Ⅲ 勇者になるハズの俺がしょうがなく見習いとして入ったのは、ゆるふわ勇者とチートな仲間。
さい
第1章 ニルデルヴォケート
第1話『あれは魔術書だっつっただろ。思い入れで使うもんじゃねぇよ』
図書館はいつもの静寂からはほど遠いほど大盛況だった。
俺たちはホールの二階の吹き抜けからその様子を見下ろしていた。
「あ、本来たよ!」
レツは図書館員がうやうやしく捧げ持った本を指さした。
嬉しそうに俺たちを振り返るレツは、俺たちの仲間で剣士で勇者。
ふわっとした黒髪にいつもにこにこした表情、どっちかっていうと可愛い感じのルックス。甘い物とキレイな物が大好き……だから、よくあるイメージの勇者からはちょっと離れてる。
勇者になるまで冒険仕事をしたことが無くてレベル0だったから、お世辞にも強いとは言えない。でもときどき説明がつかないような強さを発揮することがあるんだよな。それってやっぱり勇者だからなのかな。
俺たちは手摺りから乗り出して階下を覗き見た。
「意外と手薄じゃね?」
コウは両肘を手摺りについたままぼんやりと階下を見ていた。
コウは武闘家だ。キツい三白眼。プラチナブロンドの髪をいつもひもで留めて上げている。背はあんまり高くないけど、ストイックに鍛錬してるから筋肉がすごい。
パッと見はすごく取っつきにくそうで怖いけど、言葉少ないのも単にコウが人見知りなだけだった。俺たちは冒険者だからモンスターと戦うのが仕事だけど、これまで見てきてコウが人相手に負けたところって見た事がない。めちゃくちゃ強くて、その上ものすごく料理が上手い。
俺は本を目で追った。たぶん防御とかの魔法はかけられてるんだろうけど、普通に図書館員が持ってくると確かに手薄に見えるかも。
俺たちがここに居るのは、表向きはこの前のクエストの「あの本の一般公開の式典見学」だけど、結局は警備みたいなもんだ。
キヨが無事取り返して(?)図書館に戻した本を、またうっかり盗まれないように見張ってほしいと頼まれたのだ。
本を狙って街に入っていた盗賊はコウとレツが一掃してしまったし、もう今更危険なんてないと思うんだけど、俺たちの影ながらの活躍を知らない街の人にとっては心休まらないんだろう。
「こんなところじゃキヨリンの魔法使えないのにね」
ハヤは面白そうに笑ってキヨをチラッと見た。
ハヤは白魔術師。長身に金髪のカールした髪に濃い藍色の瞳。街を歩いたら男も女もみんな振り返るようなキレイ顔のぶっちぎりイケメンだ。
自分で天才って言っちゃう人だけど、言葉通りのすごい医療魔術が使えてどんな人でも助けようとする。イケメンでおしゃれでセンスが良くて天才。モテ方が半端ない。
勇者はレツなんだけど、仲間からは団長って呼ばれてるのも納得って感じ。
キヨは黒魔術師で、黒髪に切れ長の瞳。性格も冷たい印象の見た目通りだけど、美人て言われたりする。街に居る時はだいたい図書館にこもって勉強してる、うちの頭脳だ。
でも酒ばっか飲んでる上に謎があるとご飯そっちのけになるから、コウがいつも心配してる。
吟遊詩人のハルさんって恋人がいるんだけど、ハルさんは俺たちと一緒に旅はしてなくて、たまに会ってもいつもちょっとしか一緒にいないんだよな。
キヨはあんまり興味なさそうに階下を見た。
こんな本棚の立ち並ぶ中でキヨが盗賊の相手したら、確実に本の雪崩が起きるよな。風でも火でも水でも氷でも、本には向かない魔法だ。
それでも何度も盗まれた街の人からしたら、本の発見者に留まらない活躍をしたキヨは信用があるんだろう。
「盗みに来るヤツだっていないんだから、別に何だっていいんだろ」
キヨは興味なさそうに吹き抜けの手すりから離れる。
「もう帰っちゃうの?」
俺がそう言うと、キヨはチラッと肩越しに見た。
「シマが外で待ってる」
仲間はもう一人、獣使いのシマが居る。
茶色の短髪に小さな丸めがね、モンスターと渡り合うからめっちゃいい体で、長身で精悍な感じ。でも普段は人懐っこい笑顔で誰とでもすぐ仲良くなっちゃえる、ハヤとは違うタイプの社交性のお化けみたいな人。
レツたちよりちょっと年上で、みんなのお兄ちゃん的ポジション。
