第17話『その……吐息付きイケボで囁かれて集中できるか!』

「上の二人呼んでくる?」

 レツは何だか難しい顔をして、カップを両手に持ったままストンと座った。

「んー、何というか、うん」

 さっきの疑問形といい、何だか歯切れ悪いな。


「調べるようなタイプじゃないってことか?」

 シマはカップを傾け、すでに空になっているのに気づいてキヨの残したカップを取った。

「レツくんが落ち着いてるってことは、何かヤバい感じのお告げじゃなさそうだから、とりあえず明日でもいいんじゃない? 上の二人はたぶん今頃勉強中だろうし」

「でもここで受けたってことは、この街に関わるのかな?」

 だとしたら、フィカヨを送ってダーハルシュカに行かなきゃならないのに、ここで足止めになっちゃったりするのでは。俺がそう言うとシマが「それは大丈夫だろ」と言った。


「前回もそうだったけど、お告げが予知なんだとしたら、俺たちがこのままダーハルシュカに向かうことも含めて発生したクエストなんじゃねぇかな」


 ラトゥスプラジャでのクエストは、お告げを受けるよりずっと前に始まっていたようなもんだった。

 むしろその前のお告げをクリアしたから始まったと言っても過言じゃない。あの本をツィエクのところで見つけられなかったら、あり得なかったお告げ。

 そう考えると、勇者が関わっている何かが対象のお告げを呼ぶのかな。人助けにはなるのだけど、まったく無関係の勇者が通りかかっても、そのお告げは受けないのかもしれない。


「じゃあ、ここから先はフィカヨ一人でダーハルシュカに行ってって事にはならないんだね」

 レツは少しだけ安心したように笑った。あ、その事気にしてたんだ。

 するとフィカヨが「あの、」と言って小さく手を挙げた。


「これ、俺が聞いててもいいもん?」


 みんなきょとんとしてフィカヨを見た。あ、そういえば、フィカヨは勇者一行じゃないんじゃんね。むしろお客さんなんだった。

「まぁ、何かあった時に俺たちの邪魔をしようとするんじゃなきゃ別に」

 さっきみたいな調査するのに俺たちの素性を勝手に明かしちゃうとかしないんだったら、別に問題なんて無いよな。

「最終的には人助けだから」

 シマとレツは笑っていたけど、コウがちょっとだけ難しい顔をしていた。最終的には、ね。


「でもこのままダーハルシュカに向かっていいんだとして、キヨの予定ではこのあと街道を行かないつもりじゃん? それだと調査とかは全然できないよ」

「そしたらやっぱ、早めに話した方がいいね」

 俺たちは残ったカップを持って立ち上がった。シマがカウンターでタレンをボトルで買って、上で飲むと店員に伝えて部屋へと上がる。


 今日ってキヨとハヤは二人部屋なんだっけ。みんなで押しかけたら狭いかな。なんせ今俺たちは七人の大所帯なんだし。やっぱこの前の宿場町を通り過ぎた時に泊まらなかったのってそれもあるのかもな。

 部屋の前まで来ると、中から二人の声が聞こえてきた。


「キヨリン、くすぐったい」

「お前が一人でできねぇからだろ」

「だってそんなとこ触られたら」

「やってやんねぇぞ」

「うそうそ、して」


 ノックしようと手を挙げたシマが固まっている。これは……

「デキてるフリ?」

 フィカヨがそう言ったのでシマは難しい顔でこっちを見た。

 これだけ声が外に聞こえちゃうんじゃ、さっきの冒険者が通りかかったら場合を考えて……っていうか魔法の話をしてるんじゃなかったのか。


 シマは吹っ切るようにドアに向かうと、ノックをして間髪入れずに扉を開けた。

「あれ?」

 部屋の中ではベッドの間で魔法を始める時みたいに両腕を開いて立つハヤと、その背後から片手を取って、片手をハヤの胸当たりに当てているキヨがいた。


「どしたのー?」

「集中」


 俺たちに声をかけたハヤを、キヨは背後から蹴った。ハヤは「いて」とか言ったけど、もう一度姿勢を正すと目を閉じて集中した。

 途端にハヤから魔法を発動する時の光が走る。珍しくすごく集中してるのか、難しい顔をしている。俺たちは邪魔しないようにそっと部屋に入って壁際に立った。


「違う」

 キヨが簡単に言うと、ハヤは目を閉じたまま拗ねるように唇を尖らせた。あれってまたキヨがハヤの魔法を知覚してるやつかな。

 キヨはちょっと困った様な、難しい顔で眉間に皺を寄せる。それからハヤの胸に当てていた手を外して密着するように近づくと、背後からハヤの両手を掬うように重ね、気づかせるように指を絡めた。


