第4話 突きつけられた「差」と、心強さ

 しばらく打ち合って勘も取り戻してきたところで、まずはお互いの実力を知ろうという目的のもと、部内戦をやることになった。この部内戦は申込締め切りが近い高校総体の県予選の枠争いも兼ねるため、男女別に総当たりで行う。各校とも男女それぞれ4人ずつがエントリーできるため、男子は5人で4枠を争うこととなる。


「じゃあ翔真ー、最初にやろうぜー!」


 部内で一番強いという大城逸輝が、翔真に声を掛けてくる。ぜひやりましょう、と翔真もこれに応じ、1試合目の組み合わせが決定する。


「じゃあいきなりだけど、始めようか。ラブオール!」


 通常はラリーをしてから試合に入るものだが、お互いにアップでラリーをしたところだったので、試合前のラリーをすっ飛ばしてすぐに試合に入る。審判は、松原先輩が買って出てくれた。じゃんけんの結果、逸輝先輩が先にサーブすることになった。


「「お願いします!」」


 お互いに軽く礼をしてから、逸輝先輩はサーブ、翔真はレシーブの体勢に入る。


 逸輝先輩は真上にトスを上げると、ボールの横下を取る様にしてボールに回転を掛けて、翔真のフォア前にサーブしてくる。「順横回転」とか「横下回転」と言われる、卓球において最も一般的なサーブだ。だが、ネットすれすれの高さを通してくる、精度の高いサーブだった。


 ――ここは無難に返す……!


 フォア前に来たボールに対し、ボールにした回転を与える「ツッツキ」で翔真は相手のバック側にレシーブする。攻撃型の選手のツッツキはあまり自分から回転を掛けないことが多いが、ここはカットマンらしくしっかりとボールを切って下回転を掛けていく。が、逸輝先輩は待っていましたと言わんばかりに回り込むと、思い切り斜め前にラケットを振り抜き、強烈な上回転が掛かったスピードドライブを翔真のフォア側に打ち込んでくる。


 ――速っ、回転もエグい……!!


 台から2歩ほど下がった位置で、翔真はラケットを上から振り下ろすようにスイングし、カットでの返球を試みる。が、逸輝先輩が打ち込んできたボールの勢いを殺しきれず、翔真のラケットに当たったボールは高く浮く。辛うじてコートに入って跳ね上がったボールを、逸輝先輩はフルスイングでスマッシュしてくる。鋭く打ち込まれたボールに翔真は何とか反応したものの、ラケットに当てることさえできずにぶち抜かれてしまった。


 ――これが、松原先輩の言っていた「理由」か……!


 中学時代には見たことの無い、「強い」ボール。強烈な回転とスピードが両立された質の高いボールだった。


「ワン、ラブ」


 周りが動じていないことが、今のボールが特別なものではなくいつも通りのボールであることを覗わせる。そう、この質の高いボールが「普通」に来るのが、高校のレベルなのである。


 次のレシーブに備えて、翔真は体勢を整える。それを見て、逸輝先輩がトスを上げ、再びフォア前に短いサーブを出してくる。


 ――今度はフォアに、しっかり切って……!


 逸輝先輩のフォア側に、できる限りの下回転を掛けてレシーブする。逸輝先輩は今度は打点を落とし、斜め上にラケットを振り上げて、ループ気味のドライブをバック側に打ってくる。ループドライブは普通のドライブよりもスピードが無い分、回転量が多くなる。入射角が大きくなるから、カットした時に高く浮きやすい。これを低く抑えることがカットマンとしては大事な技術なのだが、回転量が多ければ多いほど低くカットを抑えることは難しくなる。


 ――何だよ、この回転量……!


 案の定、返球が少し浮く。だが、逸輝先輩のボールの回転が多かった分だけ、翔真のカットも回転が掛かってくれた。


 ――これならもう1回繋いでくるだろ……


 強打はないと読んだ翔真は、1歩だけ下がって次のボールを待つ。だが、逸輝先輩は回転量なんか関係ないというように、思い切りフルスイングで打ち込んできた。


 ――嘘だろ……!?