ハヤとキヨとシマは、正直冒険者としてはあり得ないくらいチートで、やれる事がとんでもない。だから俺みたいに何にもできないのが旅にくっついてても大丈夫ってとこはあるのかも。
俺はみんなとは違う。みんなは同じサフラエルで育ってるんだけど、俺はそこでみんなが勇者の旅を始める時に勇者見習いとして仲間に加わったんだ。
見習いだから、いつか勇者になるために卒業するんだろうけど……まだそれは先の話、のはず。
俺たちはチラッと階下を見た。貸出第一号の人が図書館員から本を手渡されて、閲覧席へ向かう。無事完了。
俺たちはキヨについてホールをあとにした。
俺たち勇者一行の旅は、勇者のレツが受けたお告げをクリアして人助けをする旅だ。
勇者が受けるお告げは何となくふわっと見えた映像でしかないんだけど、それが何なのかを調べてそこに関わる事をクリアすると、誰かのためになる。でも誰のためになるのかはいつもわかってない。
だから勇者ってのは、『誰のためになるのかわからないけど、人助けになるからお告げをクリアしていく人』だ。
でもクリアしたからってその誰かに感謝されるワケじゃない。だいたいが勇者一行以外に事件の全貌を知る事はない。
それって結構、ボランティア精神に溢れてるよな。
俺たちはまだラトゥスプラジャに滞在していた。
あの後は、レカリダオンから馬で街道をのんびり戻ったのだ。キヨはハルさんと魔法で先にラトゥスプラジャに戻っていた。もともと二人は移動魔法で来てたから、馬の用意はなかったし。
ウトラタジャの四人のうち、三人は王都からのお迎えが来て、それぞれ別の街に送られていった。その辺はキヨの読み通りだ。
ただ一人、フィカヨだけは俺たちと一緒にラトゥスプラジャに来ていた。
ラトゥスプラジャに潜伏しているウトラタジャの人たちに、このままツェルダカルテ国民となるか自国に帰るか聞くというのがその名目だった。
「でもそう言うのって、年の上の人っていうか元上官がやるんじゃないの?」
レツはちょっとだけ不思議そうにキヨに聞いた。キヨはその決定を聞いた時に、もうレカリダオンにはいなかったんだけど。
「洗脳が長い方から先に遠くに送ったのかもな。逆に若いからこそ頑なな場合もあるだろうけど、フィカヨは大丈夫そうだと思ったんじゃね?」
無難な線で行くならハヤの弟子入り志願したアイェサが一番だと思うけどね。
でもアイェサは白魔術師だからすぐに冒険者として働き始められるだろうし、そういう意味でも早く定着させたかったのかな。
フィカヨ一人でそんな伝言を伝えてまわっても誰も信じないだろうから、そこに同行するのが俺とシマの役目だった。
俺がくっついて行く意味って何だと思ったら、店に入る時に油断させる狙いがあるんだと。そりゃいきなりフィカヨと見たことのないシマが一緒に入ってきたら、絶対怪しむし。
シマはきちんとした王様のお墨付きを持っていて、ツェルダカルテ国民になる場合にはその旨サインさせる。そうでない場合は、つまりウトラタジャのスパイなわけだから、残念ながら強制送還ということになる。
こんな決断、結構難しいだろうから考える時間を与えてあげるのかと思ったんだけど、なんとその場で決めるようにと迫っていた。
「あの四人の時もそうだっただろ。自分を持って揺らいでる人間ならその場で決められる。
こっちの方が魅力的だと思いつつも踏み出せないようなら、いつまでも周りを伺いながらいるから、ウトラタジャからまた何らかの圧があったらすぐに負けるよ。そういう危険は冒せないからな」
そういえばシマは、あの時も唐突にどっちか選ぶようにって言ったんだった。
しかもラトゥスプラジャの街で店を構える彼らじゃ、すぐに別の街に移動させてしまうことはできない。
だとしたらどっちつかずの人をここへ残すのは、いくらツェルダカルテが寛容でもガードが甘すぎるもんな。
「でもとりあえずツェルダカルテを選んでおくって人がいたりしないかな?」
とりあえずツェルダカルテ国民になっておいて、ホントはまだスパイとしての任務を続けるつもりとか。
「そのためのこれだな」
シマはそう言ってフィカヨの肩を叩いた。
フィカヨはちょっとだけ困ったような顔をした。フィカヨはキヨから、話し合いの間は一言もしゃべるなときつく言われていたのだ。しゃべっちゃいけないのが何かあるのかな。
