第13話『……やっぱあの時捨てときゃよかった』

「……あ! あぁー、あ?」


 シマだけでなく、コウとハヤも驚いた顔をした。

 うん、まさかそこへ繋がるとは思わないよな。あの時、俺たちがエルフの街で解放した黒い霧の存在。


「彼女も地竜を探してたみたい。地竜は彼女を迎え入れるためにゲートを作ったんだけど、待ちすぎて忘れちゃってたんだね」

「お前、あの子の言葉わかったのか?」


 シマの言葉にレツはふわふわと左右に首を傾けた。

「何か、そう言ってるなーってのが感じられたってくらい」

 キヨはシマの視線を受けて「俺は団長と一緒」と言った。


 そしたらやっぱり大人には通じない言葉だったのか。

 彼女の微笑みが、あの時とは違ってきちんと心が通っている感じだったから、もうレツにも通じてるのかと思ったのに。そういえばレツは彼女の言葉に返してはいなかった。いや、俺が子どもってわけじゃないけど。


 地竜が忘れたことで閉じてしまった悪い環をレツが断ち切ったから、地竜を探していた彼女は竜の居場所を見つけることができた。たぶん、レツじゃなかったらできなかったこと。


 だいたい環を断ち切るってどういうことなんだろう。それに圧倒的な竜の前に剣を手放すなんて普通はできない。

 ……そういえば、前の時もレツは剣を手放していた。勝てない相手を前にしても、レツはすべきことに揺るがない。


「キヨくん、わかっててレツくん引き留めたの?」

 シマたちと戻ろうとするのを引き留めたのかな。キヨはちょっとだけ難しい顔をして視線を上げた。

「太古の魔法の目的まではわかってねぇよ。ただ術が古すぎるから、対抗できるならレツかなとは思った」


 レツの剣はときどき不思議な力を持つ。

 レツ自身は不思議に思ってないみたいだけど、俺がどんなに鍛えてレベルを上げても、あんな風にエルフの魔法を切ったり、太古のいましめを断ち切るとかできない気がする。


「そういえばキヨリン、この森の名前気にしてたのって何で?」

 ハヤはお茶のお代わりを注ぐと、まだベスメルを飲もうとするキヨを邪魔するように押しつけた。無言でお茶にしろと訴える。キヨはしぶしぶカップを取った。


「ニルデルヴォケート。別に大したことじゃねーけど、5レクス外で本来誰も近づけないハズの森に名前が付いてるなんて、そうそうあることじゃないだろ」


 俺たちはちょっとだけ驚いて顔を見合わせた。それは確かに。

 誰かが利用する場所なら名前が付いてるけど、この森は5レクスの外、普通なら冒険者だって近づけない場所だ。

 連なる山脈ならひとまとめに名前が付いてることはあるけど、5レクス外となると誰も入ることのない森に名前が付いていることはまずない。


「5レクス後も風化していない名前があるってことは、何らかの謂われとかあんのかなーと思って」


 そしたらキヨには地竜がいたことも納得だったのかな。

 どれほど前にこの森に名前が付いたのかわからないけど、それは5レクスの結界が張られるよりも前なのだ。「そう思ったら迂回しようとか考えないの」とコウに突っ込まれてキヨは笑っていた。


「でもそんな謂われのありそうな森だったら、この件だってお告げに出てもおかしくなかったのにね」

 レツは俺を見て小さく肩をすくめた。地竜が現れた人を食べちゃってたんだったら、それを止めるのは人助けになりそうなのに。

「5レクス外だからな」

 キヨは何でもない事のように言った。

 ……あ、そっか。5レクス外だと勇者くらいしかこの森に来る人はいないのか。そしたら人助けになるわけじゃないってことなのかな。


「でもそしたら何でフィカヨがそのゲートで飛んだんだ? 俺たちは何もなかったのに」

 シマはみんなを見回した。キヨは俺を見る。

「お前、地竜と何か話したか?」

 話したっていうか、何か言われたような……久しく見てない人間が二匹現れたって言われて、それから、


「『人を知らぬ者なら楽しめる』みたいな感じの事を」


 俺がそう言うと、キヨはやっぱりって顔で頷いた。

 途端にレツがブフって噴いた。シマに「お前聞いてた?」と聞かれてレツは小さく頷く。


「たぶん何らかの純粋な存在なんだ、あの少女は。それを抽出するための指定があって、それに引っかかるヤツがゲート踏むと飛ぶ」

「なんでそれがフィカヨなんだ?」


 全然話が繋がってない気がするんだけど。

 すると突然ハヤが吹き出して、シマが笑いを堪えながら「マジか」と言った。コウも「あー……」とか言ってる。

 意味がわからなくてフィカヨを見たら、何だか複雑そうな顔をしていた。ちょ、どういうこと?!

