第44話・少女の幸せ
「フィー!!」
思わず立ち上がり叫ぶ。
彼の悲鳴にも似た声を聴いた仲間達は、何があったたばかりにこちらを向いた。
「どうかしましたか!」
「こ、これ!」
端末の画面を二人に向ける。
瞬間、シータは両手で口元を隠す仕草を取り、シグマは目を見開いた。
「リンチされてるじゃないアイツ!」
「酷い……」
「犯罪よこんなの! 正気の
(まさかここまでやるのかよ、アイツは!)
「と、とにかく警察に電話を!」
シータが自分の携帯を取り出し電話を掛けようとする。
と、その時。
「フィーさん!?」
唐突にシータの携帯が鳴った。
反応から察するにどうやらフィーからのようだった。
「フィーさん!」
「シータ、スピーカーにして!」
「は、はい!」
シータが慌てた素振りで操作し端末を机に置いた。
『もしもしシータさんですか!』
「フィーさん! 大丈夫なんですか! 何やら変な画像がガンマさんのところに届きまして!」
『はい、どうにか
「おい、フィー! 今何処にいるんだ!」
『あ、え!? ガンマ様!? 何でシータさんの携帯から!?』
「そんなことはどうでもいい! 何処にいるんだ今!」
『き、昨日のジムの近くの公園ですっ』
「公園だな! 今から向かうからそこを動くなよ!」
『え、あ、ガンマ様ぁ!?』
荷物を手に取り急ぎ外に出ようとする。
胸が無性にざわつき、いても立ってもいられなかった。
そして、休憩室から飛び出そうとした時である。
「ガンマさん!」
「フィーさんを宜しくお願いします!」
「――!? はい!」
「無事に戻ってくるのよ! これはリーダー命令よ!」
仲間に
そして大通りに出てタクシーを拾うと、すぐさま飛び乗った。
「ここまでお願いします! なるべく急ぎで」
端末に映したマップを運転手に見せる。
「あいよ!」
威勢の良い返事を聞くなり、ガンマは下を向いた。
(頼むから無事でいてくれよ)
目的の場所まで車で15分といったところだろう。
そこまで遠くないはずなのに、ガンマの心の中は
早く。
早く!
右足を
体は自然と
今はただ祈るしか出来ない。
非常に無力な存在だった。
遅い。
1秒が1分に感じられるほどだ。
歯に力を込め押し潰されそうな重圧に耐える。
そして
そして。
「着いたよあんちゃん。値段は――」
「電子マネーで。すみません、帰りもお願いしたいので5分ほど待っててくれませんか!」
「あ、ああ。それは構わないけど」
「お願いします!」
相手の反応も待たずに支払いを済ませて降りる。
運転手の中年男性ドライバーは慌てた態度を取ったものの、深入りしてくることはなかった。
「何処だ、フィー」
遊具も少なくそこまで大きくない公園。あるのはベンチとブランコに滑り台に砂場。
あとは、1メートル四方ほどの植木がいくつかと、公衆トイレ。
身を隠せる場所は限られてくる。
(トイレの中か。それとも)
周囲に悪魔の姿が居ないことを確認してから、砂場の方に近付く。
「フィー、居るか」
植木に向かって話し掛ける。
「その声。ガンマ様……です――ひゃっ!?」
ゆっくりと姿を現そうとしていた少女の方へと回り込み、有無も言わさず彼女の手を取った。
「ガンマ様! アタシ!」
「話はあとだ! ひとまずこっちに!」
「は、はい!!」
戸惑う赤髪の少女を誘導しながらタクシーへと乗り込む。
そして一言。
「タクシーに乗った場所まで戻って貰えますか!!」
「おっけえい!」
様子を察してくれたドライバーが瞬時に車を出す。
交差点を2つほど進んだところで、一気に安心感が襲ってきた。
「あの、ガンマ様。その、えっと」
隣に視線を落とすと、珍しくしり込みしている赤髪の姿があった。
(っ)
彼女の左頬は、見るからに痛々しい紫色を帯びている。
時間が経過したことで殴られた箇所が
「ごめん、フィー! 俺のせいでこんなことに!」
少女に向かって全力で頭を下げる。
あまりにも今更だが、申し訳ない気持ちで一杯だった。
「ごめん。本当にごめんなさい」
「ガンマ様」
「ごめん、ごめん、ごめん……!」
「ガンマ様っ!」
脳を揺るがすほどの甲高い声。
罪悪感に
「ガンマ様。アタシは、アタシがやりたいことをやってこうなったんです。ガンマ様のせいじゃあないです」
フィーが小さな笑みを作る。
「でも、お前。その
「あー、これも過去のツケですよ。相手チームの女子達、あれ昔アタシを
「フィー」
「だから、ガンマ様とは何の関係もありません。アタシが勝手に
あはは、と乾いた笑いを作り出す。
(何でこいつこんなにしてくれるんだ)
こんなことは誰にだって出来ることではない。
しかし、ガンマは昨日そんな彼女のことを否定した。
折角優しくしてくれたのに。
手を差し伸べてくれたのに。
気遣ってくれたのに。
ガンマは彼女の手を払ったのだ。
フィーがどうしてここまで助けてくれるのか理解出来なかった。
「フ――」
言葉を紡ごうとしたところで、右手から不思議な温もりが伝わってきた。
(ぁ)
震えている。
そうだ。
彼女とて怖いのだ。
何せ昨日の一件があるのだから。
(そうだよ。理解出来なくて当然だ。だってそもそも最初からフィーのことを分かってなかったじゃないか。理解出来たことなんてない。それならっ!)
「フィー」
少女を包み込むように腕を回し、抱き締める。
彼女には非が無いことを伝えるために。
(理解なんてどうだって良い。誠意は行動で示せばいいんだから)
「が、が、が、ががが、がん、ガンマ様っ!?」
ヒートアップするフィーを無視して伝えるべきことを思い浮かべていく。
「フィーは悪くない。本当に悪いのは俺だ」
「…………」
「辛さに
「…………」
「一度はお前のことを拒絶しておいて図々しいけど、また俺と一緒に戦ってくれないか。俺にはお前が必要だ」
「…………」
「だからまた一緒に戦って――って聞いてるか?」
「ふにゃあ……」
「フィー!? フィー!」
ガンマが
あまりの幸せに頭が熱暴走を起こしただけなのだが、ガンマがそこに気付く理由もなく。
結局救急病院へと向かうのだった。
なおタクシー運転手は終始真顔のまま運転していた。
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