第2話 入部決定
「翔真の他にも、男子で誰か入ってくれると良いけどねぇ~」
ウォーミングアップのラリーをしながら、照屋美紀が口を尖らせる。現在、卓球部には男女ともに3年生が居らず、2年生は男女とも4人の計8人しかいない。今年、見学に来た新1年生は男子は翔真1人だけ、女子も佐々木綾香と山城伊織の2人のみだという。高校の団体戦に出場するには最低でも3人以上の人数が必要で、このままではエントリーすることさえできなくなってしまう人数である。人数が少ないこともあって、卓球部は男女いっしょに活動していた。
「中学で卓球やっていた人も居なさそうですし、今年は厳しいかもしれないですね」
「そっか~、まあこの高校を選んだ時点で、ある程度しょうがないことではあるんだけどね~」
正鑑高校は公立の進学校ゆえ、スポーツ推薦やスカウトはしていない。そのため部員数は年によってまちまちで、有力選手が集まってくる環境では無い。実際、翔真自身も卓球をしたくてこの高校に入った訳では無く、その先の大学進学を見据えてこの高校を選んでいた。
その時、キィッ、と扉が開く音がした。
「お。やってるねー」
「「こんにちはー!!」」
「ごめんねー、なかなか来れなくて。新入生はどんな感じ?」
長身でスラッとした女性の先生が入ってくる。卓球部顧問の
「3人だけですね~」
「しょうがないなー、ゼロじゃなかっただけ良いか~」
先輩方とのやり取りを見ていると、若いこともあってかかなり生徒との距離感が近い先生のようだ。
「でも先生、今年の1年生は強いですよ!」
「綾香と伊織は春休みから練習に来てたから知ってるけど、えっと……」
平良先生が、翔真に視線を送る。
「あ、東江翔真です。はごろも中から来ました……」
「ごめん、翔真君ね。もう入部は確定?」
「そ、そのつもりです……」
見学初日から練習参加、そして入部確定となるとは思っていなかった翔真だったが、この雰囲気なら心配ないだろうとこの瞬間入部を決意する。もともと他の部に入るつもりもなかったので、あまり迷うことはなかった。
「オッケー、それならありがたい。1人でも部員が多いに越したことはないからね」
「しかも美月先生、翔真は上手いですよ。中学時代、俺たちの代に混じって試合に出てたくらいですから」
「お、じゃあ期待大だね。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
まだ練習に来てほとんど打っていないというのに、周りから期待されているのが分かる。が、高校受験があったため半年近くブランクが空いている翔真にとってはそれは大きなプレッシャーでもあった。
「じゃあ、試しに打ってみようか。まだウォーミングアップの途中だったでしょ?」
そう言うと、平良先生はラケットケースからラケットを取り出す。
――カットマン……!?
取り出されたラケットは、普通のラケットよりも一回り大きい、カットマン用のラケットだった。
「驚いた? 私もカットマンだからね、一応。そのラケットを使ってるってことは、翔真君もカットマンなんでしょ? 良かったね龍輝、カットマン仲間が増えて」
ほら、台について練習やりましょ、と平良先生が促す。翔真の力を把握したい、という理由で、翔真は平良先生と打ち合うことになった。
――上手い……!
ラリーを始めてすぐに、平良先生がかなりの技術の持ち主であることは分かった。ついさっき来たばかりでまだほとんど体も温まっていないはずなのに、力感の無いフォームからほとんどばらつき無く打ちやすいコースに返球してくる。逆に、久しぶりにラケットを握った翔真の返すボールは、少しバラついてしまっている。
「打ってきて良いよ」
「は、はい」
少しラリーが続いたところで、平良先生から強打をして良いよ、との指示が飛ぶ。基本的にラリーではお互いに返球しやすいスピードで打ち合うものなのだが、慣れてきたら感覚を確かめるために強いボールを打つことがある。翔真も重心を落として体の後方までラケットを引き、斜め上にラケットを振り抜く。
「うん、良いボールだね」
平良先生は翔真の強打に対し、ぽんっとラケットの角度を合わせて簡単に返した。あくまでラリー中の強打だからフルスイングのボールではないが、それでもここまで簡単そうに返してきた相手はそうはいない。涼しい顔をしているが、平良先生の技術は間違いなくかなりのレベルである。
「じゃあ、バックもやろうか。打てる?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「平良先生って、めちゃめちゃ上手くないですか?」
「そりゃー上手いよ、だって元県チャンプだもん」
初日の練習終わり。翔真が着替えながら発した問いに、さも当然というように松原先輩が答える。
「教員になったから今はあんまり大会には出てないけど、元々は国体選手だったらしいし。さすがにフットワークとかは衰えてるんだろうけど、今でも県大会ならそれなりに勝ち上がるんじゃないかな」
元県チャンプ、という言葉に驚きはない。打ち合っていてミスも少なかったし、翔真が打つどんなボールも簡単そうに返球してきていた。相当な技術がなければ、できる芸当ではない。
「部活がメインって高校じゃないけど、部活に思いっきり打ちこめる環境はあるんだよ、この高校の卓球部は。一緒に頑張ろうぜぃ」
「これから、よろしくお願いします!」
高校生活初日にして、東江翔真の正鑑高校卓球部への加入が決定した。
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