第2章 ダーハルシュカ

第14話『それはお前の自由だからな』

「お疲れ、寝ていいぞ」


 コウは毛布を肩に掛けたまま焚き火に近づくと、小さな枝を焚き火に放り込んだ。


 俺はフィカヨと顔を見合わせる。

 怪我人だから見張りはいいって言われてるのだけど、二人ともハヤに治してもらっていたから普通に見張り当番もこなしていた。ただ一応怪我人二人はまとめてってことになってる。


 森に入ってから一週間。キヨが言うにはもうすぐ森を抜けるらしい。モンスターとの遭遇はほとんどないから全然稼げないんだけど、どっちにしろ俺とフィカヨは戦えないし、旅の間はお金使わないんで困らないもんな。

 これだけモンスターが少ないんだからたぶんどこかにエルフの街があるんじゃないかって気がするけど、未だに行き当たる事はできなかった。


 俺は立ち上がってベンチにしていた丸太の後ろに毛布を広げた。

 フィカヨは肩に掛けていた毛布を引っ張り上げようとして、痛みに少し顔をしかめた。コウはチラッと見て少し笑う。

「お前も災難だったな、こんなのに巻き込まれて」

 フィカヨは黙ったまま首を振った。


「むしろ、よかったと思ってる。あんな……圧倒的な存在がいるって知れただけでも。俺たちはツェルダカルテに、人にケンカを売って勝てるつもりでいたけれど、この世界じゃ人間って弱い方の存在なんだよな。

 人間同士のケンカだから平等にチャンスがある気がしてたんだけど、人が太刀打ちできない存在に割って入られたら詰むって、何で気づかなかったんだろ」


 ウトラタジャが貧しいのはモンスターから身を守る術に乏しいからだから、その時点でモンスターを何とかする方法を考えた方がいいはずだしね。

「そういう環境だったからだろ、しょうがねぇよ」

 フィカヨは簡単にそういうコウを、何となく眩しげに見た。


「……なぁ、俺は異国のスパイで暗殺者だった。そんなのが、この国選んだからって簡単に信用して一緒に旅をするなんて、どうしたらそんな事ができるんだ?」


 コウはちょっとだけ首を傾げて俺を見た。

 いや、なんでこんな話になってるのかって意味だったら、俺もわかんないよ? そんな話してなかったし、何で今更そんな話を蒸し返すのかって気はしてる。

 フィカヨはちょっと俯くように焚き火に向いた。


「……この国には竜がいるから、実はスパイの俺を嵌めるためにここまで連れてきたとか、」

「そんなことするわけないよ!」

 俺は驚いて声を上げた。

 ヤバ、みんな起きちゃう。両手で口を塞ぐと、コウはちょっとだけ咎める顔で俺を見た。それからそっと薪を取って火にくべる。


「……理不尽は理不尽だからな、そういう風に恨んでも仕方ねぇ」

「でもそれなら竜から助けて傷を治したりするわけないじゃん。みんなで助けたのに」

 俺が同意を得ようとコウを見たら、コウはとぼけた顔をして「俺は助けになってないからな」と言った。そうかもしれないけどそういう話じゃなくって!

 コウはそれから、考えるように視線を上げた。


「シマさんは選ぶ時のお前らを真正面から見ていた。それで受け入れたんだから、その決断にはウソがないって信じられる。お前らに信用があったわけじゃなくて悪いけど」

 コウは小さく肩をすくめた。フィカヨは焚き火に視線を落として「そっか」と呟いた。


「ただその気持ちが揺らぐのは、俺たちがどうこうできるもんじゃねぇ。それはお前の自由だからな」


 フィカヨは少しだけ、拗ねるように顔をしかめた。


 俺たちに不信感を抱くのも、フィカヨの自由……なんだな。ちょっと寂しいけど、そういうのも認めないと自由とは言えないんだ。

 コウはぼんやりフィカヨを見ながら小さく「もし……」と呟いた。


「もしフィカヨがそんな風に揺らいで俺たちの寝首をかこうとしたら、最初に手に掛けるのはキヨくんだろう。身一つで対抗する俺たちならお前の敵じゃないが、確実に仕留めておかないと手こずるのがわかってる黒魔術師だ」

