように吹き出した。
「伽乃さんって二次元相当好きなんだね」
笑い混じりのままそう呟かれ、伽乃は首を傾げる。
「さっき会ったとき、顔死んでたよ」
「えっ」
全く心当たりのなかったことを口にされ、伽乃は思わず素の反応を見せる。
「死んでるってほどじゃなかったかもしれないけど、漫画見た瞬間世界変わったみたいな顔した」
(やっぱり、二次元は神だぁ・・・・〕
そんなことを頭の中で思い感動すると、伽乃は口の端を持ち上げた。
「当たり前だよ。二次元に叶うものはない」
「間違いない」
夕灯も腕を組むと二度頷く。
「部屋そこの階段上がって手前から二つ目。飯になったら迎え来ると思うから待ってたら良いよ」
完全に迷子まっしぐらな自分の知識の浅さを素直に認め、夕灯に自室の位置くらいは尋ねる。
「夕灯くん、部屋どこ?」
「俺?俺は伽乃さん一つ奥だけど・・・なんで?」
いかにも部屋入ってくんのか、と言わんばかりの怪訝な目を向けられ、伽乃は漫画を目線に持ってくる。
「漫画返す時にね」
「夕飯の時でいいのに。時間かかるならいつでもいいし」
「いや。多分数十分あれば終わる」
「あーそれは分かる。一週目は流し読んで二週目で台詞一つ一つじっくり読むんだよな」
「そー!」
オタクあるあるを言い出せばキリが無い。
妻藤家オタクコンビはここに誕生していた。
******
「そんなんなら、伽乃様にすぐ嫌われるぞ」
「分かってる・・・・・・」
「バッカだなー。そんな前のこと、誰も覚えてないって」
「そんなの関係ない」
「なに言ってんだか」
鼻で笑うと奏は燈夜の上着をクローゼットに戻す。
主従関係というのは完全に名目上に過ぎず、燈夜と奏は友人に近い会話を繰り広げていた。
「せっかく旦那様が叶えてくださったんだ。素直に喜べばいいのに」
奏はうらやむような、釘を刺すような、中間の表情で顔を埋める燈夜を見下ろす。
「喜んでる・・・」
「あぁごめん。それは知ってる」
「・・・・・一生直視出来る自信がない」
「贅沢な話だねぇ」
自室ソファに腰掛ける燈夜は魂が抜けたように体を背もたれに預けた。
「パーティーで初めて見た時からずっと好きだったなんて、それだけ大きい愛が眼前に来た時、どうして何も出来ないかなぁ」
奏は眉尻を下げる。
友人とは言うが、それでも三つの年の差がある。
弟を見る感情に近しいだろうが、本当のそれと比べれば圧倒的な亀裂がある。
このボンボンとは生涯同じ感情を抱けないだろうが、それでも奏にはこのむっつりを小馬鹿にする気力はあるのだ。
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