第2話『ツェルダカルテの人って、みんなこんなに距離近いの?』

「本の次は人か」


 シマはタレンのカップに口を付けた。フィカヨはなんだか恐縮している。


 俺たちの次の目的地は決まってない。

 ウトラタジャの人たちのあれこれとか、本を返したあとの事とかあったから、何となくラトゥスプラジャでのんびりしていたのだ。

 本の護送のための礼金もちゃんともらえたのと、再度盗まれてしまったのを取り返したことで上乗せもあったし、あとこの前のレカリダオン行きでおサイフ的には余裕があったから。


 お告げもないし、目的地が決まってないんだから別にどこに向かってもいいんだよな。レツはキヨを見る。


「そのダーハルシュカってどの辺?」

「ここから西に行ってラルカミン山脈に連なる辺り。確か湖の近くの街じゃなかったかな」

 そういえばあっちはあんまり行ってないなと、キヨは言ってチラッとコウを見た。コウは無言でキヨを見る。あんまり行ってないってどういうことだろ。

「山間部の街ってあんまり行ってないね」

 意外と海沿いの街が多いのかな、そういえば。ウタラゼプくらい? 小さな村や宿場町ならそういうところはあるけども。

 俺は両手で持ったカップでファスを飲んだ。


「依頼してきたのがヴィトってことは、ちゃんと礼金が出るってことかな」

 ハヤがコウに振ると、コウは小さく肩をすくめる。

「でもなんで俺たちに頼むんだ? だいたい他のヤツらは移動魔法士が連れてったんだろ?」

 キヨはカップを口に運びながらみんなを見た。


 レカリダオンに着いたところで、キヨとハルさんはラトゥスプラジャに移動してしまった。

 もしかしたら一応街まで四人が大人しく着いてくるか心配していたのかもしれないけど、どっちにしろそんな危険は来る途中の会話でもまったく無かったし。それでその後を見ずに戻ったんだろう。

 だからキヨは、街に着いた俺たちを王都の移動魔法士が迎えて、てきぱきと移動する先の街を説明し、あっという間にフィカヨ以外の三人を連れて行ったのを見てはいないのだ。


「いくらこの街の残党整理に必要だったからって、済んだら移動魔法士使えばいいのに」


 キヨは丸テーブルの反対側のハヤからタレンのボトルを受け取った。

 そこは俺たちがその残党整理にも手を貸したから、ついでにお願いってことなんじゃないのかな。シマが自分にも注いでって感じにカップを持った手を伸ばす。


「俺たちが連れて行くなら、仕事を確実にこなすって思ってんじゃね?」


 俺たちが連れて行くなら……

「……うわ」

 嫌なこと考えちゃった。うっかり口から声が出てしまって、みんながきょとんとして俺を見た。

 俺は知らない振りでスルーしようとしたけど、キヨと目があったところで一瞬のちに眉根を寄せられたので観念した。絶対バレた。

「……ごめん」

 キヨはうんざりしたようにため息をつく。


「だって! ヴィトのことは信用してるけど、その移動魔法士が誰に依頼された人かなんて確認しなかったんだもん! 全部決まっててすごいペースで説明してあっという間だったから……疑問に思わなかったし……」


 あっという間だったから、その時は手回し早いなとしか思わなかったのだ。

 だから今、俺たちが送っていくなら確実って言われて、じゃあ他の人はわからないなって思っちゃったんだ。


 ちゃんとツェルダカルテの街に連れて行かれたのかどうか。


 ウトラタジャのスパイも、あっという間に連れて行かれてた。

 あの人たちは同じように移動魔法士がリレーして国境に置いてくるって言ってたから、似たような連れて行かれ方をした三人が、この国の街にちゃんといるかどうかわからない。


 俺の視界の端に、隣で眉根を寄せるフィカヨが見えた。

 ……こんなこと、思っても言わない方がよかったんだよな。


「移動魔法士は国に仕える特殊な魔法士だ。移動魔法自体は黒魔術師なら使えるけど、ハルチカさんみたいに自力で正確なところに飛べるのはほぼ奇跡、普通は俺みたいにざっくりしたところに飛ぶだけだ。

