第42話・潜入作戦

 何かやっている。


 一晩を犠牲ぎせいに捧げ、考えに考え抜いた結果、フィーはある推測を立てた。

 バージョンアップによって消されたバグがいとも簡単に再現出来るとは、どうしても思えなかったのだ。


 ぬぐいきれない疑念が思考の中にひずみを生む。

 そして、その歪を足掛かりに、他に妙な点は無いか探し始めていたら、すっかりと夜が明けていた。


 推しに否定され悲しんで暇など無かった。

 勿論、辛いは辛いのだが、腐って推しのためにならない時間を過ごす方が彼女には嫌だった。


 これぐらいのすれ違いなどいくらでもある。

 本当に辛いのは、自分の存在を認識して貰えなくなった時だ。


「我ながら本当厄介やっかいオタクですねぇ」


 電信柱の影に隠れながら微笑む。


 視界の先には昨日使用したジム。

 何度か場所を変え観察してみたものの、日曜日だというのに利用者の姿がまるで見えない。


(ネットによると、もうとっくに開業時間を超えているはずですが)


 しかしながら、やはり人の出入りはない。

 繁華街はんかがいから離れているせいで、午前中に利用する客が居ないのだろうか。


(本当は聞き込みしたかったですが、仕方無いですね)


 調査のコツは入念な下調べと足を使うこと。

 加えて小さな勇気。


 これさえあれば大抵のことは何とかなるものだ。


 覚悟を決めてジムの中へと向かう。

 昨日来た通り、中はやや暗めでシックな雰囲気、というよりかは気味が悪い。


 ネットの評価、堂々の2.1は伊達だてではない。


「予約は1部屋だけですか。これでよくやっていけますね」


 受付で端末を操作しながらつぶやく。

 ここの受付は無人なので、文句を言っても怒る人間は居ない。


 プレイルームを1時間だけ予約し、フィーは手持ちのICカードを端末に近付けた。

 すると小気味の良い音が流れ、レシートが排出された。


「これで準備は完了しましたが、さてと」


 何処から調べよう。

 怪しすぎて逆に見当がつかない。


(ヒントはオフライン。このジムを選んだ理由が必ずあるはず)


「ふむ」


 一旦予約したプレイルームに足を延ばす。


 ドアを開け、中に入るも見た目は至って普通。

 少しボロい以外は他と変わりないだろう。


「バージョンも変わりませんか」


 コンソールを操作しシステムのバージョンを確認したものの、フィーの予想とは反する結果が返ってきた。


「てっきりアプデ前かと思ったのですが」


 アップデートによってバグが修正されたのだから、アップデート前のバージョンであればバグ技を使用することは可能だ。


 一応ダンストを管理するサーバとの通信の際、アップデートすることを強要されるが、抜け道はいくらでも考えつく。


「と、なればタネは他でしょうか」


 プレイルームから出て今度は休憩室へ。


 1世代前の自動販売機。

 所々穴が開いたソファー。

 一週間前の雑誌。


 オンボロなところ以外は、こちらもまた妙な点は見当たらなかった。


「困りましたね。モニターも無いので各部屋の様子も分かりませんし」


 鼻の頭に人差し指を当てながらソファーに座る。

 最低限掃除は行われているようだが、カビ臭さが気になった。


(本当に新たなバグ技を見つけた? いや、いとも簡単に見つけるガンマ様がおかしいだけで、普通の人間には難しい)


「たまたま発見した可能性も捨てきれない。けど」


 これは逃げの結論だ。

 まだまだ決めつけるには早い。


 席を立ち、休憩室から出ていこうとする。

 刹那せつな


『ちょろかったなぁ、アイツ』


 外から聞き覚えのある声がれてきた。

 瞬間、慌てて自動販売機の影に姿を隠すフィー。


『久々にスカッとしたぜ。アイツが会社に来なくなってから、ストレスが溜まって仕方が無かったからなー』

『私達もあのに一泡吹かせることが出来て最高って感じでしたよ』

『本当本当。あの情けない泣き顔って言ったら。ふふふっ』

『思い出させないでよ。笑いが止まらなくなっちゃう』


(引きこもり……? おっと)


 声の主であるグループが休憩室へと入ってくる。

 フィーは彼らがドアを開けるよりも早くフードを被る。更にマスクを着用して自販機の前へと出た。


「おっと珍しい。客か」


 男の声は想像していた通り中野だった。

 フィーは彼の言葉に反応することなく、自動販売機のドリンクへと指を当てた。


(危ないところでした)


 下手に隠れるよりも、堂々としていた方がバレにくいものだ。

 また、ポイントさえしぼって隠せば更に効力が増す。


 飲みたくも無いお茶を購入し、部屋から出ていこうとする。

 途中、同い年ほどの女子3人の間を抜けたが、特に突っ込まれることは無かった。


(こいつら何処か見覚えが)


 ギャルのテンプレのような姿を気にしながら休憩室を後にし、出入り口へと向かう。


 だが、ジムの外には出ない。

 フィーは一旦彼らから見えない位置に移動すると、身を低くして休憩室の壁に寄った。


『あーあ、うちらにしてみればあのゲロカス女をもっとボコって欲しかったなぁ』

『なら言えよ。今更おっせんだよ』 

『だってー。暴れるあいつを抑えるので精一杯だったしー』

『アイツ無駄に力強かったよなー。引きこもりのクズのくせに』


 この品の無い声。

 思い出した。


(アタシをいじめていた馬鹿共だ)


 髪型どころか髪色、そして派手なアクセサリーのせいで気付かなかった。


(更生するどころかもっとちてしまいましたか)


 興味は無い。


 大方中野とつるんでいるのも、自分を恨んだゆえの行動だろう。

 中野の方から声を掛けたのか、はたまた彼女達の方から勧誘したのかは分からない。

 どちらにしろフィーにとってはどうでも良いことだった。


『ところで今日は何の用です? うちらこれからバイトなんですけど?」

『まあ、大したことじゃねーよ。あの件だ』

『あの件って? 昨日の勝負のことー?』

『それなら約束通りノンタッチですよ。むやみやたらに騒ぐなって約束だったし』

『ちげーよ、馬鹿。の件だ』


(ツール?)


 真相へと近付くワードの出現に、フィーのまぶたが素早く2回上下する。


『言われなくとも分かってますよー。ちゃんと保管してますからー』

『本当耳タコー』

『っせーな。分かってるなら良い。今度回収すっからもってこいよ』

『はーい』


(やっぱり裏がありましたか。もっと情報は――)


 と、フィーが更に壁に体重を掛けた時である。

 ギシッと木材がきしむ音が鳴った。


(しまっ!?)


『あんっ!?』


 施設のボロさを舐めていたせいで起きた予想外の出来事。

 だが、こんなことでパニックになるフィーでは無い。


 彼女はすぐさま出入り口に向かって走ろうと、右足を踏ん張り――、


「うっ!?」


 こけた。

 唐突に床が滑ったのだ。


「って、何でこんなっ!?」

「そりゃあロクに掃除してねぇからなー、このジム」


 フィーの疑問に答える悪魔。

 赤髪の少女が声がした方を向いた時には既に、目と鼻の先に敵が居た。


「さーてお嬢ちゃん。こんなところで何をしてたか聞かせて貰おうかー?」


 強く肩を掴まれる。

 振り払おうとするが、男の腕力の前には為す術が無かった。


(申し訳ありません、ガンマ様!)


 心の中で懺悔ざんげする少女の前で、悪魔はゲスな笑みを浮かべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る