 フィカヨは何となく乗り気がしないような顔で、それでも頷いた。

「だから、大丈夫なんだ」


 コウがそう言ったので、俺は思わず吹き出した。フィカヨは怪訝な顔で首を傾げ「強いってこと?」と聞いた。

「違う違う。寝起き最悪で無理に起こされると、寝惚けたまま仲間でも魔法攻撃するんだ」

 でもこれ見たこと無いと、普段のキヨからは想像つかないよな。俺の説明にフィカヨはさらに怪訝な顔をした。


「それなら先に他のヤツに手をかけて起きたところでキヨくんをって思ったか? そんなことしたらキヨくん絶対止められないから、肉片も残らないようなられ方するはずだ。覚悟しといた方がいい」


 コウは面白そうにそう言った。かなり怖い事言ってるけど、全然ウソじゃないよな。そういえばフィカヨたちはキヨの逆鱗に触れたことがあるんじゃん。

 フィカヨ一人でもあんなに強いのに、全員キヨの前から逃げたんだ。あの闇魔法、レツが止めなかったらあのまま黒服全員殲滅してたかもしれない。

「……信用あるんだな」

 フィカヨは焚き火を見たままぽつりと言った。コウは苦笑して「信用か」と言った。


「キヨくんが仲間に手を出されたらキレるのはみんな知ってる。そりゃみんなキレるけど、普段からふざけてない分社会的常識的な事すっ飛ばしてブチ切れるからキヨくんが一番タチが悪く見える。俺たちみんなそれで気分がいいんだ。

 ただずっとそう思われるためには、同じもんを返してるって自信が必要だ。だからこれは……信用じゃねぇな」


 フィカヨは少しだけわからないような顔をしてコウを見ていた。でもコウはその先を言わずに、焚き火に小さな枝をくべた。


「それに俺たちは勇者一行だ、お告げを受けて人を助ける旅をしている。お告げを受ける勇者はあのレツくんだ。お告げなんか無くたって、人に優しくしたい人だ。俺たちはたぶん、レツくんの性善説に乗っかっていたいんだよ」

「キヨが乗っかってるとは思えないけども」

 あんなに疑り深いのに。俺がそう言うと、コウは少しだけ面白そうに笑った。


「たぶん一番レツくんの優しさに頼ってんのは、キヨくんかもしれないなぁ」


 キヨがレツを頼る? 逆ならわかるけど、キヨが誰かに頼るとかあんまりありそうにない気がするのに。

「その勇者って、みんななりたかったのか?」

 面と向かってそう聞かれて、コウはチラッと俺を見てからフィカヨに視線を戻した。


「いや、俺は……真逆を行ってたから。助けるつもりはあったと思う。任務を全うすれば国を助けられるんだと信じてたし。ただ……動機はツェルダカルテへの謂われのない恨みだったんだけど。

 でも恨みならモチベ保つのは容易じゃん? それを……見返りもなく助けたいだけで、あんな風にできるのかなって」


 フィカヨは、竜と相対していた時のレツを見ていたのかな。丸腰で俺たちを守るために竜の前に剣を手放したレツ。

 コウは何となく反応を見るように俺を見た。


 俺は勇者になりたいから、旅に参加する前は勇者の旅を断るなんてあり得ないって思ってたけど、モンスターを倒して地道にゴールドを稼いで働いた今ならわかる。

 冒険者として普通に仕事をしている立場だったら、仕事に加えて人助けのお告げをクリアしていかなきゃならないのって……たぶん余計な厄介事だ。


 勇者の印が現れたら、働かなくてもよくなるわけじゃない。それなのに生きていくのに必要な仕事だけじゃなくて、突発的に課せられるお告げをクリアして人助けしながら旅をしなきゃならない。冷たい言い方をすれば、かなりの物好きだ。

