第3話『コウが二人になったな』

 旅の支度を整えて、俺たちはラトゥスプラジャをあとにした。


 急ぐ旅じゃないから、馬は荷物用に二頭だけ連れて行くことになった。エインスレイから借りて買った馬だから差額を戻そうとしたんだけど、やっぱり彼は冒険の足しにしてくれと断ったらしい。

 そしてまた次の冒険の定期連絡の約束を取り付けたと。そんな約束無くてもシマは通信屋のある街に着いたらちゃんと連絡すると思うんだけどな。


 この前までの旅もハルさんがいたからそこそこ大所帯な感じだったんだけど、ハルさんが抜けても今回はフィカヨがいるから、やっぱり旅の一団にしては人数が多い。冒険者なんて三、四人でパーティー組むのが普通なんだもんな。

 微妙な人数になっているから、今回は鍋を新調した。


「これは必要経費です」


 ハヤの宣言に、みんな同調した。余計な出費をしないように止めていたコウは複雑な顔をしている。


「クダホルドからこっちパストを使うことが増えたのに、いつまでもあのちっさい鍋しか使ってないんだもん。みんなの分を何度も茹でて順番に足してくとか、コウちゃんだって落ち着いて食べられないじゃん」

 ハヤの主張にレツとシマも無言で頷いていた。

「何とこちらの鍋、取っ手が取り外しできるようになっております」

 シマが店員みたいに蝶の羽みたいな取っ手のついたネジを緩めて、鍋の持ち手を外して見せた。すごい、鍋がボウルになっちゃった。これなら重ねてしまえる。


「いやでも、荷物になっちゃうし……小さいのはそれで必要っていうか」

「大丈夫! キヨリンの酒減らせば鍋くらい大した荷物にならないよ」


 あ、それは確かに。とばっちりを受けたキヨはめっちゃ不機嫌な顔をしたけど、そこは反対できるところじゃないから難しい顔をして黙っていた。

 俺とレツは声を殺して笑う。


「キヨも、水みたいに魔法で酒が出せるといいのにね」

 いつも水場が無い時の飲み水はキヨが魔法で呼ぶ。あんな風に酒を出せたら荷物にならなくていいのに。

「水は自然に存在するのを呼ぶだけだ、酒はそうはいかないだろうが」

 キヨはふてくされて視線を外した。うん、それはわかってたけど言ってみた。


 それからとりあえずの食料を調達する。

 基本の食料が無くなったら狩りでまかなうのだけど、それだと栄養が偏るからとコウはいつも旅の始めに小麦粉やパストや米をなるべく用意していた。

 あんまり街道を外れて長い旅になると、結局狩りや木の実に頼ることになるけど、今回はダーハルシュカに直行する街道はないものの真っ直ぐ向かうと街道を横切ることがあるらしく、宿場町もあるだろうからその辺は楽観的だった。


「っていうか、フィカヨいるのに街道を外れて行っちゃって大丈夫?」


 フィカヨは俺たちの朝練に参加してたんだけど、コウが驚くほどめちゃくちゃ強かった。コウは今までだって護衛とかあっという間に倒していたけど、体術だけならコウと互角くらいの強さだった。

 そういえば、潜伏場所の谷ではフィカヨはシマのモンスターにやられた方だったっけ。


「今後冒険者になるんだとしても、まだ印を得てないからうっかり5レクス外れても問題ないだろ。もともとそういう生活してたんだし」


 フィカヨはそう言われてちょっとだけ苦笑した。

「いや、それでもせっかく5レクス結界があるんだから、普段は圏外に出たりしてなかったって。あの時は……任務だったからで」

 そういえばキヨたちを襲った時は5レクス圏外だったんだよな。

 そうか盗賊たちが初日辺りしか襲って来なかったのは、三日目には5レクス圏外だったからなのか。

「フィカヨ結構強いのに、キヨの魔法の前に撤退したんだよね」

「だってキヨリン闇魔法使ってたじゃん、そりゃ逃げるよ。アレ邪悪だもん」

 キヨは笑うハヤを半眼で睨んだけど、何も言わなかった。



 俺たちは少しだけ街道に沿って北上し、それから街道を外れて西を目指した。


「っていうか、5レクスの結界が無いのってどんな感じなんだ?」


 シマは街道を外れてからそう言った。

 基本的には俺たちが5レクス外を旅するのと変わらないイメージあるんだけど、そうじゃないのかな。


「結界があると、結界を外れると格段に強いモンスターが出現するイメージだけど、結界がないとそれが全部ランダムに現れるって感じかな。強くても確実に倒せるなら問題ないんだろうけど、そんなヤツは普通いないし。

 街は魔導士で護りを固めているからいいけど、広範囲の畑まで守るのは難しいから常に食糧は足りてない感じ」


 モンスターが畑を荒らすことはないけど作業する人が狙われるんだから、広い畑があってもすべて収穫できるかどうか微妙だ。

 フィカヨは少し視線を落とした。


「潜伏中の食事事情に驚かれたけど、正直、旅の途中より悪いかなくらいで。魔法道具で身を寄せ合って眠るのも護りを出たら当たり前のことだし……

 あの国じゃモンスターの相手をしながら長い旅をするのは、一人ずつ犠牲にして進むようなもんなんだ。連絡便は魔導士を乗せた船だったらしいけど、工作員を送り込む船はある意味片道だからそんな装備はできない。倦厭の魔法道具程度じゃ5レクス外のモンスターには弱いだろ?

