第43話・仲間

「ガンマァァァァァァ!!!!」


 ガンマが配信を終え、プレイルームから出た瞬間、突如とつじょ狂犬が飛び出してきた。

 いや、狂犬と表現するのは生温い。


 金髪をなびかせる幼女の表情はそのものだった。


「アンタ何で連絡無視してんのよ! 心配したじゃない!!」

「ぐるるふぇ!?」


 思い切り腹部に突進されたせいで、潰れたカエルのような声を上げてしまった。


「病んでない? 体は? あの後どうしたのよ!」

「シグマさん、突然そんなに並び立ててもガンマさんも答えづらいかと」


 今度はシータが現れる。

 彼女はジムの制服ではなく私服を着用していた。


「そ、それもそうね。悪かったわ」


 気まずそうに幼女が距離を取る。


「いえ、俺が全面的に悪いので」

「……詳細をお聞きしたいところですが、一度場所を変えませんか? 次にご予約された方もいらっしゃると思うので」

「そうですね。なら休憩室に行きましょうか」

「賛成」


 同意を得るなりそろって休憩室へと進む。

 中にはにはちらほらと人が居たが、聞かれて困る話でも無い。


 ガンマ達は空いている椅子に座ると、話を続けた。


「で、何で連絡無視して配信してたわけ? 返答によってはぶっ飛ばすわよ」

「もうぶっ飛ばしてましたよね!」

「んー、気のせいじゃない?」

「本当にやってない人間は、そんな素っ気ない目はしないものですよ」


「はぁ」と息を吐き、胸の中に溜まっていた空気を輩出はいしゅつする。


 シグマのおかげで体の中に残っていた毒気が抜けていった気がした。


「実は――」


 昨日の一件だけでは無く、中野のことも含めて順に説明していく。


 中野との関係。そして、休職したこと。

 彼におどされたことで勝負になり、コテンパンにされたこと。

 負けた腹いせに、フィーに当たってしまったこと。


 全部。


 全部だ。


 一通り話し終わった時には、雰囲気はすっかりと重くなっていた。

 だが、金髪幼女はすぐさま口を開いた。


「そりゃ連絡してこないわけだわ」

「すみません」

「別に謝罪が聞きたいわけじゃないわ」


 と、シグマ。

 彼女は不意に休憩室のすみに設置されているウォーターサーバの方に行くと、紙コップを取りながら言った。


「アンタこれからどうするわけ? まさかダンストやめるなんて言わないわよね」

「え、ガンマさん!?」


 シグマの言葉にシータが狼狽うろたえる。

 どうやらその可能性を考えてはいなかったようだ。


「やめないですよ。応援してくれる人がいる限りは」

「ガンマさん……!」


 ほっと胸を撫で下ろすシータ。

 普段理知的な彼女も今日は珍しく感情に身を任せている。


「じゃ、アンタがやるべきことは1つね」

「いえ、2つです」


 シータが口を挟んでくる。


「相手にリベンジする以外何かある?」

「ありますよ。と、いうより、こっちの方が大事です」


 彼女の言わんとしていることは分かる。

 ガンマもまた考えていたことなのだから。


「フィーに謝ってきます」

「ふふっ、理解しておられるならもう私からは何もありません」


 小さく微笑むシータ。

 そして隣では気付かなかったとばかりに「あ〜」と発する幼女がいた。


「ま、シグマもそれぐらい思いついてたしー。こんな仲間想いの人間他に居ないんだから」


 苦しい。

 と思ったが、別段ツッコミはしない。


 下手に差し込んで殴られのは避けたい。


「な、何よ」


 バツが悪そうにシグマが返す。


「いや、可愛いなと思いまして」

「くたばれ!」


 思い切り腰のあたりをられる。


 あまりに分かりやすい照れ隠しによる一撃。

 容赦の無い攻撃ではあったものの、不思議とそこまで痛くなかった。


「お二人ともコントはそれぐらいに」

「コントじゃないわよ!」

「? 何処からどう見てもお笑い劇でしたが」

「アンタ前から言おうと思ってたけど、地味にズレてるわよね!!」


 幼女が顔を真っ赤にしながら女子大生に向かって叫ぶ。

 対する少女はただクスクスと笑った。


 釣られてガンマもまた笑ってしまう。


「少しは元気がいてきましたか? ガンマさん」

「え、まさか誘導してました?」

「まさか。そんな意図はありません」


 今日一番の笑みを見せるシータ。

 彼女の真意は分からないが、元気になったのは確かだ。


「ただもしメンタルの方が辛かったら病院には行って下さいね。体と違って心は簡単には治りませんので」

「はい、お気遣いありがとうございます」


(大丈夫。朝まで感じていた辛さはほとんど感じない)


 優しさが染みる。

 胸に手を当てると、心が軽くなったのを心底感じられた。


「人見さんは本当に優しい人ですね」

「むむぅ。何故今本名を?」

「何となく」

「急な本名呼びはマナー違反ですよ……」


 シータの照れる顔も非常に可愛らしかった。

 普段が大人らしい落ち着いた表情が多いだけに、今のようなしおらしい姿は非常に貴重だ。


「アンタこんなことしてないで、さっさと相方の元に行きなさいよ! 謝るんでしょ!」

「シグマさんの言う通りです! 時間を食っている場合ではありません!」

「わ、分かりましたから。そう責め立てないで下さいよ」


 調子に乗り過ぎてしまったようだ。

 女性陣二人から追い込みを掛けられてしまった。


「てかフィーとも連絡取れないのよね。寝てるのかしら」

「フィーちゃんは、無為むいに時間を過ごすタイプでは無いと思いますが、そういうこともあるのでは?」

「ま、不当にブチ切れられたら不貞寝ふてねしてても可笑しくないか」


 ニヤけながら遠回しに文句をぶつけてくるシグマを他所よそに、ガンマは端末を操作する。


 試しにメッセージを送ってみたものの既読が付かない。

 ガンマからの連絡なら気付いた瞬間即レスの彼女が、だ。


「避けられてますかね、俺」

「まだアンタが一報入れてから1分も経ってないわよ」

「もうそんなに経ってるじゃないですか」

「アンタのあいつに対する信頼が怖いわ」

「無自覚に調教されていますねぇ」


 ひそひそと話し始めた二人を横目にフィーに向かって電話を掛けようと試みる。

 通話画面を前に一瞬躊躇ためらってしまったものの、それでもボタンをタップして端末を耳に当てた。


 ……。


 …………。


 コール音だけが鳴り響く。

 一向に向こうが出る気配がなかった。


「出ないですね」

「やっぱり寝てんじゃない?」

「単純に携帯を持っていないというだけの可能性はありませんか?」


 確かにお風呂の中まで携帯端末を持っていく人間は少ない。

 また、眠っていれば近くにあっても反応出来ないものだ。


 彼女達の予想は可能性としてあり得る部類だろう。


 頭の中で様々な未来を巡らせている時、ふとメッセージが飛んできた。


「うん......!?」


 それも相手は悪魔。

 途端、体の芯が重くなる。


 怖い怖い怖い。


(けどっ)


 恐る恐る画面をタップする。

 すると、


「何だよこれ……?」


 けばけばしい女達に羽交はがめにされているフィーの姿があった。

 彼女のほおは赤くれており、瞳には涙が溜まっていた。

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