第5話 ビニール袋に直

燈夜とうやさん・・・!」

「ま、待って。ちょっと待って」


伽乃は思わず、部屋での絶叫5割程度の声量で叫んだ。

自分から声をかけてきた癖に、伽乃の夫は咄嗟に自身の顔を片手で覆い、もう片方を開いて伽乃に突き出していた。

近寄るなと言わんばかりの姿勢。


伽乃は一瞬眉間に皺を寄せ、不機嫌さを出すが、すぐに正気に戻る。

今は学校前。

そんなところで名前を堂々と呼ぶなという意味と考えれば自然だ。


自らも、こんな冴えない学校に高級スーツととんでもない美の顔でやってこられて、だいぶ驚いた。

すぐに息を整える。



「すみません。不注意でした。お迎え、ありがとうございます」

「い、いや違う、違うくはないけど。あのその、あーー」


が、燈夜の動揺は収まっていない。

伽乃は首を傾げながら顔を覗き込む。


「あのー・・・」

「ねぇ佐藤さん!!!」

しかし、その心配は外部に遮られることとなった。


「あのイケメンと知り合い?迎えって!?」

キコエテイタノカ・・・。


教室で伽乃に挨拶をしてくれた生徒らではない。

また別の生徒であることは分かるが、何分なにぶん脳みその六割をゲームに投資している分、人の顔と名前を覚えるのは苦手だ。


「あ、えっと、私の――」

「お嬢様。お迎えにあがりました」


また新しい声に、一同が振り向く。


パリッとしたスーツに身を包んだ男性、否、青年がこちらに頭を下げている。

確か、燈夜さんの隣に控えていた側近さんだ。

というか、あの腹抱えうさぎの投下主だ。


彼の後ろには、伽乃の探していたキラキラ外車が止められている。

女子生徒らの群がりで見えていなかったか。



クラスメイトに止まらず学内の生徒はみな、伽乃が佐藤グループの令嬢であることは知っている。

執事らしき人間が迎えと口にすれば、家の者が迎えに来たと察せたらしい。


イケメンを名残惜しそうに見やりながらも、彼女らは下がった。

その隙に、側近さんは伽乃と燈夜の手を引き、車に押し込む。

と同時に車を急発進させた。





「はぁーーーーー・・・・」

車が学校から離れたことで、伽乃は深く息をつく。


と、前からクスクスと笑い声が聞こえる。


「お騒がせしましたね。伽乃様。だから正門に自らお迎えに上がるのはやめた方がいいと言ったのに」

最後の一文は、燈夜に向かって放った言葉のようだ。


伽乃は再び燈夜へ視線を向けるが、彼は依然として伽乃を近づけようとしなかった。

伽乃はその冷たい反応に頬を膨らませながら座席で距離を取った。


助け船を出すように、側近さんは会話を進めた。

「自己紹介が遅れました。わたくし、燈夜様の側近のかなでと申します。今後は、燈夜様、伽乃様お二人につかせて頂くこととなりましたので、以後お見知りおきを」

側近さん改め奏さんはバックミラー越しに笑顔を浮かべた。


「歳は22。伽乃様からすればそれなりに年上ですが、気軽に接して頂けると幸いです」

「お若そうだとは思っていたのですが、それほどまでとは」

伽乃が驚くと、奏は柔和に微笑む。


「燈夜様とは幼い頃からの付き合いでして。いずれは秘書という立ち位置になるでしょうが、今はまだ友人に近い関係性に過ぎないですね」

「私からしてみればお兄様のようなご年齢ですしね」

伽乃が何の悪意もなく言うと、隣の燈夜と前方の奏とが同時に吹き出した。


「え、あ、私、何か失礼を」

「いえいえ!私どもの方こそご無礼を」

「・・・俺まで巻き込むな」

「お前が一番しちゃいけないだろうが!」


確かに、会話からすると友人のように聞こえる。


「伽乃様の“お兄様”の破壊力が――・・・・・・」

奏が誤魔化すように笑いながらそう呟きかけるが、途中でその言葉は止まった。

ちらりと横を見やると、燈夜が無言の圧で奏を睨んでいる。



「あの、燈夜様・・・・本日はお仕事・・・・」

仕事の中迎えなんかに、と言おうとしたのだが、やはり手で遮られる。