「こいつの話聞いただろ、若くて一直線。この年で街の潜入じゃなくて黒服になるくらいだから、かなり厳格なタイプで知られてそうだ。
だったら黙ってそこにいるだけでプレッシャーになる。つまりフィカヨは街の人にとっちゃ、あの年長の黒服みたいな存在なんだ」
そういえば黒服は、時々街で彼らを監視していたんだっけ。逃げたりしないように。
そして彼らの売り上げを『竜の鱗』購入のために巻き上げていたんだ。そしたらそのプレッシャーはねのけてツェルダカルテを選べる人ってのは、フィカヨ含むあの四人みたいな人たちってことなのか。
黙って睨み付けてくるフィカヨに負けるような人なら、ウトラタジャを恐れていつか寝返る可能性がある。
シマはそれから、何だか納得するように何度も頷いた。
「なるほどその上で俺だったんだな。動物の顔色読むのは得意だから」
実際ツェルダカルテを選ぶと言った人の中で、シマが断った人がいた。選ぶ自由はあると思ってたからちょっと驚いた。
フィカヨも驚いていたけど、シマが断った人はすぐに表情を変えて憎らしく睨んできたから、本心は違っていたんだろう。っつか動物って。
ラトゥスプラジャに潜伏している人たちは全部で十数人だった。十年の計画のわりに何だか少ない気がする。そのうち半数近くがツェルダカルテを選んだ。
ウトラタジャを選んだ人たちは、すぐに待ちかまえた移動魔法士が連れ去って行った。
「数日分の旅の支度を渡して、移動魔法士がリレーして国境の山脈の向こう側へ置いて来るんだと」
決めた直後に店の金だけかき集めてそのまま連れ去るから、彼らが築いた店や商品はそのままだ。
そりゃ他国のスパイに逃げられるような時間的余裕を与えてしまうのはどうかと思うけど、それにしたってちょっと強引な気がするんだけどな。
「稼いだ金は持たせてやるんだから、国境から無事近くの街にたどり着けるんなら充分人道的だよ。普通なら全部没収して逮捕だろ」
ツェルダカルテはこの件で大きな損害を被ってない。だからこんな風に寛容な処置ができるのかも。
それに彼らが特に知りもしないツェルダカルテに敵意を持ったのは、彼らの自由意志とは言えないのかもしれないし。
そんなだから潜伏したスパイを巡るのは一日で一気に終わらせた。
本当にツェルダカルテに留まりたくて、国の重圧から逃げたかった人たちは安心して泣き出す人もいた。彼らには、フィカヨがその後で自分もこの国の王子に諭されてツェルダカルテを選んだことを伝え、毒を向けたことを謝っていた。
街の人はいずれもフィカヨがこの国を選んだって言葉に驚いていたけど、『王子に諭された』ってのが微妙に説得力があったらしい。
いずれ彼らも別の街に移動させるんだろうな。
図書館を出ると、シマとフィカヨが待っていて手を振ってきた。
中は盛況すぎて、頼まれた俺たち以外はあとから入れなかったのだ。
「式典、終わったんだ?」
「滞りなく」
フィカヨは伸びた黒髪を一つにまとめていた。クセ毛っぽいから結んだ髪が犬の尻尾みたいだ。
どうやらハヤたちよりも若いらしい。まだ十代でも通りそう。身長はキヨとシマの間くらい、褐色の肌がやたら快活に見えるけど、あれだって俺たちと会った時はもっとくすんでいた。この一週間しっかりと栄養のあるご飯を食べてるだけで全然肌つやが違ってきている。やっぱ食事って大事。
「キヨリンはあの本、満足するほど読めた?」
ハヤは隣を歩くキヨを見る。
そういえばキヨ、クダホルドからずっとあの本と一緒だったんだよな。今更だけど、手放したくなくなったりしなかったのかな。
キヨはちょっと首を傾げた。
「必要なところは引用できたし、あとは今のところ必要ないかな」
淡白! え、なんかこう思い入れみたいのとかないの? 俺の言葉にキヨはわけがわからないって顔で見た。
「あれは魔術書だっつっただろ。思い入れで使うもんじゃねぇよ」
いやそうだけどー……俺が複雑な顔をしていると、ハヤがそれを見て笑った。
「お子様はお気に入りの剣を下取りに出さなかったくらいだからね」
ハヤは俺の頭に手を載せた。
うるさいな! 二刀流になるかもしれないだろ。
「シマって通信屋に行ってたんだよね?」
レツはシマに並びながら言った。
「そ、定期連絡な」
あ、エインスレイのやつか!
