第4話『これ、夜の間は俺から取り上げてください』

 今日のご飯は新しい鍋を使って、貝を煮戻したスープに米と胡椒と葉物野菜を加えた「一日目だけの贅沢」ご飯だった。


 ホント、葉物野菜がずっと新鮮なまま持ち歩けるといいのに。俺はしゃきしゃきの茎を味わいながらそう考えていた。あと薄くスライスした鳥の肉が、美味しいスープで柔らかくなってて噛む度に幸せになる。


「基本的にフィカヨの戦い方って、どうしても対人仕様なんだよな。相手が人ならあれでいいんだけど、相手がモンスターだとそうはいかない。なまじ動けるから逆にたちが悪い」


 フィカヨはシマの話を真剣に聞いていた。

 めちゃくちゃ強いと思ったけど、彼らからすると全然なってないらしい。練習の時だってコウと互角ってくらい強かったから、そんなこと思いもしなかった。


「コウちゃん、練習で見てどうだった」

 コウは別の鍋にお茶用のお湯を用意しながら小さく肩をすくめた。

「組み手なら俺より強いよ。実際俺より訓練長いんだし、そこは当たり前だろうけど」


 えっ、そうなの?

 あ、でもコウって勇者の旅が始まる前に三年くらいで武闘家の修業切り上げて戻ってきてたって言ってたから、ストイックに鍛錬しているけどまだそんなに長くないんだ。

 フィカヨが国で教育受けたのって孤児だったからみたいに言ってたし、年齢からいくと十年とか訓練してそう。


「ただ体術はそうそう……キヨくんにやらされる以外で使い道ないからな、冒険者としてはマイナスかも」


 キヨはコウにわざとらしく顔をしかめて見せた。コウはそれを見て笑う。どういうこと?


「対人の間合いしか取れないんだ。人なら腕でも足でも、リーチもスピードも読める。でも相手がモンスターだとそうはいかない」

「でも今日のモンスター、腕が長かったりしたけど大丈夫だったよね?」


 いきなりあんなに高く飛んで頭の上にナイフ突き立てるとか、それだけでも常人の技じゃない。コウだってやらないのに。


「あれが何とかなったのは、レツが脇腹を、見習いが逆の片腕を落としていたからだ。あの状況で頭の上に無事な方の腕を振ることはなかった。脇腹に響くからな。

 そこまで読んで飛んだんだとしても、それにしたって自分の腕より短いナイフで攻撃しにいく理由がない」


 シマは米を頬張りつつフィカヨを見た。

「俺、ナイフで攻撃するのを長く訓練してて、だから……隙を突いて至近距離に近づくのが最良の手というか……」

 フィカヨはご飯のボウルに視線を落とす。

 ……何か、対人なのが目に見えてしまって辛い。


「そうだなー暗殺にデカい剣振り回して近づいたらバレバレだもんなー」

「それ、ただのおばかさんだよね」


 レツの言葉にみんな笑った。この人たちはまた……簡単にジョークにしちゃうんだな。シマは食べきったボウルを脇に置いた。


「だからまぁフィカヨが冒険者としてやってくつもりなら、俺たちと旅する間に対モンスターの戦い方を覚えないとな。リーチの問題だけじゃない、あいつら普通に毒だって持ってるのもいるし、今日みたいに飛ばして来たら至近距離でボンヤリしてられないだろ」


 あーそれ俺のことですかーそりゃーもう絶体絶命でしたー。


「吹っ飛ばすのはモンスターだけにしときたいもんな」


 コウが言うからみんな笑う。くそー、助けられたとはいえ思いっきり吹っ飛ばされた時の脇腹が痛いぜ。俺はボウルのご飯をかき込んだ。


「でもフィカヨが持ってる武器って、そのナイフだけなんじゃないの?」


 レツはフィカヨの腰を指さした。抜けば肘くらいまでの長さはあるけど、モンスターと相対するには確かに短い。


 フィカヨは武器を持ってなかった。俺たちが護送するんだからその必要はないって言われたらそうなんだけど、それってまだ信用できないうちから武器を与えないようにしてたのかもしれない。

 今日使ったのだって、護身用も無いからシマが貸したものだ。


「見習いの剣、貸してやれば?」

「えっ!」

 俺はちょっと驚いて顔を上げた。俺の剣?

