第6話『体の相性よかったんじゃね?』

「フィカヨ……?」


 レツの呟きが、やけに静かな森の中ではっきり聞こえた。俺たちが騒いでるだけで、森はこんなに静かだったんだ。いつの間にか雨音も止んでいた。


「下がれ」


 コウが唐突にそう言ったので、俺たちは一斉にフィカヨが消えたその場から離れた。

 いや、っていうか人が消えるってどういうことだ? だって今までここにいたのに?


「団長、ちょっとこの辺感知頼む」

 ハヤは頷いて手を翳すと、口の中で呪文を唱えた。途端にハヤの足もとから細い光の線が走る。


「……お」

「何かあった?」


 声を掛けたレツに、ハヤは少しだけ眉間に皺を寄せた。それからしばらくして、少し首を傾げて腕を下ろした。

「何か歪みみたいのがあった……気がするんだけど、もう無い。ごめん、掴み損ねた」

 歪み? それってどういうことなんだ?

「もっと範囲広げてみる?」

 ハヤはキヨを見た。キヨも難しい顔をして首を傾げる。


「いや、俺が見てもらいたかったのは、もし目くらまし系で隠した場合なら見つかるかと思っただけだから。要因は他にあるのがわかっただけで」

 目くらましで隠したってことは、誰かが魔法でフィカヨを連れて行こうとしたってこと?


「フィカヨ、誰かに狙われてたの?!」

「そうじゃない。目くらましじゃなかったんだから、人的な魔法じゃないってことだ」

「つまり狙ってさらわれたわけじゃないってことか」


 コウは少しだけ脱力して棍を肩にかけた。攻撃の可能性を考えて臨戦態勢でいたのか。遠く鳥のさえずりが聞こえる。

 キヨはチラッとシマを見た。シマは肩をすくめる。

「モンスターの気配は無いな、馬見りゃわかるけど」

 そう言って傍らの馬の首を撫でた。いつもならモンスターの気配に怯える馬が、まったく動揺してない。


「精霊隠しか……エルフの森ならありそうだけど」


 コウはそう言って森を見上げた。

 っていうかフィカヨは俺たちがダーハルシュカに護送しなきゃならない人だってのに、こんなとこで消えちゃうとかダメだよね?


「そりゃ……捜す、よね?」

 レツはみんなを見回す。でも捜すっつったって、何にも手がかりないけども。

「人為的でもモンスターでもないなら、今すぐフィカヨの身に危険が及んでいるわけではなさそうなのか救いかな」

「ハルチカさんが居たらな……なんかこの辺の異変とか読んでくれそうなんだけど」

 ハルさんの特殊能力ならそういうこともできるのか。でもラトゥスプラジャで別れてから結構経ってるから、どの辺旅してるかわかんないよな。


 ハヤが「キヨリンはそれ口実にして会いたいだけでしょ」と言うと、キヨはムッとした顔をした。

 会いたいはあるだろうけど、このどうしようもない状況、ハルさんの特殊能力があったら何とかなるんだったら助けてもらった方がいいんじゃないか。


 キヨはまだ不満そうな顔で考えていたけど、ふとハヤに近づくと向かい合って左手で彼の右手を取った。


「ちょっともう一度、感知やってみて」


 ハヤは少し怪訝な顔をした。さっきはもういいみたいに言ったのに?

 キヨはハヤの手を離さないから、ハヤはちょっと気にしたけどそのまま目を閉じて小さく口の中で呪文を唱えた。さっきと同じように、ハヤの足もとから光の線が外へ向かって走るように見えた。あれって、結界の魔法陣敷く時にも見えるよな。


 キヨはハヤの魔法が発動したのを確認してから、目を閉じて何か小さく呪文を唱えた。それから少し考えるように首を傾げて、何かを確認するように右手の指先を動かした。


「セジアシエス」

 キヨが呪文を唱えると同時に、ハヤが驚いて体を引いた。

「ちょ、何これ僕の、中入ってくる!」

「集中しろよ、できんだろ?」


 キヨはそう言って繋いだ手を引いた。慌てるハヤとは反対にキヨの声は落ち着いている。ハヤは未だにちょっと腰が引けているけど、何とか保っているみたいだった。

 キヨがまた口の中で呪文を唱えると、唐突にキヨの魔法が周囲に広がった。当たると痛い光の粒。いていて、俺たちは粒を避けて木の陰に隠れた。


「っ……キヨリン痛いって!」


 至近距離で粒を避けられないハヤは言いながらキヨから離れようとした。キヨはちょっと笑って「悪い」と言いながらそっとハヤを引き寄せる。キヨの周りを飛んでいた光の粒は、ハヤも含めた外側を回るようになった。

