第41話・失意。そして

 休職期間が終わるまで数日。

 決断を下さないといけない焦燥感しょうそうかんおそわれながらも、ガンマは布団の中にいた。


 とうに正午を超えている。

 普段であれば、ジムで午前の配信を終え昼休憩に入っている頃であろう。

 しかし、今日に限って言えばそんな気はさらさら起きなかった。


 昨日、フィーと別れた後のことは正直覚えていない。


 帰巣きそう本能が働いたのか、気付いた時には帰宅していた。

 どんなに追い詰められた状況であっても、平穏な場所に戻ろうとしたのだろう。

 ガンマは自分のことながら感心していた。


 布団に包まりながら携帯端末をチラ見する。

 本日5度目である。


 シグマとシータからの連絡が大量に来ている。

 特に、シグマのものに至っては全てを読むのが億劫おっくうになるくらいの量だ。


 当然、返信は送っていない。

 所謂いわゆる、既読無視というやつだ。


「フィーからは無いか」


 端末を見つめながらボソリと呟く。

 あれだけ毎日連絡を送ってきていた彼女。あまりのしつこさに、一時は止めるよう言ったこともあったが。


「あんなんでも来ないとさびしいもんだな……」


 どれだけやんだところでもう遅い。

 過去の行動を無かったことには出来ないのだから。


「これからどうしよ」


 起き上がりながら自問自答する。


(ジムにでも行くか?)


 携帯端末で調べた限りだが、昨日の負けによる配信への影響はそこまで無いとガンマは考えている。

 

 無論、一定数離れてしまった人間もいる。

 しかしながら、最初期の数字が1なだけに悲観するほどでは無かった。


(どうせやることも無いしな)


 重い腰を上げ、ガンマはようやくベッドから降りた。

 そしてカーテンを開けると、どんよりとしたくもりが視界に入る。


「まるで今の気分みたいな天気だな」


 ガンマは自嘲じちょう気味に言い放ち、シャワーを浴びるべく脱衣所へと向かった。


 ★


ゾル太:ガンマニキ、今日キレが無いな


 ジムに来てダンストを初めてから約1時間。

 視聴者に指摘されるほどガンマの動きは良くなかった。


 悪いと言っても初心者や初級者ほどでは無い。

 ただただ行動がワンテンポ遅いだけなのだが、長らく配信を見てきた人間には分かってしまうのだろう。


「いや、ちょっと色々あって」


SHOW:それって一般人に負けた件?

蟹カニ:かなりコテンパンにされたんだって


「あははは、実はそうで」


 昨日の件はやはり知れ渡っているようだ。

 中野が積極的に広めようとしているのだから仕方ない。


「全然手も足も出なかったので、自信が無くなってるみたいです」


三六協約:フィーちゃん居ないことも関係ある?


 痛いところを突かれてしまった。

 暴言を吐いてしまったとは言えない。言えるわけがない。


 そんなことをカミングアウトしてしまえば叩かれてしまうだろう。

 と、思っていた時だ。


ベンジャミン:フィーちゃんと喧嘩でもした?


(エスパーかよ……)


「フィーのことについて、どうしてそう思うんですか」


ベンジャミン:休日は毎回いたからなんとなく

三六協約:まあ、フィーちゃんが悪そうなのは何となくわかる

田中太郎:きっと、はっちゃけ過ぎてガンマニキを怒らせたんだろうなー


 残念ながらそこは間違っている。

 まだまだリスナーは、彼女のことを分かっていないようである。


 彼女の行動に怒る時はある。

 行き過ぎた時は手を出してしまう時だって。


 しかし、今回は違う。


 彼女はまったく悪くない。

 むしろ彼女は好意を差し出してきた側で、フィーの手をガンマは拒否したのだ。


 今思い出しても、何もかもガンマが悪かった。


「いや、今回は俺が悪くて。フィーは何も悪くないんです」


三六協約:そうなんだ。フィーちゃん居ないと寂しいし、仲直りはよ


「仲直り、ですか」


 ハナから諦めていたせいで、そんな発想は1ミリもなかった。


るーるす:フィーちゃんのことだし謝れば許してくれるでしょ

田中太郎:それどころかニキの初めてを求めてきそう

プロス:ガンマニキ逃げてー


 温かい。

 ガンマは心から思った。


 リスナー達はこれから更に悪化する可能性など微塵みじんも思っていない。

 それどころか、彼女との絆を取り戻せると思っている節すらある。


 信用されている。

 悪い意味なのか良い意味でなのかは不明だが、少なくともガンマとフィーの関係については信頼されているようだった。


三六協約:色々あったのかもしれないけど、楽しい配信が見れれば俺は満足だから!

ロリコン根絶委員会会長:そうだぜ。勝った負けたは二の次よ

豚:可愛いフィーちゃんが見れれば満足

ベンジャミン:ガンマニキとフィーちゃんの絡みを見に来てるだけだしな

田中太郎:誰かバグ技も見てやれよ。ま、俺もなんだけど


「皆さん……」


 バグ技をメインにしていたはずなのに、いつの間にかフィーとのやり取りが配信の強みとなっていたようだ。


(気付かなかった。フィーとの漫才まんざいがそこまで面白がられてたなんて)


ロリコン根絶委員会会長:配信なんてしてないで、早くフィーちゃんと元の仲に戻って!

ゾル太:何なら仲直りの瞬間を配信してくれても良いぞ

豚:やめろ。それは俺に効く

田中太郎:ろくなことにならなさそー


 自分のからこもるのは良くない。

 何故なら狭すぎる視野にとらわれてしまうから。


 気持ちはまだまだ重いものの、ジムに来る前とは比べようにならないほど軽くなっていることに、ガンマは気付いた。


「皆さんありがとうございます! ちょっくら謝ってきます!」


ベンジャミン:頑張れー

田中太郎:謝罪にバグ技はいらんからなー

三六協約:早く戻ってきてね!


「はい! それでは今日はこれで配信終わりにします! 失礼します!」


 言い終えるなりガンマは配信を切った。

 せばまっていたガンマの視界は見違えるほど広くなっていた。

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