 でも移動魔法士は特殊な魔法道具を使ってお互いの位置を特定してそこへ飛ぶ。だからリレーが可能なんだ。

 そんで、その特殊な魔法道具は門外不出で、国の移動魔法士しか持ってない。もともとが王家や位の高い人の安全な移動に使われるだけの隊だし、誰でもできたら困るからな。そのためその魔法道具は行き先に不審がないように、国の中枢で現在地を把握されている。もし命令に背いて移動魔法士があの三人をウトラタジャに送還していたら、ヴィトがブチ切れてるよ」


 キヨは小さく息をついてカップに口を付けた。

 そしたら、俺の考えは杞憂ってこと? 俺は思わずフィカヨを見た。フィカヨも俺を伺うように見て、それから少しだけ笑った。

 隣からコウがぼんって俺の頭に手を載せた。


「お前は知らなかったんだから、しょうがねぇよ」


 ……うん、でもやっぱりヴィトを疑うようなことしちゃダメだよね。

 あの人は国を代表して俺たちのところに来てくれて、国を代表して彼らに手を差し伸べたんだから。ちょっと反省。


「そういえばチカちゃんっていつ街を出たの?」


 唐突過ぎる話題変換に、キヨは意味がわからないって顔をした。

 ハルさんはキヨの恋人で吟遊詩人だ。でも諸国を渡り歩くから情報屋としても働いている。実は物に残った思いを読める同化の特殊能力を持つ青魔術師だ。フルネームはハルチカさんだけど、キヨがそう呼ぶから他の人には別の呼び方でしか呼ばせてくれない。


 今更気にしなくても、俺たちが戻った時にはハルさんはもういなかったのに。

「戻ってすぐだけど」

「すぐ?! すぐって、すぐのすぐ? 僕たち戻るのに二日あるってわかっててすぐ出たの?!」

 テーブル挟んで迫るハヤにキヨは怪訝な顔で「だったら何だよ」とか言ってる。ハヤはため息をつきながら体を戻した。

「キヨ、ホントに振られちゃったりしてないよね?」

 レツの言葉にキヨは驚いて「はぁ?」とか言っていた。


「僕たちのことも何ら考える必要もなくのんびり二人っきりで過ごせるってのに、キヨリン置いてすぐ旅立つとか……キヨリン、何かチカちゃん怒らすようなことでもした?」


 キヨは不機嫌そうな顔で「してねぇよ」と答えた。

 毎日通信はしてるのに、二人は普段から必要以上に一緒にいようとしてないけどね。キヨはいつだってハルさんが旅に戻るのを止めようとしないし、だったら出発したのはハルさんが決めたことなんだろう。


「わかった、チカちゃんがトレちゃんの後見人になるとか言って、それをわがまま言って妨害したんだ」

「してねぇし、ハルチカさんもそんなこと言ってない」


 トレちゃんは同じくウトラタジャの人に預けられていた。その人はツェルダカルテを選んだから一緒に家族として残ることになったはず。サラーはトレちゃんを友達の子として育てていたから繋がり自体無かったのだけど、それ以前に友達の子でも無かったらしい。

 考えてみればトレちゃんの年齢と彼らの潜伏期間は合わない。つまりトレちゃんも、彼らに利用されただけだったらしかった。


 ハルさん、確かにトレちゃん気に入ってたから引き取るとか言い出しても不思議はないけど、そんなことになったらキヨとは大きな溝を作るだろうし、あのハルさんがそんなことするわけないよな。


「あーもーこれチカちゃんの仕返しなんだとしたら逆効果だってのー。キヨリンが体寂しくてまたその辺のイケメン引っかけたらどうすんのー」

 ハヤは大げさに嘆くと、キヨは「俺がいつそんな事したんだよ」と呆れ顔で言った。

「あの人、吟遊詩人なんだから、そんなに長く一か所に留まるわけないだろ。俺と一緒に船を下りた時から、そっちの仕事全然できてねぇんだし」


 クダホルドでキヨがお願いした情報集めのあとから、ズルしてグースドゥアールに飛んだりしてたんだから、下手するとあの頃から吟遊詩人として歌を集められてないかもしれない。

 この街では一応働いてたけどね。ウトラタジャの曲を街の中で聞かせていた。


「ハルさんのあれってもしかして、ウトラタジャの人に聞かせてたのかな。探りを入れるみたいな」

 実際、サラーはハルさんの曲をウトラタジャのだと認識していた。ってことは、他にもそれと気づいた人がいるはずだ。街で聞かせてそういうのを探ってたとかあるんじゃないかな。ハルさん、情報屋なんだし。

「うーん、それは違うんじゃないかなぁ」

 俺はそう言ったレツを見た。レツが?