 意表を突かれた翔真は、咄嗟にボールに飛びついて、何とかラケットにボールを当てた。だが、強烈なボールの勢いを殺しきれず、翔真のラケットに当たったボールはそのまま逸輝先輩側のコートのエンドラインを超えた。


 ――こんだけ回転を掛けても持ち上げられるのか……!


 中学生から高校生の間に、特に男子は身体が大きく成長する。身長・体重が増加するのはもちろん、体幹の強さや足腰の強さも中学生と高校生では比較にならない。そして身体が強くなったということはスイングスピードが上がるということであり、それはすなわち回転量の高い球やスピードが速い球を打てるということである。回転量が多くなればカットは低く抑えにくくなるし、速いボールは当然対応しにくくなる。また、回転量の多いボールを打てるようになるということはカットの回転にも対応しやすいということに他ならず、中学生の時には回転量が多いボールであれば多少浮いても強打されなかったのが、高校では強打されるようになるということだ。


 ――これが高校レベル……! でも、強い相手でもどこに弱点があるかは分からないし……


 ボールの強さには、すぐには対応できないかもしれない。だが、サーブや台上プレーなど、小さなプレーで得点出来るのが卓球というスポーツである。何も、相手の方が上の部分で勝負していく理由は無い。


 ――サーブで翻弄してやる……


 相手が構えたのを確認して、翔真が高いトスを上げる。ボールが落ちてくる速度を活かして回転量を上げると共に、レシーブ側のタイミングをとりにくくする「投げ上げサービス」だ。落ちてくるボールのなるべく横を擦って、横上回転をボールに与える。


「おわっ!」


 翔真の狙い通り逸輝先輩がツッツくと、ボールはふわりと高く浮き、そのままエンドラインを越えた。


「ヨォォ!」


 思わず雄叫びを上げる。球の威力には驚いたけれど、サーブは高校でも通用する。ラリーの末の1点でもサーブでとった1点でも、同じ1点だ。


 ――地道に1点ずつ稼いでいけば、良い勝負に持ち込めるかもしれない……


 だが、それほど甘くは無かった。逸輝先輩の回転量に最後まで対応できず、逆にこちらのサーブに慣れられたこともあって、試合が進むに連れてだんだんと抑え込まれてしまった。結局、7-11、5-11、5ー11の0-3。


「ありがとうございました」

「やっぱり、めっちゃ上手いじゃん。ブランクもあっただろうに、流石だな」


 逸輝先輩は、終始どこか余裕があるように感じられた。点差自体はそこまでつかなかったように見えるが、感覚としては完全にねじ伏せられてしまった。


「じゃあ次、審判お願いして良い? 逸輝、次俺と試合しようぜ」


 松原先輩が、カウンターを翔真に手渡す。


「大丈夫。最初は衝撃を受けるだろうけど、だんだん戦える様になっていくからさ。同じカットマンの俺が言うんだから、あんまり引き摺るなって」


 愕然としていた翔真に、そっと松原先輩が声を掛ける。


「一応、俺がこのチームのエースだからな。1年生相手に、そう簡単に負けてたまるかよ」


 松原先輩に続いて、逸輝先輩も翔真を慰める。


「正直、慣れてるかどうかが大きいと思うぜ。フォームも綺麗だし、今はまだブランクもあるだろうし。それにサーブもツッツキも上手いから、マジで高校レベルのボールに慣れてくれば、逸輝相手でも対等にやれるようになると思うわ」


 試合を見ていてくれた先輩方も、うんうんと逸輝先輩の言葉に頷く。


「大丈夫。そんなに強いって感じたとしても、団体では俺たちと一緒に戦うんだぜ?」


 松原先輩が、そう言って翔真の背中をぽん、と軽く叩く。


「翔真、この部に入ってくれてありがとな。そして、ようこそ正鑑高校卓球部へ」


 ――ああ、この人たちとなら大丈夫だ。きっと、この部でならやっていける……!


 圧倒的な差を見せつけられたけれど、この先輩方は、このチームは暖かい。試合に負けたばかりだというのに、翔真はどこか安心感を覚えていた。

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Chopper RURI @RURI-chrysipteracyanea

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