第12話『俺がシないと満足しなくなったら困るだろ』

「気がついた?」


 俺が目を開けるとハヤが覗き込んでいた。

 それから何だかぽかぽか温かい空気に包まれた。これは、ハヤの魔法? ぼんやりとした視界に温かな光の粒が飛んでいる。


「ん、問題なし。あとは怪我が治れば大丈夫」

 俺は左腕をそっと上げてみた。包帯が巻かれている。

「服は裂けちゃってたし、血がすごかったから浄化して包帯に使っちゃったよ。怪我は完全には治してない。そっから先は自分で治して」


 ハヤはいつだって、怪我のすべてを魔法で治したりしない。人間が自分で治せるレベルの傷は、人間の体に任せるって言う。

「フィカヨは」

 ハヤはチラッと視線を動かしたから、俺は体を起こした。

 途端に背中にすごい痛みを感じた。っつー……俺は痛みに動きを止めた。


「あー、そっち結構深かったんだよね。もうちょっと治そうか」

 足と腕は使うからそこそこ治したんだけどと、ハヤは言いながら俺に手を翳す。俺はハヤの手を取って止めた。

「俺はいいよ、フィカヨは大丈夫なの?」

「見習いも大概僕のことバカにしてるよね、僕が居るのに大丈夫じゃないわけないでしょー」

 ハヤは俺の額を指先でつついた。


 命を落としていなければ、絶対にハヤが治してくれる。

 その信用はあるけど、あの時のフィカヨは本当にギリギリだった。俺はなんとか体を起こしてハヤの視線の先を見た。


 フィカヨは座ってコウに渡されたスープを飲んでいた。

 あんなにすごい傷だったのに、もう普通に座っていられるなんて! フィカヨは俺に気づいて少しだけ笑った。肩に掛けた毛布から覗く腕に包帯が巻かれている。


「さすがに厳しい訓練してきただけのことはあるね。急所は確実に外してたし、アレだけの攻撃されながら内臓だけは守りきってた。まぁ出血多量なのはヤバかったけど、運良くキヨリンが回復魔法だけは使えたから」


 ハヤは言いながら俺の背中を魔法で治療していた。背中がぽかぽかする。

 コウが焚き火を回って俺たちに近づいてきて、それから俺にボウルを差し出した。

「食えるか?」

 うん。俺は頷いてボウルを受け取った。

 温かい……俺は顔の前にボウルを持ってきて、美味しい匂いを堪能した。すごく、生きてるって感じがする。俺はスプーンを取った。


「さて、そしたらどういうことなのか説明してもらおうかな」

 ハヤは焚き火に向かって座る。

 俺は体を起こしたまま彼らの方を見た。温かいタマネギのスープには、細かくした干し肉と卵とにんにくとチーズが入っていた。

「なんでキヨとレツがあそこに居たんだ?」

 キヨはチラッと俺を見た。それからコウを見る。コウは小さくため息をついた。


「お前が落ちた後、俺は洞窟の入口に戻ってシマさんとレツくんに団長を呼びに行ってもらったんだ。俺だけすぐ戻ることもできたけど、それだとあの隙間にみんなを連れて行けないから、俺は洞窟の入口で待ってた。そしたらシマさんが団長連れて戻ってきた」


 そっか、俺を助けるために戻ったコウはシマたちを連れて戻ってくるんじゃなくて、ハヤを呼びに行かなきゃならなかったんだ。シマは頷いた。


「必要なのは怪我治せる団長と、見習いを引っ張り上げる人手だからな」

 コウは鍋を取ってお茶を入れる。もうみんなはご飯終わってるんだな。

「隙間から声を掛けたけど、お前は下に居なかった。下の様子はわかんねぇから、もしかしたらモンスターが居たのかもしれないし、そう思って下へのルートを探そうとしていたら、唐突に岩場が崩れて落ちた」


 地竜が攻撃した時、やっぱりあそこにみんないたんだ。巻き込まれなくてよかった。

 コウはお茶を俺に回した。俺はまだ腕を伸ばせなかったから、コウが立ってお茶を持ってきてくれた。


「マジでビビったっつの。何かヤな魔法の気配すると思ったらいきなりだもん。それで隙間は埋まっちゃったから、とにかく別のルートを探して下へ下りたってわけ。だからこっちは何が起こったのかもわかんないし、何で一緒に来なかったキヨリンたちがあそこにいたのかもわかんないんだってば」


 ハヤは隣のキヨの頬をつねろうとした。キヨは「やめろ」とか言いながら逃げる。

「そういえば、俺たちが通りかかった時も何か魔法で探ってたじゃん」

 シマはそう言ってお茶のカップに口を付ける。


 ハヤの手を取っていたし、あれまた知覚する魔法とか使ってたんじゃないかな。

 キヨはフラスクから一口ベスメルを飲んだ。ラトゥスプラジャで手に入れた金属製のお酒入れ。


「鉱脈だけでフィカヨが移動するとは思ってなかった。魔力が変な風に働くんだとしても、何らかのルールが無いとおかしい。だからそれを探ってたんだ。単なる移動の魔法だったら、どこに飛ばされるかはわからないからな」