「ハルさん言ってたじゃん、この街にも歌っちゃいけない詩があるよって。だからハルさんがあの国の曲を弾いていたのは、そういうのを昇華するためだったんじゃないかな。あの曲も、この街に残っていた想いだったんだし」


 レツは「キレイな曲だったもんね」とコウに振ってファスを飲んだ。コウは小さく頷いている。


 ハルさんがウトラタジャの曲を弾けたのは、きっとこの街に残る想いと同化したからだ。

 この街にいたウトラタジャ人は、国から逃げているか潜入工作員だったんだから、ハルさんに曲を教えることはあり得ない。

 それでもこの街にはあの曲が残っていた。それはどんな想いを載せていたんだろう。


 俺はチラッとキヨを見た。

 なんとなくだけど、キヨは俺と同じように考えていたんじゃないかなって気がした。ハルさんは本を狙うヤツらからキヨを守るために滞在してたんだし。だとしたらキヨのためにそういう手を使って情報を得ていた可能性はある。

 でもその話はレツも聞いていたんだ。


 同じことを聞いても、レツはそう思い、キヨはこう思う。


「俺も、ちょっと聞いてみたかったな」


 みんな少し驚いてフィカヨを見た。えっ、なんで?


「いや俺、国にいる時そういうのに触れてこなかったから。逆に俺には、その曲がウトラタジャのだってわかんなかったかもしれない。

 俺は国を敬愛するよう教えられてたけど、敬愛したくなるような文化を知らなかったのって、何か本末転倒だよな」


 フィカヨは軽くそう言って、タレンのカップに口を付けた。


「フィカヨって教育機関に入れられたって言ってたけど、そこで何を学んでたの?」

「基本は規律と忍耐みたいな。やたら厳しい規律とハードなトレーニングで毎日何も考えられなくなってた」

 コウが小さく「洗脳の常套手段だな」と言った。フィカヨは小さく笑う。


「あとこの国に溶け込むためにこの国のことを学んだり。だからむしろ自国よりツェルダカルテの事のが知ってる感じ。……まぁ、それだって変なフィルターかかってるんだけど。あとは暗殺」

「暗殺!?」


 フィカヨはきょとんとして頷いた。

 いやいやそりゃ工作員て言うくらいだから、そういう人たちなんだろうけど。っつか彼らの目的ってもともとツェルダカルテじゃんね、ってことは最初から対人間のつもりなんだよな。

 フィカヨは潜伏していたのは五年くらいだって言ってた。それでもフィカヨは俺よりちょっと年上くらいで黒服になったことになる。


「対人だったら負けない自信あったんだけど、それってモンスターには効かないからさー、ホント潜伏してる間は自分の未熟さを呪ったね」

 いや、その辺の未熟さは保ったままでいいと思うよ……俺とレツは複雑な顔で見合った。

「じゃあ、そっちに長けてるヤツが黒服になったんだろうな」

 シマの言葉にフィカヨは頷いた。それからちょっと視線を落とす。


「うん……任務ならためらいなく殺せるヤツがあの部隊に入れるんだ。そのレベルにないと、他の適性を叩き込まれて街の人になる。それって格落ちで……あの任務は長期計画になってたから、下手に策を弄すると危険が増す。だから直感的に危険を排除できる人間を、君たちの言う黒服にしたんだ」

 それから真剣な表情で顔を上げた。


「ヴィト様は俺たちのことを「まだ犯罪を犯してない」って言ってくれたけど、俺は……ウトラタジャ人は殺している。だから実質的には犯罪者だ」


 俺たちは黙ったまま、フィカヨを見ていた。

 そしたらやっぱり、あのウトラタジャの人たちがフィカヨを恐れていたのって、そういうことがあったからなんだ。潜入工作員が少なかったのってそれもあるのかな。

 フィカヨは俺たちを信じて告白してくれたんだろうけど、何となく気まずい。


 ハヤがチラッとキヨを伺う。

 キヨはハヤの視線を受けてタレンのカップを口元に運んだ。


「罪が無いとは言わないけど、それって国の対処することだから、俺にはどうでもいいな」


 ええええ! どうでもいいとか、そういうレベルのもんじゃないと思うけど?! 俺が驚いているのにレツは「あははー」とか笑っていた。笑い事?!