 キヨは小さく首を傾げて「もうちょっと……奥、」とか呟いている。


「やっ、ちょ……むりむりむり」

「だからそのままにしてろって、俺に任せて」

「待って待ってかき混ぜないで!」

「はいはい力抜けよ」


 慌てまくるハヤに対して、キヨは何だか指導してる先生みたいだ。


「……何、やってんの?」

 俺が木の陰から二人を指さして言うと、三人とも同時にゆっくり首を傾げた。

「魔法のことはさっぱり」


 こっち魔術適性無い組だし、唐突に始まったから何だかわからないよな。説明あってもわからないかもだけど。


 ハヤは眉間に皺を寄せたまま目を閉じて耐えているみたいだった。キヨも集中していて、右手が時々何かを描くように動く。それからきゅっと握った。


「……ぁ」


 ハヤが小さく声を漏らした。キヨはその声を聞いて小さく笑ったみたいだった。キヨの光の粒がふわりと消えて、二人はゆっくりと目を開けた。

 終わった、のか? そう思ったら、ハヤががっくりとその場に膝から崩れた。


「団長!」


 レツが驚いて木の陰から飛び出した。俺たちも揃って二人に駆け寄る。ハヤは恨めしそうにキヨを見上げると、繋いだ手を離してキヨを叩いた。


「なんなのキヨリン、あの乱暴なのは!」


 えーと、何が起こっていて何があったんだ? キヨはとぼけるように肩をすくめた。

「ゼロから作るより確実だし。それに団長の感知の方が俺より上だしな」

 いや、わかるように説明してくれませんかね……俺は座り込んでいるハヤを見た。まだ拗ねるような顔でキヨを見上げている。


「僕の魔法の中に無理矢理入ってきたの! そんで僕が敷いた魔法陣を書き換えたの!」

「えっ、そんな事できんの?」


 ハヤはプリプリしながら「普通はできません」と言って、レツに支えられながら立ち上がった。普通はできないんだ。俺たちはキヨを見た。


「この前の本にかけた魔法、ペルシの魔法に一部リンクさせたって言っただろ。アレの応用。団長の魔法陣を前にもやった知覚する魔法で読んでから、俺の魔力を団長の魔法陣にリンクさせて、その場で団長の魔法陣を改良をしたんだ」


 本のは練った魔法陣をリンクさせたんだけどなーと、キヨは何でもないことのように言った。でもそれ、普通はできないんだよね?


「団長の魔法陣、違うのにしちゃったの?」

 レツに言われてハヤはちょっとだけ口を曲げた。

「完全に、じゃない。僕が敷いたのはそのままで、そこに付加する形で別の要素を書き加えたって感じかな。ただ載っけるだけじゃ稼働はしないから、その辺は僕の魔法陣とかき混ぜられてんだけど」


 キヨが小さく笑ったので、ハヤは不機嫌そうに睨んだ。


「普通は魔法発動してるとこに割り込んだら壊すだけだよ。術が完成してれば弾いて戻ることはないけど、どっちにしろ壊れて終わり。あんな風に入り込むなんてあり得ない」


 でも魔導士が敷く魔法陣って、他の人が作ったやつだったりするんだよね? だったら、他の人と一緒に作るとかないのかな。ハヤは首を振る。


「魔法陣は魔法文字の組み合わせで作るから、作る所までは誰かと一緒にはできる。キヨリンがチカちゃんと勉強してたようにね。でもそれを魔法陣として起動するのは一人でやるんだ。起動した魔法陣を手放して消える前にパスすることはできても、そこに介入することはできない……できなかったの」


 そういえば、船上で『竜の鱗』を探した時は、魔法陣パスしてまた敷いてってやってたんだっけ。あの時は介入できなかったから、二人別々に敷くしかなかったんだ。ハヤは何かに気づいたような顔をして、それからやけに深いため息をついた。


「そうか、ペルシの魔法陣だって、アレ永遠に稼働中なんだもんね。それを壊さずリンクさせて稼働を可能にするってことは、活きた魔法陣に介入できなきゃいけなかったんだ……聞いてたのに、まさかこういうことだと思わなかった」


 ハヤは両手で顔を拭った。コウはハヤとキヨを見比べる。

「じゃあ壊さないで介入する魔法を、キヨくんは発明したってことか」

 そしたら今まで常識的に無かった魔法を、キヨは作り出したってこと? それってすごいことじゃん! 


「誰でもイケるかわかんねぇけどな」

 キヨは肩をすくめる。シマとレツがやけにニヤニヤと笑っていた。

「体の相性よかったんじゃね?」

「団長、まさかキヨに初めて奪われるとは」

「いやでもこれできるのキヨだけだから、キヨ総攻めじゃん」

「あー、じゃあ良すぎて腰砕けたのか」


 ハヤは顔をしかめてキヨに見せた。キヨは面白そうに笑う。

「そんで、それで何がわかったの?」

 コウがそう言ってハヤを見る。ハヤはチラッとキヨを伺った。

「何が見えた?」

「あれ、キヨはわかんないの?」

 レツがそう言うと、キヨは「俺は魔法陣を書き換えただけだよ」と言った。


「最初に知覚したのは団長が敷いてる魔法陣だけで、魔術で団長が知り得ることを俺が知覚できるわけじゃない」

「なるほど、心の中まではわかんねぇと」

「じゃあホントにヨかったのかわかんないね」

「立てなくなる程だったのに?」


 キヨがレツにそう返すとハヤが「キーヨーリーン?」と言って背後からがっちりヘッドロックかました。シマたちは爆笑している。


「そんな事言ってると、見えたもの教えないよ?!」

 キヨは笑って「わかったわかった」とハヤの腕を叩いた。ハヤはやっぱりプリプリしながらキヨを解放した。


「でもキヨくんが書き換えたんだったら、それが何を目的とした魔法陣なのかはわかってんだよね?」

 キヨはとぼけたように眉を上げた。


 そっか、キヨがハヤに何かを感知してほしくて魔法陣を書き換えたんだから、キヨがハヤに見せたってことになるのか。でもキヨは何も言わずにハヤを見た。ハヤはやっぱり拗ねたような顔をした。


「見えたのは、不自然な鉱脈……だと思う」

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