第15話『安心して。僕、無理矢理とかは絶対しないから』

 俺たちは森を抜けて辿り着いた街道の宿場町に泊まることにした。


 プロイトゥマンと言う山間の宿場町は街道に沿って店が建ち並ぶだけで、奥行きはあんまり無い。それでも街道沿いに広がる畑や牧場のお陰か、食料品はなかなか新鮮なものが揃っていた。モンスターのほとんど出ない森の影響とかもあるのかな。


 諸国を巡るエルフの魔導師がかけてくれる護りの魔法は、小さな村や集落とその近郊の田畑なら街道並みにモンスターが現れないようにしてくれる。

 ただどんな集落にも必ず訪れるわけじゃないし、魔導師とその護りの標を受け入れない所もあるみたいだけど。


 今日のご飯は肉と豆の煮込み。パイみたいなさくさくだけどもっちりした不思議な薄いパンの器に肉と豆の煮込みが入っていて、こくのあるブラウンソースはそのパンに付けても美味しい。

 どうやらこの地方で食べられてるパンで、ヨークシェルというらしい。でもこれゆっくり食べてたらヨークシェルがくたくたになって決壊しそう。


「ダーハルシュカまでって、あとどんくらい?」


 シマは赤いタレンのカップを取りながら言った。キヨはもぐもぐしていた口の中のものを飲み込んでから、タレンのカップに手を伸ばす。


「ざっくり四、五日くらいかな。あとはまた街道離れて山間を抜けてく感じ」

「このまま街道沿いに行けないの?」


 それなりの街なら街道が通ってるはず。すぐ近くまで来てるんだったら、この街道がダーハルシュカまで繋がってたりしないのかな。


「街道はこのまま北上して、別の街道がダーハルシュカに続いてるんだ。だから近道するなら直線距離でこう」

 キヨはいびつな台形と、その底辺みたいな図を書いた。


「近道する必要ある?」

「必要はねぇけど、直行しても街道に囲まれてるお陰でほぼ5レクス内なんだ。だから別に遠回りする必要もないだろ」

「平穏すぎる森のお陰で稼げてないからな」

 シマはそう言って笑う。キヨはチラッと見たけど何も言わずに食事に戻った。


「ここ二人が動けなかったんだから、休めてちょうどよかったよ」

 俺とフィカヨは顔を見合わせる。何だか働けてなくて申し訳ない感じ。

「怪我人は怪我を治すのが仕事だよ」

 ハヤはナイフとフォークで器用にヨークシェルと豆をまとめて上品に食べた。フォークで掬うと逃げてく豆は、あーやって食べればいいのか。


 って言うか、このパーティーの仲間って、戦うのに支障が出る程の怪我したことないんだよな。

 怪我しないわけじゃないけど、ハヤがヴィトにしたみたいに完治までさせないと旅の続行に困るような怪我は見たことがない。


 唯一ヤバそうだったのが滝の竜に会った時だけど、あの時もエリクシールで無理矢理続行してたし、一番ひどい怪我のハズだったレツは無傷で復活していたんだった。


「そうだね、骨折は地味にあったけど、そこは治してたし」

「えっ、誰が?!」


 ハヤは黙ってコウを指さす。コウは「お、」とか言って誤魔化した。

 いやいや今までモンスターに吹っ飛ばされたりしたことはあったけど、骨折してたなんて一度も気づかなかったけど?!


「いちいち喚くかよ」

 コウは怪訝な顔をして肉を口に運んだ。

 シマとレツがやっぱり難しい顔をして「いや骨折は痛いでしょ」「人として喚いていいと思うそこは」とか言ってる。

「力負けしただけだからな」

 コウはやっぱり小さくそう言って、この話は終わりとばかりにタレンを飲んだ。


 コウが吹っ飛ばされたのって、だいたい俺とかを庇ったり助けたりした時なんだよな。ちゃんとモンスターに向いてる時じゃないから、きっと骨折するような怪我になっちゃってたんだ。ハヤはそんなコウを見ていた。