 十数年計画の割りにツェルダカルテに辿り着いたのが少数なのはそういう理由。当たり外れのデカい海路と、時間かけて削られる陸路と、その時々で変えてたんだけどね」


「黒服には魔導士は配備されなかったの?」

 レツがそう聞くと、フィカヨはちょっとだけ肩をすくめた。

「5レクス結界が無いあの国では、魔導士の方が魔術師より重宝されるんだ。他国に配備すんのに手放したりしないよ」


 そっか、5レクス結界があるツェルダカルテでは、魔導士はもうちょっと足したい時にだけ必要になる感じだけど、結界が無かったら結界を敷いてキープできる魔導士が一番重要なんだ。

 平穏な空間を作れるってすごいことだもんな。


「そしたら、普通の冒険者が5レクス外のモンスター相手にしながら生活してるってことなのか」


 シマは少しだけ呆然とした。

 冒険者だけじゃない。街の中にいない限り、普通の人だって5レクス外のモンスターの相手をしてるようなもんだ。

 前にシマたちと話したけど、いくら強大なモンスターが常にいるのが普通だとしても、その中で人間の生活が成立するかは別問題なんだ。


「護りがあるから街に人が集まるようになったんだけど、逆にそのせいでそれ以外の地域がいっそう荒廃したというか。誰だってモンスターの危険のないところで暮らしたいから。

 たぶん人口も……戦争ふっかけるのに足りてたとは思えないし。国民総出で攻めるなんてありえないのがわかってるから、俺たちが重要って自負もあったっていうか。だからよけいにあの本に固執したんだと思う。俺は魔術適性なかったから、そっちを学ぶことはなかったんだけど」

「なるほど、最初にペルシの本が人の手に落ちた理由がわかるな」


 レツがキヨの言葉に「どういうこと?」と聞いた。

「ペルシはもともと、魔術研究をしていて人間と交流するようになったって話だっただろ。当時は5レクスの結界のないウトラタジャの方が魔術研究に熱心だったんじゃね? 死活問題だからな。だから助ける意味でも研究を共有したんだ」


 ペルシはエルフだから、人を助けるつもりで本を渡したのか。人間の魔法じゃ限界はあるけど、それでも何とか安心して暮らせるように。


 でもウトラタジャはその研究を、ツェルダカルテへの嫉妬に向けた。その間違った選択のせいでウトラタジャは本を失うことになる。そしてまた、ツェルダカルテへの恨みを募らせた。……何だか悪循環だな。


 でも5レクスの結界はツェルダカルテの王家が妖精王との契約で維持してるものだ。ウトラタジャの人たちに同情したところで、分けてあげることはできない。


「妖精王がウトラタジャとも5レクスの結界の契約できたらいいのに」


 コウが小さく「そうだな」と言いながら俺の脇をすり抜けて前に出た。えっ、モンスター?

 キヨが一瞬魔法を発動しようとして途中で止めた。あれ……

 横目にキヨを見ながら前に出ると、腕の異様に長いバカでかいトカゲみたいなモンスターが、鋭い爪をコウの棍に阻まれていた。


「はあああ!」


 レツは俺と同時に前に出てトカゲに斬りかかる。コウがタイミング良く脇へ外れると、レツの剣がトカゲの脇腹を切り裂いた。


「いっやあああっ!」


 振り下ろされるトカゲの爪に、俺は腕を狙って切り上げた。トカゲの腕は俺が切り落として飛んだ。やった!

 そう思った瞬間トカゲと目があった。口から鋭く何かを吐き付けられる。

「うわっ」

 頭から被るかと思ったらコウが思いっきり棍で俺をはじき飛ばした。

 転がって仰向けに止まった時に、何かが飛んでいるのが見えた。あれは、シマのモンスター?


 次の瞬間、トカゲの頭の上乗ってナイフを立てているフィカヨがいた。


 うそ、じゃさっき飛んでたのってフィカヨ? それから軽業師みたいに宙返りしてレツの隣に戻る。滞空時間がおそろしくゆっくりに見えた。

 トカゲはそのままぐったりと倒れてそのまま光の粒になって消えた。ゴールドがその場に残る。


「コウが二人になったな」


 キヨは何でもないことのようにそう言った。

「キヨリン今魔法発動やめたの、これ見るため?」

 キヨは「雑魚だったから削る必要なかったし」と小さく肩をすくめる。ハヤはとぼけるような顔をして俺たちに回復魔法をかけた。


「フィカヨ強いねぇ」

 レツはなんだか嬉しそうだ。フィカヨは何だかきょとんとしてゴールドを俺たちに差し出した。

「それはフィカヨが持ってなよ。トドメ刺したのフィカヨだし」

「いや、でも」

「着いたら新生活いきなり始まるんだから、資金は多い方がいいよね」

 フィカヨは少し呆然としながら、手のひらのゴールドを見た。自分のお金って、初めて稼いだとか……なのかな。


 フィカヨが強いのはわかってたけど、こう言うのってコウは嫉妬しちゃったりしないのかな。俺はチラッとコウを盗み見た。コウはいつもと変わらない無表情でフィカヨを見ていた。


「しかしフィカヨは覚えることが多そうだな。俺は体使った攻撃についてどうこう言える立場じゃねぇし、シマが見る?」

 キヨはそう言ってシマに振った。シマは苦笑してフィカヨを見た。

「とりあえず、次からしばらく休みな」


 フィカヨは少し困惑したような顔をしていたけど、黙って頷いた。

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