 それって……フィカヨの言う通り、簡単なことじゃない。


「あいつは見習いになるくらいだからな、何か違うモチベがあるんだろう。俺たちは……レツくんがやるって言ったからだよ」


 レツが勇者になって旅をしなきゃならないってなった時、レツは最初から絶対この五人でパーティーを組むって決めていた。それを結局みんな飲んだのだ。

 だから冒険者として一人前に働いていた彼らが勇者のパーティーに加わったのは、レツがやるって決めたからなんだ。

 フィカヨは黙って俺を見た。答えを期待されてる。


「俺は……勇者は、憧れの存在なんだ。無敵のパーティーでモンスターを倒して、お告げをクリアして人々に感謝される、その中心にいるのが勇者だ。子どもはみんな憧れる。だから俺は、勇者見習いになったんだ」


 フィカヨは視線だけでチラッとコウを見た。コウはなんだか穏やかに笑っていた。


「でも、勇者が憧れの存在だったのは、勇者のこと何も知らなかったからなんだ」


 フィカヨはちょっとだけ怪訝な顔をした。


 俺たちは、勇者が本当にどんな働きをしているのか誰も知らなかった。だから勝手に勇者のイメージを作って憧れていた。

 大筋は間違ってないと思う、でも彼らは特別なんかじゃない。


「俺たちが何も知らないまま作ったイメージが、あまりにも英雄だから勇者に憧れてた。でもそんなことなかったんだ。勇者って……俺たちと変わらない、ただの人間なんだ」


 憧れた俺たちが作った勇者のイメージが英雄過ぎる理由。それは勇者のやることは英雄なのに、誰も詳細を知らないからだ。


 勇者は人を助けても、それを自ら声高に宣言しない。印を見せてもらえれば勇者だとわかるから、助けてもらった人は覚えてるかもしれない。

 でもどこの勇者がこの問題を解決したとかは聞いたことがない。お告げが小さくても大きくても、勇者は人を助けるためにクリアしていくだけで、クリアしたことを誰かに報告したりしない。

 生きていくために働くことの上に、誰かの助けになるお告げをクリアする事を自らに課した普通の人が、勇者だったんだ。


 それにレツは何も特別じゃなかった。冒険者として働いてなかったし、レベルも0だった。それでも勇者に選ばれて、誰かを助けたくて頑張る。

 助けようと思ったら、あんな風に竜の前に剣を手放すことだってする。


「だから……俺は勇者になりたい。人を助けて無名のままいる、勇者に」


 俺はたぶん、フィカヨみたいに厳しい環境で育っていない。貧乏集落出身ではあるけど親だって健在だったし、何だかんだで飢えても家族を失うまではなかった。

 恨みや反骨心だけをモチベにはする事はないし、だから甘いんだって言われたらそれまでだ。


 でもレツたちとの旅に参加して、当初の憧れてた勇者像はなくなっちゃったけど、それとは違うホントの勇者になりたいって心から思う。

 誰に知られなくても、人を助けられる人間になりたい。


 フィカヨは、ちょっとだけ考えるように視線を彷徨わせていた。それから小さく「そっか」と呟いた。


「ほら、お前らもう寝ろよ。怪我に響くだろ」


 コウはそう言ってもう一本枝を焚き火にくべた。

 俺は広げた毛布の下に潜り込んだ。焚き火に当たっていたから毛布が温かい。ぬくぬく幸せですぐに眠気が襲ってきた。フィカヨも「おやすみ」と言って焚き火を離れたみたいだった。


「……子どもの成長は早ぇな」


 焚き火のはぜる音に混じってコウが何か言ったみたいだったけど、眠気に負けてよく聞こえなかった。

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