「キヨリンこの後、飲みに出る?」

 ハヤに声を掛けられて、キヨはチラッと視線を上げた。

「ちょっと話があるんだけど」

「……飲みながらじゃダメなのか」

 どうしても飲みたいんだな。ハヤは拗ねるような顔で視線を上げてから、小さく息をついた。


「旅の間、減酒頑張ったからね、じゃあそれでもいいけど」

 えっ、キヨって酒減らしてたのか? 単に荷物の分の酒が無くなっただけかと思ってた。シマは面白そうに笑う。


「キヨの場合、強い酒なら量が減るって訳でもねぇしなー」

「お酒、強いんだ?」

 フィカヨがそう言うと、キヨは小さく肩をすくめて「普通だろ」と言った。

 いや普通じゃないよ異常だよ。


「何だお前さんたち、強い酒がいいならタレンよりいいのがあるぞ」

 テーブルを通りかかったおじさんがそう言って俺たちを見た。

「土地の酒?」

「ああ、この辺はみんなシンを飲んでるんだ。スパイスの香りのクリアな酒だよ」

 シマがチラッとキヨを見ると、キヨは黙って立ち上がった。


 あ、これは買いに行くヤツだな。キヨはおじさんに「飲み方は?」とか聞きながら二人でカウンターへ向かっていった。

 ハヤが小さくため息をつく。


「せっかく減酒したって褒めてたのに」

「キヨはアルコール代謝がいいんだから、あれくらい飲んでも健康ってことで許してやって」

「兄ちゃんがアル中推進してどうすんの」


 レツはシマの頬をげんこつでぐにぐに押した。シマは押されながら「すみません……」と謝る。

 いや、シマじゃなくて飲んでるキヨが責められるべきかと。


「キヨくんがハルさんと旅しないの、それもあると思ったら納得がいくな」

 コウはキレイに平らげた皿にカトラリーを置いた。

 え、もしかしてハルさんがお酒飲むの止めるから? どこまでアル中なんだあの人。


「ハヤ、キヨに話あるって言ってたのに、もう飲み始めちゃったね」

 まぁ、食事の間もタレンは飲んでたけども。飲みながらじゃない方がよかったんだったら、話できなくなっちゃうのかな。


「んー、別にできなくはないけどね、キヨリン酔っぱらわないし。ただ魔法についての話だから、みんなの前でしててもわけわかんないだろうなってだけだよ」


 ハヤは肉とヨークシェルをまとめて、ブラウンソースを載せて食べた。

 コウとは違う意味でキレイな食べ方。フォークで刺すんじゃなくて、フォークに刺さるようにナイフで押すのか……ちょっと練習しよう。


「じゃあ、部屋割り団長とキヨにしとこっか」

「うん、そうして。そしたら酔ったキヨリンにあんなこともこんなこともできるから」

 ニコニコしたハヤに、コウが小さく「酔わないって言ったばっかじゃん」と突っ込んだ。


「フィカヨってあんまり飲まないよね」

 レツはそう言って肉を頬張った。

 フィカヨはちょっとだけ顔を上げてから自分のカップを見る。カップのタレンはそんなに減ってない。


「全然ダメってわけじゃないけど、飲むと鈍るから人と居る時は飲まないように……あ、でもこれからは飲むよ!」

 フィカヨは話題を変えるように慌てて付け加えた。


「じゃあ、フィカヨを酔い潰す会も開催しないとだね」

「そんな会開いたら、最後団長が美味しく頂いちゃうだろ」

「えっ!」


 フィカヨは律儀に驚いてチラッとハヤを見る。ハヤは頬杖を付いて何だか妖艶に笑った。


「初めてを頂けるのはありがたいけど、安心して。僕、無理矢理とかは絶対しないから」

「えー、キヨとかめちゃめちゃ襲ってんじゃん」


 俺がそう言うとレツとシマが同時に吹き出した。

 ハヤは隣から俺の首に腕を回して締め上げ「あれはじゃれてるだけですー」と言った。苦しい放してギブギブ。俺はハヤの腕をべちべち叩いた。


「団長の場合、無理矢理は絶対しないから怖いんだよな」


 シマとレツは面白そうに笑った。

 無理矢理しないのになんで怖いんだろ。説明を求めてコウを見たけど、とぼけて視線を外された。


「っつかキヨ、酒買ってくるだけにしては遅くね?」

「店の人と話でもしてんじゃない?」


 土地の酒なんだったら、飲み方だけじゃなくてどこで買えるかとかも話してそうだよな。そしたらまた酒の荷物が増えちゃうってことか。


「まぁ、非常識なレベルで買わないんだったら別にいいけど」

 コウはタレンのカップに口を付ける。

 非常識かどうかは飲むレベルによるんだから、キヨの常識が非常識でない可能性は低いような。


「ちょっと、偵察に行ってきて」

 ハヤがそう言って俺を促した。えー、何で俺ー?

「大人が見に行って止めたら営業妨害で印象よくないじゃん。その辺子どもなら『子どもに言われちゃ敵わない』ってなるかもだし」


 ほらほらと追い立てられて、俺はナイフとフォークを置いて立ち上がった。っていうか子どもじゃねぇし!


「じゃあこれで好きなの買っていいから」

 ハヤは俺に金を握らせると「いってらっしゃい」と手を振った。

 もー、しょうがないなぁ。


 俺はしぶしぶテーブルを離れてカウンターへ向かった。

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