第16話『こんな美人とデキてんなら子どもなんて邪魔になっちゃうな』
えーと、キヨはどこに行っちゃったんだ?
カウンターまで来て辺りを見回してもキヨは見あたらなかった。おかしいな、お代わりの酒を買いに行ったんだからこの辺に居そうだけど。
「お、坊主どうした?」
カウンターから店主らしき男性が声を掛けてきた。うん、さっきシンて酒を仲間が買いに来たはずなんだけど。
「この辺初めてだから飲んだことなくて。それでさっき土地の人っぽいおじさんと一緒に」
「ああ、あの黒い兄ちゃんか。それならあっちのテーブルの冒険者と話してたぞ」
あ、そうなんだ? 俺は礼を言ってカウンターを離れようとして、握っていたお金を思い出した。
「あの、あとこれでジュースください」
店主はお金を見ると、にっこり笑って赤く濁った飲み物をカップに注いだ。これは?
「これもこの辺の名産品だ。こんなに濃いのは他じゃ飲めないぞ」
俺は恐る恐る両手で受け取って一口飲んだ。……余りの美味しさに目を見開いて店主を見ると、俺の反応に満足そうな顔で笑って応えた。
何これ、苺だけど苺をそのまま飲んでるみたい……! 美味しすぎてやばい、これは勿体ないからちょっとずつ飲もう。
俺は両手で大事にカップを持って、店主に言われたテーブルへと向かった。
キヨはよく見かけるような冒険者の一団と同じテーブルについて話をしていた。何だか盛り上がってる。
……でも別に今、調査するような謎とかないよな。お告げがあったわけじゃないし。なんで知らない冒険者と話してんだろ。
「キヨ」
キヨは俺が声をかけると、振り返って「なんだお前か」と言った。俺はチラッとテーブルを見る。
「飲んでるだけ?」
「他に何があるよ」
「山ほどシンを買ってるんじゃないかって、コウが心配してたから」
キヨはカップを持って俺に見せた。うん、とりあえず一杯だね。
「なんだ兄ちゃん、子持ちか」
冒険者の冗談めかした言葉にキヨは心底嫌そうな顔で「あり得ねぇ」と言った。別に俺じゃなくてもあり得ねぇんだろうけど、それ地味に傷つくぞ。
「あとハヤと出るんじゃなかった?」
楽しく話してるところ悪いんだけど、仲間の約束ほっぽってまでこっちの冒険者と話すことなんてあるのかな。
キヨは「あーそうだった」と言ってカップを煽る。っつかそれ、強いんじゃなかった?!
「おい、仲間とならいつでも話せんだろ。もうちょっと飲んでけよ」
そう言ってキヨのカップにシンを注いだ。キヨは苦笑して見る。
「悪い、機嫌損ねると面倒なヤツなんで」
別にハヤが今機嫌損ねてるとは思わないけど、これこの場から離れるための言い訳かな。
「えーなんかそれスルーできないなー」
声に振り返ると、ハヤが立っていた。あれ、俺のこと偵察に出したってのに、結局自分で探しに来たのか?
ハヤはキヨの隣の椅子に座ると、キヨの顔に近づいた。なんだかちょっと酔っぱらってるみたいな感じ。もしかして、ハヤもシンを飲んだ?
「別にお前の事だなんて言ってねぇだろ」
「じゃあなんですぐ帰ってこないんですか」
ハヤは苦笑するキヨに顔を近づけている。ホントに酔っぱらってるのかな。芝居する必要なんて今無いもんな。キヨはチラッと冒険者たちを伺った。
「兄ちゃん子持ちかと思ったが、こんな美人とデキてんなら子どもなんて邪魔になっちゃうな」
冒険者はそう言って笑った。キヨはちょっとだけハヤを見ると、諭すように笑う。あれ、否定しない。
「こいつら鉱石狩りの冒険者なんだ。珍しいから話を聞いてたんだよ。お前、好きだろ」
それってこの前話したやつ! ホントに鉱石狩りなんているんだ……
ハヤは気だるげにキヨの肩に両腕を回すと、「ふーん?」と言いながら冒険者たちを流し目で見た。視線を送られて、彼らはちょっとだけ落ち着かなげに視線を彷徨わせた。
落とす気満々のハヤに視線送られたら動揺する気持ちはわからなくもないけど、酔っぱらってその気もないのに乱発されたらやられた方は不憫だな。
俺は立ったままぼんやり苺のジュースを飲んだ。おいし。
「あっ、あぁこの辺は鉱石狩りが拠点にしてる事が多くてな、ダーハルシュカが鉱石の街だから、なっ」
彼らは何だか少し慌てて、話を変えるみたいにそう言い合った。
「じゃあ、お兄さんたちは鉱石をいっぱい持ってるんだ?」
「いや……まぁ、今はそんなねぇかな。さっきも話したがちょっと最近
最近
「それはそうとさっきの鉱石だがな、あれをどこで手に入れたか教えちゃくれねぇか」
冒険者の一人が、キヨに食い下がるようにテーブル越しに近づいて言った。
「そう言われてもなぁ……バトルの時に拾っただけだし、手強いのに追われてたから」
キヨは言いながらさらっとハヤの腕を外した。
ん? 手強いモンスターに追われて現在地がわからなくなるなんて、キヨにはあり得なくないか。
ハヤは拗ねたような顔でキヨを見ている。
「もう、鉱石持ってるんじゃなきゃいいじゃん! 早く部屋行こ!」
ハヤはキヨの腕を取ると立ち上がって引っ張った。キヨは「おい」とか言いながら引きずられるように立ち上がる。それから顔をしかめるみたいに苦笑して冒険者たちを見た。彼らも苦笑というか、敵わないって顔で両手を挙げて見送った。