「俺の手に集中して、そこに別々の患部があると思って」


 キヨは背後からハヤの耳元にそう言った。ハヤはちょっとだけ複雑な顔をしたけど、もう一度目を閉じて集中した。

 ハヤを中心に走る魔法の光の線が、一度だけ中心が二つあるかのように走った。キヨは満足そうに少しだけ笑う。


「……いいよ、その感じ」

「っあーー! もうっ、無理!」


 唐突にハヤはキヨから離れた。キヨは突然の事にきょとんとしている。ハヤは何だか悔しそうに片耳を押さえてキヨを見た。


「その……吐息付きイケボで囁かれて集中できるか!」


 途端にシマとレツが盛大に吹き出した。コウまで笑ってる。

 ハヤがプリプリしてベッドに座ったので、俺たちも壁から離れて彼らのベッドに近づいた。


「団長、なんだかんだでキヨのイケボに弱いよな」


 シマがタレンのボトルをハヤに差し出した。レツも笑って「狙ってやらない分貴重だからねー」とか言いながらベッドに座る。

 ハヤは八つ当たりみたいに怒った顔のままボトルを受け取って一口飲んだ。


「キヨくん罪作りだな」

 コウが笑って見ると、キヨは思いっきり眉間に皺を寄せた。

「いつも聞いてんのに、なんでだよ」

 キヨは小さくため息をついて「せっかくできてきたのに」と言ってベッドに腰を下ろした。まるっきり自分の所為だとは思ってないっぽい。


「何やってたの?」

 キヨは後ろ手をついて俺をチラッと見た。

「魔力錬成の分離と拡散」

 あー、えーとそれって、ちっこい魔法陣を同時に敷く時のヤツだっけ?


「団長が魔法陣分けて敷くのをやれるようになりたいって言うんで。でもあれ、その前段階で別個に魔力錬成できないと無理だからさ」


 なるほど、ちゃんと魔法の勉強だったんだな。部屋の外ではちょっと……かなり誤解しかけたけど。


「それより、なんでみんなでこっち来てんだ?」

 キヨは言いながらシンのボトルに手を伸ばした。強いって言ってたのに、ボトルで飲んでるのかよ。レツがそうそれって感じにキヨを指さす。


「お告げが来ました」


 俺もベッドに上って座ると、フィカヨは椅子を引き寄せて座った。キヨはちょっとだけ眉を上げたけど、何も言わずにみんなを見た。

「まだ聞いてねぇよ」

 シマはそう言って両手を挙げる。何かレツの歯切れが悪い感じでね。キヨとハヤは同時にレツを見た。


「それが……お告げなんだけど」

 レツはやっぱり難しい顔をして首を傾げる。キヨはちょっとだけ面倒くさそうにシンのボトルに口をつけた。

「何を見たんだよ」

「見たのは、黒い鉱石……なんだけど、何というかギリギリお告げみたいな感じで」

 ギリギリお告げってどういうことだ。お告げって、これがお告げってわかるもんじゃなかったのか。


「黒い?」

 ハヤがそう言ったので、みんなハヤを見た。何か珍しい鉱石なのかな。

「僕も好きなだけでその道のプロってワケじゃないから、知らない事はあるだろうけど、鉱石に黒いのなんて聞いた事ないよ」


 俺たちが普段使う鉱石はいろんな色の物がある。

 その中でも白は防御に適していたり黄色は癒しの力が強かったり、適性はいろいろあるけど、基本的にはその鉱石が持つ魔力を魔法道具の職人が見て何に細工するかを決めているらしい。

「魔力はあるけど冒険者じゃない職業だな」

 シマが振り返ってタレンのボトルを差し出すと、コウは近づいて受け取った。


 魔導士だって旅に出ないで街の中で防御とかの仕事に就く人もいるもんな。

 魔術師だって通信魔術師もいるし、白魔術師なら医者になる人もいる。鉱石の魔力を見極める力があるなら、魔法道具士になれるのか。


「鉱石の魔力自体は色で決まるわけじゃない。白や黄色に強い適性があるだけで、他の魔法道具にできないわけじゃないし。

 だから灯りに使おうと思ったら、そういう風に魔力を引き出す魔法文字を使うだけ。だからあらゆる色の鉱石を使った道具があるんだけど、黒ってのは……」


 ハヤは難しい顔で首を傾げた。

「団長が知らないんじゃ、相当レアな鉱石ってことかもしれないし」

「魔法道具って色で決まるんだと思ってたよ」

 でもそしたら黒い鉱石って何に使えるのかな。黒い魔力って言うと、どうしても闇魔法みたいなのをイメージしちゃうんだけど。


「何かキヨに似合いそうだね」


 フィカヨがそう言ったので、みんなきょとんとしてから何だか嬉しそうに笑った。黒とか何となく悪い方へ考えがちだけど、似合うって言い方だと悪く感じないな。


「それよりギリギリお告げってどういうことだ」

 キヨがそう言うと、レツは「あー」とか言いながら視線を外した。

「いつもお告げってこう……ふわっと視界の中に見えるんだけど、今回そのふわっとが……余りにも今見てる視界に重なりすぎてて、そこにあるみたいに見えたんだ」

「そこにあるって?」


 レツが見たのは黒い鉱石なんだよな? 黒い鉱石が、どこかテーブルにでも載ってるように見えたってこと? 俺がそう言うと、レツはちょっとだけ情けない顔で俺に振り返って頷いた。