「ま、俺たちが逃がしてやった盗賊連中も、人殺めてない保障はねぇし」

 コウはタレンのカップに口を付ける。それはそうだけど……

「遺体も証拠もないしな。ツェルダカルテうちの法で裁けるもんじゃなくなってるし、それを告白した時点で償う用意はできてるだろ」


 シマは丸テーブル越しにタレンのボトルを押した。コウがボトルを取ってフィカヨのカップに注ぐ。

 フィカヨは呆然とそのカップを眺めていた。受け入れてもらえないかもしれないって思ってたのかも。


「つかむしろ、そこまでツェルダカルテに恨み植え付けられてたのに、ツェルダカルテ人には手を出さなかったってのに興味がある」

「キヨリン、それが浮気だっつーの」

 キヨは眉間に皺を寄せて「なんでだよ」と言った。


 ハヤは隣のフィカヨの肩に腕をかける。

「キヨリンは貞操なフリして、興味の対象には簡単に距離詰めてくるから勘違いしちゃだめだよ」

「しねぇよ、お前と一緒にすんなよ」

「僕はちゃんと興味の対象は選んでますー」

 ハヤがフィカヨの頭を抱き寄せたから、フィカヨの方が赤くなって慌てていた。言ってることとやってることが全然合ってないんだけど。

「団長、フィカヨが困ってる」

 コウに言われてハヤはチラッとフィカヨを見て、それから解放した。


 フィカヨは安心するみたいに息をついて俯いていた。俺は下から覗き込む。巻き込まれて災難だね。

「ツェルダカルテの人って、みんなこんなに距離近いの?」

 フィカヨが俯いたまま小声で俺に聞くから、俺はちょっとだけ首を傾げた。

 いやたぶん、ハヤが特殊なんだと思う。

「スキンシップ激しいのはハヤだけだよ」

 誰かとくっつくのを断固として嫌がるキヨも、ハヤがじゃれるのはスルーだし。そういえばなんでだろ?

 俺がそう聞くと、キヨは眉間に皺を寄せた。


「理由なんかねぇよ、嫌がってもしてくるヤツだろうが」

「ちょっとキヨリン、それひどくない?!」

「慣れだよなぁ」

「長年やってるもんねぇ」


 レツとシマはそう言って笑う。長年やってるのか。

「最初めっちゃ逃げられたんだけど、こんなに可愛い僕のハグから逃げるとかありえないじゃん?」

 ハヤは怒ったように両腕を組んだ。それって当時五歳とかだよな……自分で言い切れるのがすげぇ。でも嫌がってもずっと続けてて今に至るんだったら、ある意味ハヤの勝ちだな。


 シマは面白そうに笑って「ホントは嬉しいんだよなー」と言ってキヨのカップにタレンを注いだ。

 キヨはやっぱり不機嫌な顔でカップを取る。お、否定しない。

「まぁまぁそこは家族ですから」

 レツもにこにこしてカップに口を付ける。それでもハヤが一番絡んでるのってキヨって気がしなくもないけど。


「キヨリンが一番いじり甲斐があるじゃーん」

「それは俺が無難だからだよ」


 二人の意見はまったく逆な気がするんだが。っつか無難?

 俺は首を傾げてハヤとキヨを見比べた。


「どれだけじゃれついても、俺が勘違いしてこいつに落ちるとか無いだろ」


 ……なるほど。ハヤが本気出したら高確率で落とせるんだから、そのつもりがなくてもうっかり気があると勘違いされることは多そうだ。でもキヨにはハルさんがいるもんな。

 ハヤは唇を尖らせて「落ちてもいいのにー」とか言ってる。でもたぶんそれだって、そんなことないってわかってるから言えることって気がする。


「そんで結局、どうすんの?」

 コウがそう言ってレツを見た。レツはやっぱり楽しそうに笑った。


「行くよ、ダーハルシュカに」

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