「どう、満足してた」
「そりゃーもう、あれこれ盛り気味に語ったから」
馬のお金を出してもらったから、この冒険の旅のことを伝えるって約束だったけど、そんなに話を盛ったら今後の連絡に支障が出たりしないんだろうか。
「大筋だけ伝えても逆に気になっちゃうよね。古い魔術書を護送するだけのハズが、魔導士は倒れるわエルフは追ってくるわ異国の工作員は絡むわ潜伏したスパイはいるわ」
詳細まで語ろうとしたら、結構な長さになっちゃう。それならいっそ手紙を書いた方がよかったんじゃないのかな。
「いいんだよ、通信だって向こう持ちなんだから。満足する話を送ってやれば、街を出られない分楽しめるだろ」
「え、向こう持ちなの! さすが太っ腹」
普通の人は、街や村に暮らしていたらそこから出る事はほとんど無い。だから冒険の話は楽しく読まれるんだろうけど、それが知っている人の冒険だったらなおさら楽しいのはわかる気がする。
フィカヨがきょとんとしているので、コウが「シマさんのお兄さんだよ」と教えてあげていた。
「向こうは変わりないって?」
「ツィエクの事業引き継いだ分が軌道に乗ったようで忙しくしてるらしい。人手が足りなくなりそうだから、紹介できるごろつきがいたら回してくれって」
「相変わらずだね」
レツは楽しそうに吹き出す。そこ、ごろつきでいいのかっていう。
「みんな怪我なく元気にしてるのかって言うから、団長なら変わりないよって答えておいた」
シマがニヤリとしてそう言うと、ハヤはちょっとだけ驚いた顔をした。
レツとコウとキヨまでが小さく口笛を吹く。
エインスレイがシマのお兄さんだってわかった時から、ハヤは彼に会ってないし通信も交わしてない。
ハヤはお告げのために潜入してたんだけど、それでも二人は普通に親しげに見えた。やっぱりエインスレイは今でもハヤが好きだったりするのかな。
「そんでそこでエインスレイは何て」
「シマさん、そこの返し重要だよ」
「ここまで距離取ってからそれ言うとか、シマも結構意地悪いな」
三人がシマをからかう中、ハヤは唐突にシマの肩を引き寄せた。
「なに、シマ、僕にお兄ちゃんになってほしいの?」
シマは顔半分しかめるみたいな笑い方で「そこはー……びみょー」と言ったので、みんな笑った。
「そういえば、フィカヨってこれからどうするって連絡来た?」
フィカヨには王都からの連絡がくるって話だったから、シマと一緒に通信屋に行ってたはず。
「あ、うん……一応、ヴィト様と話ができたんだけど」
ヴィト、わざわざフィカヨに連絡するのにまた出てきたんだ……めちゃくちゃ面倒見いいな。
その割りになんだか歯切れが悪い。どうしたんだろ。
「何かあった?」
フィカヨはちょっとだけ困ったような表情をした。
「みんなと一緒に旅をして、ダーハルシュカに行くようにって」
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