「待って。ごめ、すみません。ちょっと待って・・・・」

が、謝罪まで巻き込まれると、いよいよ何か理由があると察せざるを得ない。


伽乃は少し落ち込む。

家のせいで拒絶をされた経験なんてゴミ装備が出来た回数くらいあれど、自らが好感を持ちたい者に拒絶されるのは究極のゴミが出る回数より少ない。


「伽乃様。少し彼に時間をくれませんか。なんせ彼、伽乃様のことが――・・・・あー・・・・」

今度こそ、殺意すらありそうな視線を向けられ、奏は黙り込んだ。




「伽乃様は学校でお困りのこと、ありませんか?」

「え?」

突然の問いかけに伽乃は首を傾げた。


「お若いながらの結婚、単刀直入に言えば学生婚をされています。しかも未だ伽乃様は高校一年生。他の学徒らとイザコザがないかと、妻藤の人間はみな心配しております」

奏は眉尻を下げた。

妻藤の人間と濁したのは、もしかすると燈夜も心配をしてくれているのかもしれない。


「いえ。教諭の方々も気を配って下さいますし、苗字にそれほど差がないのでクラスメイトには実感が湧いていないようです」

「さっきも佐藤さん、と呼ばれていましたしね」

伽乃が呆れると、奏も苦笑う。


「何かあればすぐに仰って下さい。また旦那様からお話もあると思いますが、もしご希望であればセキュリティの万全な私立に転校も可能だと伺っています」

「奏」

奏の申し出に、燈夜は水を差した。

その冷ややかな言葉に二人が黙り込む。

「・・・・堅物ですよねぇ」

「・・・・・・そうなのかもしれません」

全く返す言葉が思い浮かばない。


確かに、燈夜を両極で見て陽気な方だとは思えないが、奏はそちらに寄っているようだ。

仮にも主人をイジる奏に、伽乃は笑みを浮かべた。


「仲が良いのですね」

「悪くはないですね」

「羨ましいです」

「「?」」

伽乃の意味ありげな言葉に、奏と燈夜も反応した。


「学校で虐められてこそいないですが、小学の頃から、友人と呼べる間柄の級友はいませんから」

「「・・・・・・」」

「私にも、佐藤家でお付きはいました。それこそ、お二人のように歳も近い女中でした。四つ年上で、私にとっては姉のような存在。笑顔で接してくれることはとても嬉しかったです」


その先を察したように、奏も燈夜も黙り込む。

佐藤で女中というのは、入れ替えの激しい仕事なのだ。

特に、佐藤は最先端の事業を展開する会社のため、機密情報を漏らさないために女中が家の人間と仲が深まるより先に入れ替えが行われていた。


燈夜と奏は将来、社長と秘書という間柄にする前提で共に過ごしてきたのだろう。

伽乃は女性。将来を確立させるにはまだ早かった。

ここにきて突然嫁いだように、女性に将来の安定はない。

女中も、主人の大本は佐藤の社長、つまり伽乃の父だ。

父の一存で、女中の雇用なんてすぐに変わる。



「安心するといいよ」

「「!?」」

突然、ここまで消え去っていた声が車内に聞こえた。

奏が瞬時にバックミラーでギョッとした瞳を向け、伽乃もゆっくりと燈夜へ顔を向ける。


「妻藤は君のことを歓迎している。両親も兄弟も、使用人らも。気楽に過ごして」

「!あ、ありがとうございます・・・」

とても、そんなことを口にしてもらえるとは思っておらず、伽乃は心なしか頬を染める。

が、それを横目にした瞬間、燈夜は再び顔を窓の外へ背けた。

「っ、あの、私燈夜さんに何か・・・・」

「違う、ほんとに、君のせいじゃない。俺のせいだから、気にしないで」

表情は見えないが、唯一覗く耳が少しずつ赤く染まっている。


その様子に、伽乃はどこか見覚えがあるような気がした。

「・・・・・・・」

朴直ぼくちょくですよねぇ。本当に、お気に障られないで下さいね。そのうち、何とかなりますので」

奏がまたしても眉尻を下げるので、伽乃ももうこれ以上は追求しないことにした。





(新刊・・・・・。お家の近く、書店あるのかな)