「いつものお告げは、真っ昼間に夜の灯台を見たりすることだってあるから、視界に違う絵を出されたみたいな感じなんだよね。でも今回は実際そこに鉱石があって、それが黒い鉱石に見えたんだ」

 レツがお告げを受けたのはカウンターに飲み物を買いに行った時だから、鉱石狩りの冒険者が鉱石をそこに出していたとかなのかな。それが黒く見えたと。


「そんで、黒い鉱石について何か調べるか?」

 ダーハルシュカが鉱石で有名だとしても、ここにも鉱石狩りがいたくらいだから、何か聞き込みできるかもしれないもんな。

 キヨはちょっとだけ顔をしかめて視線を上げた。

「話題のきっかけに俺が見せた鉱石が、どうも良い物だったらしくて目を付けられちゃったんだよな……下にいたヤツらに会うとなると、またしつこく聞かれそうだし」

 それでハヤをだしにして話切り上げてたのか。


「キヨリンそれ、どこで手に入れたの」

 キヨは黙ってハヤを見た。無言で見つめ合ってから、ハヤは思いっきり嫌そうな顔をした。キヨはやっぱり何も言わずに視線を外したから、それだけで会話は完了したみたいだった。

 いや言葉交わしてないんだから会話って言えるのかこれ。


「っていうか鉱石狩りって、冒険者なんだよね?」

 冒険者なら鉱石探すよりゴールド稼いだ方が儲けられそうなのに。キヨはチラッと俺を見た。


「一応な。ただモンスター狩りでやってくにはレベルが低くて、大物を狙えない冒険者って感じかな。それがこの辺だと鉱石狩りとしてチーム組んで働けるんだ」


 レベルの低い冒険者だとモンスター狩りのパーティーに入りづらかったりするけど、鉱石を探すのが目的なら強いモンスターを追うわけじゃないからレベルが低くてもパーティーが組めるのか。

 それなら冒険者には選択肢が増えていいのかも。


「まぁ、この辺の鉱石狩り事情についてならざっくり聞いてるけど、もう少し聞いた方が良ければ、ちょっと出るか」

 キヨはそう言ってシンのボトルを置いた。それは結局、飲みたいのついでなのかな。あっでも、

「ここだとやりにくいんだったら、この後街道に沿って行けばいいんじゃねーの?」

 そしたら別の宿場町で聞き込みできるし。鉱石狩りが拠点にするくらいなんだったら、この街道沿いには鉱石狩りがいっぱいいるだろうから、情報ならいくらでも集まりそうじゃん。

 キヨは俺の言葉にやっぱりちょっと難しい顔をした。


「俺たちがダーハルシュカに向かう事でお告げを引き出したとしたら、街道沿いに行ってさらに一週間以上費やすのは得策ではないような」


 街道沿いに行くとそんなにかかっちゃうのか。やっぱりキヨもお告げは今居る場所じゃなくて、俺たちの行動にかかるものだって考えてたんだ。

「じゃ、みんなで行こっか」

 ハヤは何だか楽しそうにそう言った。え?


「僕が聞き込みに回っちゃうと対応できなくなっちゃうからさ、何かあった時のキヨリン救出できるよに、みんなで飲んで見てればいいじゃん?」


 キヨは眉間に皺を寄せてハヤを見たけど、何も言わなかった。ハヤは俺たちを追い立てるように立ち上がる。マジでみんなで行くの?

「フィカヨを酔い潰す会もやらないとだしね」

「えっ、俺も行くの?」

 フィカヨは驚いて座ったまま背筋を伸ばした。ハヤは両手を腰に当てて「あったりまえでしょ」と言った。


「団長、一応これ勇者一行の仕事だから」

「コウちゃんそういうのは自分が聞き込みする前提で言って」


 コウは言葉に詰まってとぼけるように眉を上げた。あはは、コウは聞き込みしないんだからそこは偉そうに言えないよな。ハヤは許可を求めるみたいにキヨを見た。キヨはちょっとだけ首を傾げる。


「俺は飲めれば何でもいいけど」

 キヨの言葉にハヤは苦笑した。


「仕事してよダーリン」

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