第8話『モンスターって人捕まえたら、やっぱバクバク食べちゃうの?』
「何で来た道戻るんだ?」
森に入ってきた方向だったら来る途中に見てるんだから、地下への入口なんて無かったと思うんだけど。
シマは俺をチラッと見てそれからちょっとだけ笑った。
「エルフの街がこのにあってモンスターの脅威がないんだったら、俺の友達を無理矢理呼ぶわけにいかねぇからな」
シマは歩きながら長い指笛を鳴らした。
そっか、モンスターはエルフの街には近づかないから、もし森深くへ行くんだったらシマのモンスターたちは寄りつけなくなっちゃうのか。
「エルフの街に近づいたら、モンスターには影響があるの?」
「いやー、たぶん倦厭みたいなもんなんだろうな。エルフの方が上位の存在だから、畏れ多くて近づかないみたいな。たぶん最初から負けるとわかってる戦いはしないんだろ」
そしたら、近づきたくないけど近づいたからってモンスターに悪い影響があるわけじゃないのか。
いや普通のモンスターだったら、悪い影響出ても俺たちは困らないんだけど。むしろありがたいんだけど。
「シマさん、動物だってだいたい操れるのに」
「モンスターのが知能も身体能力もずっと上なんだよ。その辺のウサギにキャンプの方角を教えてもらうとかできないって。それに大前提として、その辺の動物は人に近づかない」
あ、そっか。根気よく近づいて操ることはできなくないけど、動物とモンスターの最大の違いは、自ら人間に近づくかどうかだ。モンスター的には、人間はまずご飯だから近づいて来る。
森の入口が近づいて来て、その外辺りにカラスほどの大きさの鳥が降りたっていた。あ、呼んだのって今日手懐けた赤い山猫じゃないんだな。
黒にも見える深い紺色のモンスター。眼が赤くて見た目がやたら格好いい。
羽がカミソリだったり爪がすごかったりするわけじゃないけど、不思議な鳴き声で俺たちの攻撃を逸らすからいつまでたっても倒せないヤツだ。
モンスターはシマを見つけて、何だか嬉しそうに鳴きながら飛んできた。シマは厚い革手袋をした手に留まらせる。俺たちは離れて見守った。
「……モンスターって人捕まえたら、やっぱバクバク食べちゃうの?」
レツはなんだかもじもじしながら聞いた。
あれ、知らないの? ……ってそうか、レツって街から出ないで暮らしていたし、冒険の旅もこれしか知らないから、人がモンスターに襲われるところを見たことがないんだ。
俺はチラッとコウを見た。コウも何となく俺を見る。これ聞いたのって、シマに聞けないからなのかな。
「完全に抵抗しなくなってから食うんだよ。捕まえたらすぐ食ったりしない」
「そうなの?!」
モンスターは強いしデカいのも多いから人だって頭から食べられそうだけど、必ず動けなくなってから食べる。逆に言えば、抵抗すれば逃げられる事もある。
だから俺の村にも片腕や片足が無かったり、ひどい怪我を負っても生き延びた人は結構普通にいた。諦めてしまわなければ、逃げ切ることはできるのだ。
「モンスターはモンスターを襲って食べるけど、動物は食わない。家畜と人がいたら、人に行くからな」
レツは驚いた顔で「へー」と言った。
まぁ、家畜を狙う動物はいるから、家畜が安全なわけじゃないけどね。
「あとモンスターに食われた後は、人は光の粒になるんだ」
だから熊に襲われたら惨劇が残るけど、モンスターに食われたら何も残らない。
襲われた時に出血したりするだろうから血の跡は残るけど、食われた体は光の粒になって消えてしまうから遺体の一部でも残る事はない。
だからギルドに定期登録が行われない、行方不明の冒険者の遺体が見つからない場合はモンスターに食われたんだってことになる。
ただ大事な人を失った場合は、遺体がないからどこかで生きてるって思いがちだけど。
「あれがあるから、モンスターは肉としてっていうより、魔力を吸収するために人を襲うって考えられてるんだ。モンスターに食われることで魔力を失うから循環しない存在になるっていう。まぁ、その辺はまだ研究途中でよくわかってねぇんだけど」
シマは鳥モンスターを放して、そう言いながら近づいて来た。あ、聞こえちゃってたのか。