 キヨはチラッとコウを伺いつつ、にやりと笑って俺を見た。


「だからフィカヨが飛ばされたのは、童貞だからだよ」

「ど……!」


 え、えええええ! それ……人を知らぬ者って、そういう意味?!

 じゃあ竜に違うって言われてキヨが人生経験豊富って言ったのは……!!


 みんな足を踏み鳴らしたりして絶句した俺に爆笑している。俺は赤くなった顔を隠すように伏せてスープを食べるのに集中した。


「……やっぱあの時捨てときゃよかった」


 フィカヨがぼそっと呟いたので、みんなはさらに盛大に爆笑した。だからそれ失礼にならないのかよっていう!


「いやもうここまで来たら、最高の経験にしないとダメってことだって!」

 シマがフィカヨの肩を叩いたので、フィカヨは「いって!」と声を上げた。シマは慌てて謝っていたけど、フィカヨは笑って「うそうそ」と言っている。


「でもそれだとお子様飛ばされなかったのがおかしくない?」

 キヨはぼんやりお茶を飲みながら首を傾げた。

「コウに言われてすぐポイントずらしたからか、団長が捕まえてたんでピュアさが消されてたか、フィカヨで満足してる最中だったからとかじゃね?」

 ハヤが無言でキヨにツッコミを入れる。


「ちょ、そう言うと竜に奪われてたっぽいけど」

「めっちゃ激しそうだなそれ」

「擬人化したら相当なイケメンっぽさはあった」

「でも数千歳のジジィじゃん」

「いや同意がない時点でアウトだから」


 この人たちまたそういう話にして……俺はチラッとフィカヨを見た。


「あの時本気で死を覚悟したってのに、そんな冗談になるわけないだろ」

「勝手に覚悟すんなよ、ちゃんと助けただろ」


 あんまり簡単に言うから、俺は思わず眉間に皺を寄せてキヨを見た。

 そりゃひどい怪我を負ったけど命を落とさずに助けられたし、今はフィカヨだって普通にお茶飲んでられてるけど、実際あの時はギリギリだった。

 怪我はいつだってハヤが治してくれるから軽く考えがちだけど、そういうの全部含め運がよかったのもあるし……


「ま、諦めてはなかったな」


 シマはお茶を飲みながらそう言った。諦めて……

 俺は顔を上げた。


 あの時、俺が落ちた隙間は完全に崩されていた。コウたちだって危険だったはず。

 それでも、そんな攻撃をした存在がいるにも関わらず、あれだけの時間で別のルートを見つけて下りてきてくれた。


「二人とも無事だし、結果オーライだよねー」


 レツはそう言ってふにゃーって笑った。


 レツはまた竜の前に丸腰で立ちふさがった。

 あれはレツがすべき事に揺るがないからだけど、それって竜に気づかせるためだけじゃない、俺たち二人を助けるためでもあったんだ。

 丸腰で、剣を捨てて、あの圧倒的な存在の前に立てるのか? 仲間を守るために?


 ……俺はもっと、仲間を信じなきゃだめだ。あの時もそう思ったはずなのに、また忘れてる。

 圧倒的な敵はいくらでもいる。それでも仲間を信じて立てなきゃだめだ。俺はいろんな思いを飲み込むようにお茶を飲んだ。


「そしたら、フィカヨの初めてを最高のものにするために、好みを聞いておかないとだね」


 レツがにこにこしてそう言った。どこからどうしてそうなった?!

「えっ!」

「あー聞いておけば、タイプの子見つけたらすぐ知らせられるもんな」

 シマがそう言うと、キヨは何も言われてないのにシマに向かってベスメルのフラスクを投げた。シマは見もしないでキャッチすると、フィカヨのお茶のカップにベスメルを垂らす。

「こら! 怪我人に酒飲ますんじゃない!」

 ハヤに怒られて、シマは唇を尖らせて拗ねたような顔をした。


「……素面で語らせるとか団長も意地悪だな」

「好みのタイプくらい酒なんか無くても語れるでしょー?」

「こっち未経験だよ、そこは語りやすいシチュ作ってあげないと」

「何言っても酒の所為せいにできるようにか」

「どこまで掘り下げる気」

「ちょ、俺、語るとか言ってないけど?!」


 赤くなってやたら慌てるフィカヨにみんな笑っていた。

 明るく笑う声が夜の森に響く。


 ……もしかしてフィカヨのタイプって、誰か心当たりがあるのかな。

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