「この前新調した時、古いの下取りに出さなかったから余ってんじゃん」


 別に使ってないだろと、キヨは何でもないことのように言ってベスメルを飲んだ。


 クルスダールで買った剣、なんだかちょっと手放しがたくて、こだわるワケじゃないけど何となく下取りに出せなかった。でも俺は新しい剣を使ってるから、何かあった時のスペアみたいなもんで荷物と一緒に持ち歩いてるだけだ。


 貸すのは、別に問題ないんだけど……これって子どもっぽいわがままなのかな。

 視線を落としていたら、頭にぽんと手を載せられた。ハヤは少し笑って俺を見る。


「キヨリンみたいに合理性の固まりで生きてるわけじゃないと、そう簡単に思い入れがあって手放さなかった愛用の品を人に貸せないと思うけど、」


 俺は上目遣いでハヤを見た。ハヤは優しく微笑む。


「ここは一つ冒険者の先輩として、まともな武器を持たない後輩に貸してやってよ」


 そう言われると……ヤな感じはしないな。

 あの剣だって使わなかったら簡単にさび付いてしまう。フィカヨが冒険者になる手助けに少しでもなるなら、貸してあげるべきだよな。

 俺は顔を上げて頷いた。それから荷物に走って行って、剣を取り出すとフィカヨに渡しに行った。


「いいのか?」

「うん、使って」


 フィカヨは剣を受け取って小さく「ありがとう」と言った。俺はハヤの隣に戻って座った。チラッと見てみたら、まだフィカヨは剣を見ていた。気に入ったのかな?


「あのっ」

 フィカヨは唐突に声を上げると、自分が差していたシマのナイフも外して剣と一緒に差し出した。


「これ、夜の間は俺から取り上げてください」


 俺たちは驚いて顔を見合わせた。それって、フィカヨは元スパイだから……?


「……そんなことしないよ」

「俺たちお前のことそういう風に見てないって」


 何となくみんな苦笑してる感じ。ラトゥスプラジャで過ごした間だって同じ宿に泊まっていたし、一緒に練習して一緒にご飯も食べたってのに何を今更。


 でもフィカヨは首を振った。

「それは……武器が無かったし。宿も一人部屋で定時で起きても誰もいなかったから。でももし武器があって、見張りに起こされたりした時に、自分がどんな反応するのかわからないんで」


 フィカヨはそれから難しい顔をするみたいに顔をゆがめた。

 笑おうとしてるのにできないみたいな顔だった。


「昼間のモンスター……らなきゃって思っただけで、どう動いたのか、まったく意識してなかったんだ」


 俺たちは何だか気まずい顔で見合った。


 ……それって条件反射みたいなものだったのかな。フィカヨは黒服で、黒服はためらいなく危険を排除できる人だけがなれるのだ。

 もし夜中に彼を起こした人がウトラタジャ人の同胞でなかったら、彼はどんな反応をするんだろう。近くに武器があったら迷わず排除してしまうんだろうか。

 定時で起きてもって、安全な街の宿に泊まってるってのに夜中に起きてたんだ。もう任務は終わったのに。


「意識してなかったんだとしても、目の前のツェルダカルテ人じゃなくてモンスターに向かってったんだから、それはつまり俺たちを助けようとして動いたってことなんじゃないのかなぁ」


 レツはちょっと首を傾げてそう言った。


「敵襲! って思って、モンスターに向かってったんじゃん。敵襲! ってスイッチ入った時に、俺たちを敵とは見なさなかったってことじゃんね。だから大丈夫だよ、フィカヨはちゃんと俺たちを友達だと思ってるって」


 レツはそう言ってふにゃーって笑った。フィカヨは何だか呆然とレツを見ていた。


「まぁそうは言っても本人が不安なんだったら、とりあえずこれは預かっておくか。見張りの間にモンスターが来たら全員起こすのが見張りの役目で、一人で戦うわけじゃないからもともと用意も要らんしな」


 シマはフィカヨから剣とナイフを受け取る。

 フィカヨは小さく頷いて、何だか小さくなって座っていた。コウがフィカヨにお茶のカップを渡す。俺もハヤが回してくれたお茶を受け取った。


 ……レツはすごい。俺はさっきの話を聞いて、そんな風に考えられなかった。

 寝ているフィカヨを起こしたら、突然命を狙われるとかシャレにならないなって思ってしまった。フィカヨだって、そんな反応したくないかもしれないのに。


 こういうとこ、ちゃんと見習わないとな。人をきちんと信じることができる強さ。

 俺はあったかいお茶に口を付けた。熱がふんわり体に広がるみたいだった。


「そしたら、夜中起こされてうっかりするのが怖い子がいるから、見張りは最初にやってもらうかな。今日の見張りはフィカヨと見習いからな」


 シマはそう言って伸びをすると、「ちょっくらベッドの調達に行ってくるー」と焚き火を離れて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る