俺も二人について行く。キヨはなだめるみたいにハヤの頭を撫で、ハヤはキヨの腕に取りついたまま顔を寄せた。
「思ったより手こずってたっぽいのは何で?」
ハヤはびったりキヨにくっついたまま聞いた。キヨはちょっとだけ口を曲げる。
「酒がタダだったから?」
やっぱそこか、タダ酒飲めるから長居してただけなのか。調べることもないのに、キヨが無下にできない相手なんてそれ以外ないもんな。
ハヤは小さく息をついた。
「みんなのテーブルに戻るのも彼らの手前変だから、このまま部屋に行っちゃう?」
「それなら酒買ってく」
キヨはそう言ってハヤから離れると、カウンターに向かった。俺はチラッとハヤを見た。
「さっきの、芝居する必要あった?」
別に単にキヨがタダ酒飲みたくてあの冒険者たちと話してるだけだったなら、あんな風にしないで普通に声掛けて戻ってくればよかったのでは。
「キヨリンが始めたんだよ、だから乗っただけ」
えっ、そうだった? 何か酔っぱらったみたいにしてたのはハヤだったと思うんだけど。
「鉱石狩りに根掘り葉掘り聞いた理由を、ちょうどいいから僕にしたって感じかな。僕のために聞いたんだよ、キヨリンやっぱり僕のこと大好きなんじゃーん」
ハヤがそう言ってキヨを迎えると、シンのボトルを持って嬉しそうにしていたキヨは話がわからなくて怪訝な顔で見た。ハヤはニコニコして再度キヨの腕にくっつき、店の奥の階段に向かった。
俺は一緒に上がる必要はないよな、二人は魔法についての話をするみたいだし。俺は二人を見送って、シマたちのいるテーブルに戻った。四人ともぼんやりとハヤたちを見送っている。
「……なんぞ?」
「何か、向こうに鉱石狩りの冒険者がいて、キヨはその人たちと飲んでたんだ」
そんでハヤが来て、二人がデキてるみたいなことになっちゃったから、そのまま部屋に上がったと。
「デキてるって、どういう……?」
フィカヨが動揺してみんなを見比べる。えーと、どう説明するべきなんだ。
「情報調査すんのに聞き出しやすいシチュを作ったりすんだよ」
シマが簡単にそう言ってタレンを飲んだ。フィカヨはまだなんだか難しい顔をしていた。
黒服は実働部隊って言ってたくらいだから、スパイっつってもフィカヨがそういう諜報活動してた感はないもんな。
「別に調べる必要とかないのに? お告げが来てるわけでもないし」
「まぁ、キヨくんのアレは飲みたいのついでだから」
「タダ酒飲めたからいろいろ話してたみたいに言ってたよ」
俺はさっき途中にしてしまったご飯の続きを食べ始めた。そこでコウがキヨの皿に気づいて渋い顔をした。キヨ、半分も残してるじゃん、上手いこと逃げたな。もったいないからあの肉は俺がいただこう。
「あいつ、酒おごられるように懐入るのホント上手いよな」
「情報収集にも役立つんだろうけど、ある意味目的が明確だよね」
レツが俺のカップに興味津々だったから一口飲ませてあげた。レツの表情がぱあああって明るくなって、こいつの美味しさが伝わったのがわかった。
レツはさっそく立ち上がってカウンターに買いに行く。
「そういえばダーハルシュカって鉱石で有名なの?」
俺がそう言ってみんなを見ると、三人ともきょとんとして俺を見た。
あ、聞く相手間違えたね。そんなこれから初めて行く街の情報なんて、キヨ以外が調べてるはずないんだった。俺は肉を頬張る。
「なんかそんな風に言ってたんだ。だから鉱石狩りがこの辺を拠点にしてるんだって」
三人はやっぱりわからない風に顔を見合わせた。
「鉱石で有名ってどういう状態なんだろね」
「鉱石が集まるってことか? それか鉱脈があるとか」
「でも鉱脈が見つかったんだとしても、それだけで有名になるか? 鉱脈があったら近くに鉱石もあるってわけじゃなさそうだし」
あれ、そうなんだ? イメージ的には近くにありそうだけど。シマはうーんと唸って視線を上げた。
「どうやって鉱石ができるのかわかってないからな。地質とかが関係するんだったら、どういう地形のところにあるとかって予測が立てられるけど、そういうの法則がまったくわかってねぇんだ。だから鉱脈だって偶然にしか見つからない」
そういえばそう言ってたね。簡単には見つからないし、一攫千金だから鉱石狩りがいるんだろうけど。
「あれ、でも鉱石って星の力なんじゃなかったっけ?」
「ペルシが言ってたヤツか? そりゃ魔力を持ってるんだから、星の力だろうな」
ん? あれペルシだっけ? なんか……そういう話を聞いたような気がするんだけど。俺がそう言うとシマもコウも難しい顔で俺を見た。
「もうちょっと、ちゃんとしてから口に出せ」
う、俺がわかってないんだから伝わるわけないけど、もうちょっとこう察しようとしてくれてもいいのに。
俺が唇を尖らせていると、レツが両手で苺のジュースのカップを持って戻ってきた。でもなんだかボンヤリしてる。
「どうかしたか?」
レツはちょっとだけ首を傾げて俺たちを見た。
「お告げが来たみたい?」
……いやなんで疑問形。
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