瞬時にどうでもいいことに意識が飛ばせるのは、最早伽乃の才能だ。

衝撃的だが、伽乃はこれまで妻藤の家に行ったことがなかった。

嫁ぐその日に、内外部からの視野完全遮蔽の車に乗せられて妻藤家に行ったのが初めてなので、家の周りにどういったものがあるのか、何も知らない。


せいぜい住所を知っている程度のため、周囲の利便性くらいは知っておきたい。

(コンビニ、書店はマスト。アニメショップあればなお良し。駅チカだと更に良し)

とはいえ、ボンボンの家は奥地に堂々と構えられているのが通なので、これらは期待出来なさそうだ。



やや言っているうちに、車は車庫に入ったようで停車した。

「お待たせ致しました。遠くて申し訳ありません。お疲れでしょう?」

奏がドアを開き、こちらに手を差し出してくれる。

「あ、ありがとうございます」

そういったことにも慣れていないので、伽乃は辿々しくその手を取る。


確かに、車に乗ってから30分ほど揺られていたように感じる。

車で30分は距離で表せばかなりの長距離だ。

実家から高校までは徒歩数分だった〔それ目当てで選んだ〕ため、実家と妻藤家はそれなりに離れていると窺える。

〔↑朝は車で爆睡かましたので知らなかった人〕



奏の手を借りながら車を降りると、車庫内には大量の高級車が拝める。

伽乃は車に詳しくないので分からないが、父が感嘆の声をあげていたので相当な車種が揃い踏みしているようだ。

(ここの車を全売却したら、課金に数千万かけられるな)

恐ろしい発想の令嬢がいたものである。



奏と燈夜の先導の元、伽乃は二人について正門につく。

(でっっっっっか)

呆然と見上げていると、奏がにっこり微笑むのが分かる。

実家も相当なサイズをしていると思っていたのだが、これは想定外すぎる。


立派な日本家屋だ。

家を覆い隠すほどの立派な門に始まり、中に入ると京都の寺で見るような日本庭園、縁側に鹿威しまである。


初日は気の動転と粗相のないようにと気を使いすぎたせいで、まともに家も見ていなかった。


「お」

「?」

玄関口の前に辿り着いたところで、背後から男の子の、少し高い声が聞こえた。

夕灯ゆうひ。今日遅かったのか」

「いや、本屋寄ってただけ」

伽乃が声のする方を振り向くと、黒い学ランを身に纏った少年の姿があった。


「夕灯・・・?」

伽乃が燈夜の言葉を繰り返すと、向こうから先にお辞儀がやってきた。

「どうも」

「あ、どうも・・・?」

しかし、それが誰か分からない伽乃は、燈夜の方へと視線を向ける。

が、依然頼りにならない旦那。


「燈夜様の弟君です。夕灯ゆうひ様。中学三年なので、伽乃様の一つ年下ですね」

奏が伽乃に耳打つ。

「弟さん・・・」

再び少年に視線を戻す。


伽乃より少し高い背に、ツヤのある黒髪、整いすぎた容姿は、燈夜の弟だとその見た目が言わせている。

「初めまして。この度お兄様の妻とならせて頂きました。伽乃と申します」

あちらも伽乃を知らないと察し、丁寧な自己紹介とお辞儀を返す。


「あ、夕灯です。どうも・・・」

(人見知り、か?)

決して伽乃も人のことを言えないが、顔を上げながら夕灯をじっと見やる。


「・・・・・・」

(燈夜さんに似てるなぁ)

燈夜をそのまま幼くしたような子だ。

伽乃と一つしか変わらないという話だが、失礼ながらそれよりも幾分か幼く見える。


「あっ」

ふと、伽乃の目に一つの袋が目に入った。

正確には、その中身。

コンビニかスーパーかのビニール袋にじかで入れられたそれ。

「ん?」

夕灯も伽乃の視線に気づき、ビニール袋を見やる。

「好きなんすか?」

「えっ!?」


慌てて、自分が何に反応したか悟り、サッと血の気が引く。

(今日発売の新刊だー・・・・・・・ずっとネットでガン見してたら思わず声に出てたっ・・・!)

開始早々、がっつりやらかす伽乃であった。

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