「俺なんか魔術師適性無いってのに、何か納得いかない」
俺がそう言うと、シマはちょっとだけ笑った。
「同じ魔法の存在だとしたら、モンスターに食われてあいつらと同じく光の粒になる方が自然な気もするけどな」
シマの言葉に、レツが唇を尖らせて上着を引っ張った。
シマはこんな風に時々、人よりモンスターに寄り添った事を言う。
でも人間が普通に死んだ時は遺体を残すけどモンスターに食べられたら光の粒になるのは、モンスターの死に方が二通りあるのと同じだ。そしたら光の粒になるのは自然な事なのかな。
でもモンスターが光の粒になるのは、循環しないからなんだっけ。
循環しないのは毒とか何かあるからではって話だったけど、それもまだ判明してない事なんだよな。何だか不思議。
「さて、そしたら少しずらしてキャンプに戻る感じで探すか。あの子が森から入って来なかったところを見ても、たぶんこの辺がすでにエルフの影響下にありそうだからそれほど危険はなさそうだけど、一応離れすぎないように」
俺たちは頷いて、シマについて歩いてきた道より南側に逸れた。それからお互いに離れて、辺りを探しながら歩く。
「地下への入口って、どんなもんなんだ?」
コウは棍を肩に掛けたまま首を傾げる。
「まぁ、この辺まだ丘陵地の森だからな……山とかだったら洞窟とかあるけど、平らなところじゃ、地表の割れ目とか?」
地面の割れ目から地下に入れるのか。っていうか、その不自然が鉱脈が地下にあったとして、そこへ至る洞窟があったりするのかな。鉱石探すのに穴掘ったりするなら、不自然な鉱脈だって埋まってるんじゃないのか?
「でもキヨが探してって言うんだから、何かあるんじゃない?」
レツは長めの枝を拾って下草を分けながら歩いていた。そんな草の影に地下への入口があるとは思えないけど。
あんまり離れすぎるとモンスターが現れた時に駆けつけられないけど、固まって歩いていても一キロ円内をくまなく見て回れない。
シマ、レツ、俺、コウの順に左右に広がって歩く。やがて進行方向にキヨとハヤが見えてきた。やっぱりこっち側には何もなかったな。
「おかえり」
ハヤはやっぱりキヨに片手を取られたまま、こっちに声をかけた。
キヨは集中してるのか、難しい顔をして首を傾げている。あれってまたハヤの知覚を共有してるってヤツなのかな。
「このルート上には何もないな。このまま逆へ行ってみる」
シマがそう言って通り過ぎると、キヨは「ん」と言って片手を挙げた。
俺たちは二人を通り過ぎて、さらに西へと進んだ。これ、さっきと違ってどこまで行ったら折り返し地点かわかんないな。
「そのためのさっきの子だよ。上から教えてくれるから」
木々の間から空を見上げると、上空を飛ぶ黒い影が見えた。ホント、シマのモンスターはみんな頭がいいなぁ。
「でもなんか……ずっと同じ森だね」
レツは立ち止まって周りを見回した。
森なんて、だいたいどこもちょっと行ったくらいじゃ景色変わらないと思うけど。しかも森の入口から二キロくらいだろ、この森の広さ考えたらこれと言って風景の変わるような距離感じゃないような。
立ち止まって周りを見回すと、森はどこまでも静かだった。
さきほどまでの雨は止んでいたから、聞こえるのは風に揺れる葉音くらい。遠くに鳥のさえずりが聞こえる。
「何か聞こえる」
レツはそう言って北へ顔を向けた。
何か? 俺は耳をすましてみたけど、何も聞こえなかった。コウを見てみたら、とぼけたように眉を上げた。
レツは何かに導かれるように北へと向かって歩き出した。
全体的に探すハズが、直角に折れちゃってるけどいいのかな。シマもちょっとだけ肩をすくめてレツを追った。このまま西へ進んでも何かあるとは言い切れないしね。
レツについて歩いていくと、葉音とは別の音が聞こえてきた。これは、
「小川、か?」
聞こえたのは水のせせらぎだった。
小川といえるほどのサイズはない。どこか離れた場所に湧き水があって、それが小さく流れているのだ。水袋、持ってくればよかったな。でもキャンプからこっちにくれば水場があるってわかっただけでも十分か。
「でかした」
シマは水の流れを辿って歩き出した。え、どういうこと?