 絶望的だろとキヨは言って肩をすくめた。

 キヨだって前に、普通に移動したら半日分の距離を飛んだことがある。もしそんな距離を飛ばされたんだったら、そう簡単にはフィカヨは見つからなくなってしまう。


「俺の感知じゃたかが知れてるから、団長が感知するのを俺が知覚する方法をとって探ってたんだ」

「団長の中に入るんじゃなかったんだ?」

 レツが言うと途端にシマがブフって吹き出した。


「俺がシないと満足しなくなったら困るだろ」


 キヨが目を細めてそう言うとシマとレツは面白そうに笑い、コウは眉間に皺を寄せた。 ん? 何の話だ?

 ハヤは「自分で見る魔法陣くらい自分で敷けますー!」と言ってキヨの肩を押した。だよね、今その話してたんだよね。ウケる要素どこだ。


「そんで、何が見つかったんだ?」

 キヨは指先で呼ぶシマにベスメルのフラスクを焚き火越しに投げた。シマはフラスクをキャッチして、お茶のカップにベスメルを垂らす。


「人間の歴史以前の魔法文字」

「そんなに前?!」

 シマは勢いよく背筋を伸ばしたので、カップのお茶がこぼれて慌てて避けた。


「あれこそ古代魔法文字だな、構成は荒っぽいけど術としては強力で際限がない魔法があの場所に作用するようになってた。普通魔術師が勉強してんのはエルフの魔法文字だから、練った時の形がもっと洗練されてて違うんだけど、似たもので判断すると特定の誰かをある場所に招き入れるような魔法だった」


 キヨは話しながら、シマからベスメルのフラスクを返してもらうように指で呼んだ。シマはもう少しお茶にベスメルを垂らしてから、キヨに投げ返した。


「キヨリン、そんな文字よく読めたね」

 ハヤが呆れたように言ってお茶のカップに口を付けた。あれ、ハヤの感知魔法だったんだから、ハヤが見てたんじゃないの?

「僕が見た時には魔法文字なんて無かったよ」

「じゃあキヨくん、団長連れてった後に見たの?」

 魔法文字だったら、魔力があるからハヤの感知魔法に引っかからないハズないだろうし。


「いや、団長と一緒に見たものだよ。団長は文字だと思わなかったんだ」

 俺たちはみんな揃って首を傾げた。ふと見てみたら、フィカヨも首を傾げていた。キヨは揃った俺たちを見て笑う。キヨはチラッとハヤを見た。


「文字だと思わなかったけど、不自然だとは思っただろ?」


 ハヤは一瞬あとに、小さく「ぁ……」と言った。

「鉱脈?!」

 キヨは面白そうに笑って頷いた。


「不自然……あー……あー確かに……」

「鉱脈に見えた固まりそのものが魔法文字を形作っていたんだ、見る角度によるんだけど。それを等間隔に配置して中心部をゲートにしてる。行き先を示す箇所がわかったから、俺はレツと一緒にその魔法文字使ってそこへ飛んだだけ」


 なるほど、そしたら行き先はフィカヨと同じなんだから、フィカヨがいたあの場所に現れるよな。それにしてもギリギリのタイミングだったけど。


「飛んだら飛んだでいきなり地竜がいるし、あーなるほどと」

 キヨが簡単にそう言うと、竜を見てない三人が苦い顔をした。

「なるほどで済まない状況だったと思うんだけど」


 ハヤはそう言ってフィカヨを見た。怪我の状態からシャレにならないってのはわかるもんな。

 フィカヨはみんなの視線を受けて、ちょっとだけ小さくなっている。


「なんか、唐突にあの空間にいたんだ。真っ暗だしとりあえず手探りで出口探してたら、あの竜がいて……竜なんて初めて見た」


 この国には結構いるのか? と聞くフィカヨに、コウが難しい顔をして「俺は見た事ねぇよ」と言った。

 そういえばコウは前の時もいなかったっけ。いやでも一生竜に会わない方が大多数だと思うけどね……


「にしてもさすがだな、竜とやり合ってアレだけの時間命落とさずにいられたってのが」

「俺の戦い方が近距離向きだったからだけだよ。どっちにしろ竜は遊んでただけだし、動けなくなってからは飽きちゃったのか勝手に死ぬまで放置されてたんだ」


 ホールの真ん中で倒れていたフィカヨ。

 そういえば地竜は俺のことも、とどめを刺すような事はしなかった。あれって理由はあったのかな。


「でも結局その魔法で呼び込んでた人間以前の存在って、何だったの?」


 ハヤはキヨを見たけど、キヨはそのまま視線をレツに向けた。

「俺よりシマのがよく知る存在だよね」

 レツがそう言うと、シマはきょとんとして自分を指さした。

 自由にしたのはレツだけど、彼女を解放したのはシマの言葉だ。


「あのエルフの街に、囚われていたあの子だよ」

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