第18話『勇者一行ってそんな事もすんの?』

 小さな宿場町だと思っていたけど、酒場はなかなか盛況だった。


 俺たちは壁際の丸い立ち飲みのテーブルについていた。ハヤたちにはちょっと屈んで肘が突ける高さなんだけど、俺には肩で寄りかかるような高さだからやけに立たされてる感があって疲れる。壁にちょうど腰を置く高さに出っ張りがあるのだけど、俺にはそれすら高かった。くっそ、高身長仕様め。


「酔い潰すのはいいけど、フィカヨが潰れたら誰が連れて帰るの」

「そりゃコウちゃんでしょ」

「運ぶのはキヨくんくらい軽いのにして」


 同じくらいの身長でも、キヨとフィカヨじゃ二十キロくらい体重差がありそうだもんな。フィカヨは「潰れるほど飲まないよ?!」と慌てて言った。


 レツは俺と同じ苺のジュースに、ちょっとだけシンを入れてもらっていた。何だかふわふわしているのは酔ってるからなのか、ご機嫌だからなのか。


「そういえばフィカヨの好みって結局語ってないじゃんね、いい機会だからこの辺でハッキリさせておこうか」


 ハヤはフィカヨのカップにタレンを注ぐ。

 あの時酒飲ませるのを止めたのはハヤだったのに、怪我が治っちゃったら関係ないんだな。フィカヨは何だか困ったように俺たちを見回したけど、レツもコウも笑っていて助けるつもりはなさそうだ。


「好みったって、そんなわかんねぇよ。俺、国じゃ洗脳されんのに忙しくてそういう風に誰かを見た事ないし、こっち来てからは山の中潜伏して長いこと同じ顔眺めて暮らしてたんだよ?」

「だからこそ、たまに街に出た時にずきゅんってなる子とかいなかったの?」


 レツは興味津々って顔で覗き込んだ。フィカヨはやっぱり難しい顔をして眉間に皺を寄せると、拗ねるように視線を外した。


「極力近づかないようにしてたし……」

「まぁ、それだって進行形で洗脳されてたわけだし、そういうのに目を向けない事が誇らしかったんだろうから、難しいんじゃね?」


 コウが苦笑しながらフォローしたので、フィカヨは思いっきり何度も頷いた。

「じゃあさ、」

 ハヤはフィカヨの肩に片腕を置いて顔を近づける。


「とりあえず、仲間の中で誰が一番好み?」

「いろいろ取り揃えてるからねー」

 レツはふわふわ笑ったけど、コウはやっぱり難しい顔をした。

「その、誰を選んでも後で気まずいみたいな選択肢やめなさい」

「いーじゃん、わかりやすくてー」


 ハヤはそう言って唇を尖らせる。ハヤのコレって、モテるから言えるんだよな。自分て言われても気にしないし、他が選ばれても僻まない。

 フィカヨは何だか怯えるみたいに体を小さくしていた。こういう時のハヤって押しが強いからな、気持ちはわかる。


「団長はキヨくんの動向見てなきゃだめなんでしょ」


 コウは頭で店内の反対側のテーブルで冒険者たちと話すキヨを示した。ハヤはぼんやりとそっちを眺めた。


「いっそキヨリンがさらわれちゃうくらいの面白展開があるんだったら、見に行くんだけどねー」


 それどんな展開だよ。

 でもキヨが情報収集に話しているところに意味もなく邪魔しに行くわけにもいかない。今どんな話してるのかわからないから遠目に眺めてるしかないんだけど、それで助け(?)が必要ってわかるのかな。


 ぼんやりキヨのテーブルを眺めていたら、その近くでシマも別の冒険者と話しているのが見えた。

 あの二人、ホントにあっという間に知らない人と話せるよな。知らない人と盛り上がる話題なんて、どうやって作るんだろ。


「シマは大丈夫なのか?」

 フィカヨはカップを口元に運びながら、視線はシマの方を見たまま言った。そういえば、シマはいつもほったらかしだよな。


「シマはどっちかっていうと聞き役なんだよね。相づちが上手くて相手が気持ちよく喋れるから聞かせたいのが話しに来る。それをたくさんの人にやることで情報を得るタイプ。相手が喋りたいだけだから固執されることもない」

「そういえばシマが情報収集する時って、酒一杯で四、五人と話す感じだよ」

 レツはふわふわ頷きながら言った。じゃあキヨは?


「キヨリンは酒おごってくれる人がおごってくれるように話して、おごってくれるうちは一緒にいるから」

「おごった人が何か期待したら固執されそうだな」

 それつまりキヨが悪いんじゃないか……キヨにはタダ酒飲みたい以外の他意はないんだろうけど。


「ごめんなさい、空いたカップ片付けるね」

 声を掛けられて、俺たちは少しだけ体を寄せて避ける。店員の女性が飲み終わったカップを集めて、ふと顔を上げた。


「あれ、見ない顔ね。鉱石狩り?」

「いや、ただの冒険者。旅の途中だよ」


 ハヤは何のてらいもなく答えた。訓練された聞き込みできない班の俺たちは一斉にぐっと口を閉じた。変な事言ってハヤの邪魔をしない姿勢だ。


「そうなんだ。ダーハルシュカに行く?」

「一応、そのつもり」

「だったら、私の妹に会うかもね」


 この人の妹さんが、ダーハルシュカに住んでるのかな。長く伸ばした明るい金髪を後ろで一つにまとめている。大きな青い瞳にそばかす、話し方からもわかる快活そうな女性だ。


「君に似てる?」

「そりゃもう、双子だもの」

 そうなんだ! 双子と言えばレツとヴィトだけど、あの位似てるのかな。


「私はここの手伝いだけど、あの子は鉱石狩りの冒険者をやってて、ダーハルシュカとここを拠点にしてるんだ」

「やっぱ多いんだね、前の店でも鉱石狩りと話したよ」

「この辺は上手く探せば結構見つかるらしくて。ただ鉱脈はダーハルシュカの以外は見つかってないんだって。それなのに鉱石はそこそこ採れるから、みんな次の鉱脈が見つけられるんじゃないかって、それで探す人が後を絶たない感じ」


 彼女はちょっと冷静な言い方をした。双子の妹が鉱石狩りなのはいいとして、一攫千金に盲目的になるのには否定的っぽいな。

 っつか、ダーハルシュカには鉱脈があるんだ。


「ダーハルシュカに行ったことある?」

 フィカヨがそう聞くと、彼女は少しだけ顔をしかめて笑った。

「ないわ、湖の畔のキレイな街だって聞いてるけど。地味に遠いから、一般人の私が無事に行って帰ってくるにはとんでもないお金が必要になっちゃう」


 街道に沿って行くと一週間とかかかっちゃうんだっけ。往復だけで二週間かかるところに安全に行って来ようとしたら、結構かかっちゃうのかも。運が悪ければ半日の旅でも命の危険があるんだし。

「もし妹と会ったら、早く来ないと苺の季節が終わっちゃうって伝えて」

 彼女はカップをがしゃがしゃとまとめて持つと、テーブルを離れていった。今、苺の季節だったのか。それでジュースが美味しいのかな。


「お代わり買ってくるよ」

 彼女を見送っていたフィカヨはそう言ってテーブルを離れる。あ、俺も! 俺はジュースを飲み干すとフィカヨを追いかけた。


「フィカヨは聞き込みとかできる感じ?」

 フィカヨはちょっとだけ顎を引いてとぼけた顔をした。

「どうかな。ただ話を聞く程度ならできるだろうけど、君たちがやってるのってそういう事じゃないだろ?」


 俺はできないからコレって答えられないけど、キヨとかの見てると確かにただ会話してるだけじゃないかな。召使いとか金持ちぼんぼんのフリはやったけど、俺が何かしたわけじゃなかったし。


「勇者一行ってそんな事もすんの?」

「いや、普通そういう事するのかどうかはわかんない、かな……ハヤとかキヨはそういう風に偽って潜入すること多いけど、それって結局事を荒立てないためにそうしてるって感じで」


 無理に乗り込むんじゃなくて、そっと忍び込むための方法って感じだもんな。フィカヨは関心したように頷いていた。


 それから俺たちはカウンターについて順番を待った。フィカヨはシンを試すと言っていた。

「もう飲んでもいいんだし、いろいろ試してみないとな」

 そう言って笑うフィカヨは、やっと普通に振る舞うのに慣れてきたみたいだった。

 でもそれ強いって言ってたから、飲み方気をつけてね。

「コウが運べないって言ったら、誰も運べる人いないから」

 フィカヨは面白そうに笑って「だから潰れるほど飲まないって」と言った。


「んだとてめぇ!」

「やんのか!」


 唐突に怒号が聞こえてきて俺たちは驚いて振り返った。って、あれ。


「キヨ、とシマ?」


 そこには、キヨとシマがお互いガン飛ばして向かい合っていた。周りの冒険者が引いてるっつか少し遠巻きになってる。

 ちょっ、どういうこと?!

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