せせらぎはゆるゆると北東へ向かって流れている。俺たちはシマにならって小川の流れを追っていく。この辺は入ってきた辺りと違って平坦じゃないな。
しばらく行くとごつごつとした石が剥き出しになった地面に流れ着き、そこで小川は地面に吸い込まれて消えていた。
「小川無くなっちゃったね」
「この辺、探して」
探すって、地下への入口を? 俺たちは言われるままに少しだけ散らばった。
地面には岩も見えてるけど、それでも木々がしっかり根を下ろしている。太い幹に太い根。大きめの岩を乗り越えたら、向こう側は少し崖のように切り立っていた。俺は岩を抱く根っこに掴まって下りた。
あと一歩をジャンプして下りたら、足もとに水が飛び散った。
あれ、さっきの小川? せせらぎが流れる方向を見たら、大きな岩と岩の間に流れていくようだった。俺は覗き込むように岩の間を見た。
「ねえ! 何かあったかもー」
俺が声を上げると、みんなが近づいてくる足音がした。俺は岩の間を覗き込む。これ……俺は気配を感じてチラッと背後を伺った。
シマは黙って俺の頭を撫でた。
「地下への入口、っぽいね」
岩の間はギリギリ人が通れるくらい。俺なら余裕だけど、シマたちはどうだろう。
その先もあまり広くなっているとは言い難い。森の中がそんなに明るくないから、それ以上は見えなかった。
「入ってみる?」
俺は奥を指さして言った。冒険ってより探検だ。
「一旦キヨくんたちに報告に行った方がよくない?」
最初からそのつもりだったし、とコウは言った。シマもちょっとだけ考えるように口を曲げている。
「でもこれがホントに当たりかわかんないよ。こっから見えるとこまでしか行けないんだったら、これだけで報告に戻るほどじゃなくない?」
シマはちょっとだけ顔をしかめた。
「そのためのコレか」
シマはそう言ってポケットから何かを取り出した。
それ、さっきキヨが渡してたヤツ?
「サイズ的に見習いが行くのが一番無難かもしれないな、コウちゃん一緒に行ってもらえる?」
コウは小さく頷いた。
それからシマは俺の手にさっきのを渡す。アーモンド型のオレンジ色をした鉱石。細工を施したキャップがついていて、紐を付けられるようになっている。これって?
「携帯用小型ランタン。擦れば光るから。手の中で光の向きを制限すれば、少しくらいなら遠くまで明るくできる」
……コレを先に渡してるってことは、キヨは最初から俺たちが先に少し見てくるとこまで考えてたってことなのか。
「行けるところまで行かなくていい。ある程度進んで、俺たちも行けそうだとわかったら戻れ。逆に無理だと思ってもすぐ戻れ。一応コウちゃんに後ろからついてってもらうけど、命綱があるわけじゃないから何かあったら助けようがない。とにかく、安全第一で」
シマはシャツの襟元を留めていた紐を抜いてランタンに付けると俺の首にかけた。
俺はシマに頷いて見せ、それからコウを待って岩の隙間に体を滑り込ませた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます